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それぞれの夏

嘘と後悔。

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夏編「帰り道」のアマンドサイドです。

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レイリアに、拒絶された。

マルグリット侯爵家の茶会を退席し、レイリアをディセンシア家へ送り届けた際、次の御前試合について話し出した俺を、レイリアは明確に拒否した。

(何でだ・・俺の読みが甘かったのか?まだレイリアは怒っているということか?)




話は、去年の夏に遡る。

騎士にとって、夏は特別な意味を持つ。

騎士の剣技の向上を目的とした国王陛下主催の「御前試合」が開催されるのだ。

参加資格は「騎士団に所属する騎士であり、参加を希望する者」。

騎士を目指す多くの者がそうであるように、御前試合に出ることは小さな頃からの俺の憧れだった。

レイリアは毎年その時期、法要で母方の実家に行ってしまうので、御前試合そのものを見たことがなかった。

だから俺は、御前試合で戦う騎士の格好よさや会場の盛り上がりなどその興奮のままに毎年伝えてきた。

騎士となり1年目の夏。

もちろんエントリーして、休みも惜しんで練習に励んだ。

勝ち進んで順位を上げれば、それだけ昇進も早くなる。

先輩だろうが後輩だろうが、御前試合では遠慮は無用だ。

御前試合のひと月前、騎士団にトーナメント表が貼り出された。

人だかりを掻き分けて、トーナメント表を確認する。

俺は練習の段階でも強さについては太鼓判を押されていたから、並みの騎士なら勝ち進める自信はあった。

だが俺の対戦相手の場所に書いてあったのは・・・同じ騎士団の副団長の名前だった。

前年の御前試合で3位。

手合わせをしたこともあったが、毎回連敗していた相手だった。

副団長は俺と同じく、力で押す剣術だったが、筋肉量も力も身のこなしも、すべてが俺を上回っていた。

同じ剣術なら、もちろん力のある方に軍配が上がる。

王国騎士団の中で、俺がまだまだ敵わない相手。まさか初戦が副団長だったとは・・

騎士として、戦うからにはもちろん勝つつもりだ。

だが、柔和な表情のレイリアから「今年は初めて御前試合に応援に行きたいと思います」と言われた時、小さなプライドが、邪魔をした。

その頃はもう月1回の茶会になっていて、俺はレイリアへの焦がれる気持ちを隠して、素っ気ない態度を取るようになっていた。

レイリアが応援に来てくれて、そこで俺が1勝でもできたなら面目も立つだろうが、こんな関係の中で、俺が初戦で敗退したら?

いいところを何も見せられないで、敗退して、そうしたらきっとレイリアは、気を使って慰めてくれるだろう。

言いにくそうに、「きっと仕事が忙しくてお疲れなんですよ」などと言って・・・そんなことになったら、俺はきっと立ち直れないだろう。

傷ついたプライドを盾にして、レイリアにもっとひどいことを言ってしまう。

「俺は今年は出ないから、来なくていい」

気づいたら、そう言っていた。

情けなく負ける姿を、レイリアに見られくなかった。

レイリアにとって初めての御前試合は、俺の勝利で飾りたかった。




レイリアに嘘をついて臨んだ御前試合。

初戦の副団長に、俺は全力でぶつかっていった。

剣を交えて感じる違和感。

受け止めただけでビリビリと痺れそうに重かった副団長の剣撃が、軽い。

後ほど聞いた話では、副団長は前夜から体調が悪く、高熱を出していたらしい。

俺はあっさりと勝ってしまった。


その後は次々と勝ち進み、翌日の決勝トーナメントで、俺は5位入賞を果たした。

決勝トーナメントの試合中から、観客席の奥の方にいる、茜色の髪色には気づいていた。

レイリアがいる・・!

「来なくていい」と俺が言ったから、俺に気づかれないように観覧しているんだろう。

母方の実家に向かったのではなかったのか。もしかしたら昨日も来てくれていたのかも・・

謝りたくて、今なら素直になれそうで、表彰式が終わったら、すぐさまレイリアを追いかけた。

観客席の出入り口まで走って走って、しかしレイリアは見つけられなかった。

「アマンド様!5位おめでとうございます!」

代わりに、レイリアの友人、ボートウェル子爵令嬢がそこにいた。

「ああ・・ありがとう。レイリアを知らないか?」

「先ほどまでここにいたんですが、帰ってしまいましたわ」

「そうか・・」

「あの、アマンド様。レイリアなんですけれど・・御前試合に来るなと言われて、傷ついていましたわ。いいつけを守らずに来てしまって、それで慌てて帰ったんです。どうか知らないふりをしてあげてください。もし良ければ、私から何かお伝えしましょうか?」

彼女は、俺とレイリアの関係をいつも案じてくれる。

「いや・・大丈夫だ。」

来週がちょうどレイリアとの茶会の日だったので、その日にちゃんと説明しようとそう思った。話して謝れば、きっとわかってくれるはずだ。そして、見に来てくれたことへの感謝を伝えよう。

しかし、数日後、警ら中に連れて行かれた屋敷で、皆に囲まれたレイリアに遭遇した。

クラブのご婦人達が、サプライズでささやかな祝勝会を開いてくれたらしい。

レイリアも俺が行くのを知らなかったようで、俺を見た瞬間、表情が強張っていた。

「皆様、ありがとうございます。ええ。本当にすごくて、私感動しました。婚約者として誇りに思います」

やはり見に来てくれていたのか・・。

笑顔でそういうレイリアだが、まったく俺と目線を合わせようとしない。

誰かから質問されて、その返答で、表彰式の後、俺がレイリアの元へ向かったことを知らせたのだが、レイリアのとってつけたような笑みは崩れなかった。

仕事へ戻ることを伝えると、レイリアが見送りについてきてくれた。

ようやく2人で話せるタイミングになり、俺は弁解しようと口を開いた。だが・・

「・・この話は、これで終わりにいたしましょう。それでは、また来週に」

はっきりと、これについて話したくない、という意思が感じ取れた。

昨日、俺がレイリアを追いかけた事実を知った所で、嘘をつかれた事実への怒りは消えないのだろう。

それからお互い、御前試合を話題にすることは無くなった。

今年は、去年から一転して、レイリアといい関係が築けている。

だから、去年の挽回として、必ず御前試合に来てもらいたかった。

来てほしい」

そう伝えたかった。それなのに、レイリアは拒否した。

(どうすればいい・・)

去年から1年持ち越してきたわだかまりは、俺が考えているよりも、ずっと根深くレイリアを傷つけていたのかもしれない。

御前試合の日に別の約束を入れた、と言っていた。

であれば、最初から御前試合を見にくるつもりはなかったということか・・・

深く沈み込む気持ちを抱えて、途方に暮れるしかなかった。










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