大好きな彼の婚約者の座を譲るため、ワガママを言って嫌われようと思います。

airria

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それぞれの夏

俺はヒラだから断れない

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部屋にはグルトとオールバックの男の他にもう1人、保安局のバッジをつけた男が残った。

オールバックの男の隣に立って、どんな動きも見逃さない、と言うかのようにグルトから目を離さない。

2人のその目は何の温度も感じさせず、蛇や蜥蜴などの爬虫類を思わせた。

(呼ばれた割に何も聞いてこないな・・早く帰って今日は他の酒場に行こうかと思ってたのに)

2人がかけようとしているプレッシャーを物ともせず、グルトは頭の中でこの後の予定を算段し始めた。

「チッ」という舌打ちでグルトが意識を目の前に戻すと、立っている方の男が苦々しげにグルトを睨んでいた。

「貴様、何を無視している!ベルナード様が直々にお前如きのために来てやったんだぞ!」

「あ、すみません」

なんかとりあえず怒らせたらしいので謝ってみるが、何となく言葉の端々に感じる蔑み。

保安局に配属されるのは高位貴族ばかりだ。

に拘る輩もいるのだろう。



ベルナードと言うらしいオールバックの男は、相変わらずこちらを見たまま、眉ひとつ動かさなかった。

何なの、とグルトが困惑していると、ようやく目前の男が口を開いた。

「グルト オルドリッジ。ピート男爵家を調べる理由は何だ?隠し立てせずに申し述べろ。」

(げ・・ばれてる・・)

最初に思いついたのは、ピート男爵がグルトの行動に気づいて、保安局に抗議した可能性だ。

「いやその・・ただの個人的興味?って言うか・・」

立っている男の苛立たしげな視線に対して、ベルナードはどこまでも冷めた双眸だ。

「私は隠し立てせず申し述べろ、と言ったはずだが。君の弟が私塾で向こうの長男と一緒らしいが、弟に聞いた方が早いのかな?」

「すいません。気になる女の子がピート男爵令息と付き合っているみたいで、調べてました」

グルトはあっさり認めた風にして頭を下げた。

「・・まあ、いいだろう。いつから調べていた」

「あの・・今週の月曜からです」

「よし、それでは・・・」

ベルナードが立っている男を見やると、男は無言で傍の椅子を引っ張り出し、ベルナードの正面にグルトを座らせた。

ひたり、とベルナードがこちらを見つめる。

「あの家について、知っていることを全て話してもらおうか」




この5日間で調べ上げたことを話し終えると、ベルナードは目を細めた。

「・・・君は、聞いていた評判よりもずっと使えそうだ。」

「・・ありがとうございます」

(この人、人のこと、駒かなんかだと思ってるんだろな・・はぁ、苦手)

少し、奇妙な間が空いた。

伏せた目をチラッと上げると、相変わらずベルナードがこちらを見ている。

だが先程と違い、その目の中に幾分だがグルトへの興味が見え隠れしていた。

(げ…)

この状況は、あまりよろしくない気がする。

「君は"グッドスリープ"を知っているか?」

「グッドスリープ?・・・枕かなんかですか?」

グルトの返答は、シンとした室内に放たれ、そのまま消えていった。

「最近世間を賑わせている、違法薬物だ。強力な幻覚剤だよ。我々は最近この捜査にかかりっきりでね。捕まえられても小物止まりでなかなか売人よりも上に辿り着けなかった。先々日、ようやくピート男爵家に辿り着いたんだが・・君のおかげで、手間が省けた」

取ってつけたように口角を上げてニッコリと微笑まれ、グルトはイヤな汗が背中を流れるのを自覚した。

「よ・・かったです。それじゃ俺はこれで」

「グルト オルドリッジ。」

「ひゃいっ!」

「保安局への交流研修に君を招待しよう。期間はひとまずひと月、としておこうか」

ポカン、と口を開けたグルトに構わず、ベルナードが続ける。

「今日騎士団に申し入れをして、出来るだけ早く手続きをしよう。明日から研修を開始する。朝から保安局に来い。いいな?」

答えを待たずに、ベルナードは立ち上がりサッサと部屋を出ていってしまう。

「え?待ってください!」

慌てて後を追おうとするが、控えていた男に阻まれた。

「良かったな。お前みたいな庶子上がりが。研修と言えども保安局に来れるなんて、この先一生無いだろうからな。精々足を引っ張るなよ」

「む、無理!だって俺、御前試合にエントリーしてて、騎士団でもこれから御前試合の練習が始まるのに」

来月の御前試合に向けて、騎士団ではこれから剣術の練習が強化されるのだ。

「ハッ!そんなに練習したいんなら、休みの日にでも稽古するんだな!わかっているとは思うが、捜査内容については機密事項だ。誰にも話すなよ」

そう言い捨てて、男は部屋を出て行った。

「そ、そんなぁ・・」

後に残されたグルトは、床にヘナッと座り込んだのだった。






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