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そこには、悔悟の念がありありと見て取れた。
真実が、聖の頬をしたたか打ちつけていた。
遥の表情が驚きと後悔に歪む。
(そうだ。あのとき)
ヴァンが自分の足を治したとき、彼はこう言ったではないか。
『自分の生命力をまじないを通してお前に注ぎ込んだ』と。
それに、音楽室では、何か熱いものが自分の中に流れ込んでくる感覚がした。
あれは、ヴァンが自身の生命力を聖に分け与えていたとしたら。
(じゃあ、じゃあヴァンは)
血の契約は、ヴァンが栞を縛るためのものではなく、栞がヴァンを繋ぎとめておくための鎖だったのだ。
彼はそれを受け容れ、栞のために自己の生命と肉体をなげうった。
そして長い長い時間をずっと待っていたのだ、
再び巡り合えるその瞬間を。永遠にも似た久遠の時を、孤独の闇の中で。
「嘘だ……」
聖はうわずった声で呟いた。否定の言葉が涙と一緒になって溢れてくる。
自分の犯した過ちを認めることが、怖くて怖くてたまらなかった。
ヴァンは瞳を緩く閉じ、聖の肩に頭を乗せ、力のない指先でその髪をそっと撫でた。
「そんなの嘘だ!だって、だってお前は俺を殺そうとしてたんだろ!?なあ、そうなんだろ?!そうだって言えよ!!!」
ヴァンは答えない。ただ、かすかな呼吸だけが身体の動きを通じて伝わってくる。
浅い息は、はっきりと残酷に彼の最期を予兆していた。
「言ってくれよ……ヴァン」
涙はとめどなく溢れ、聖は痛ましい声で、胸が張り裂けそうな思いで嗚咽していた。
(栞さんじゃない。俺だ……俺なんだ……ヴァンが好きなのは)
引き裂かれそうな痛みに、聖はようやく身を持って思い知らされていた。
自分の身体に宿る栞の魂ではなく、ほかならぬ自分自身が、狂おしいほどにヴァンを欲し、求めていたことを。
(こんなのって……こんなのってないよ……!)
聖は自分の首に手を当てて泣き叫んだ。
「俺の血を吸えよ。吸ってくれよ、全部。全部やるから!」
だが、ヴァンにはもはやその力さえ残されていないらしく、薄れかかった体が溶けるようにして揺らぎ、消えてゆく。
涙に滲む目で見つめた彼は、驚くほど優しい表情を浮かべていた。
「消えないでくれ、ヴァン!」
聖は我を忘れ、首筋に浮いた自分の血をすくって舐め取り、そのままヴァンに口移しした。
ヴァンの喉がかすかに動く音がしたが、そんなわずかな量では気休めにもならなかった。
ヴァンの長い睫毛が漆黒の扇のように優雅に動いて、澄んだ瞳がこちらを見つめる。
聖はヴァンの背中に腕を回して、強くしがみついた。
聖の頬に流れる涙を舌の先で器用にすくい取り、ヴァンは軽く口づけて笑った。
「聖。俺を愛しているか?」
ためらう暇はなかった。聖は泣きながら頷いた。
「俺の傍から二度と離れないと誓うか?」
聖は再び強く頷いた。
ヴァンはそれを見て満足げに笑うと、聖の首筋に唇で触れた。
血を吸うときのように、噛みつき歯を突きたてるのではなく、そっと優しく触れるだけだった。
耳元でささやく声がする。
「忘れるなよ、聖。お前は俺のものだ。ずっと……いつまでも」
その言葉を最後に、ヴァンの姿は一瞬でかき消えた。まるで最初から何もいなかったかのように。
伸ばした手が空を掴み、聖は大きく目を見開いた。
「ヴァン?」
見回しても気配すら感じられず、彼がいたところは幻のように透明な大気が満ちている。
聖が茫然と呼ぶ声に、あの低い声音が返ってくることはもう二度とない。凶悪な笑顔で現れることはもうない。
それを心が認めてしまったとき、聖は耳をつんざくような叫び声をあげた。
「ああああああああああああああ!!!!!!!」
慟哭は挽歌のように森をこだまする。
蒼い虚空を見上げ、聖は泣き叫びながら、いつまでも愛しい者の名前を呼び続けていた。
いつまでも、いつまでも。
真実が、聖の頬をしたたか打ちつけていた。
遥の表情が驚きと後悔に歪む。
(そうだ。あのとき)
ヴァンが自分の足を治したとき、彼はこう言ったではないか。
『自分の生命力をまじないを通してお前に注ぎ込んだ』と。
それに、音楽室では、何か熱いものが自分の中に流れ込んでくる感覚がした。
あれは、ヴァンが自身の生命力を聖に分け与えていたとしたら。
(じゃあ、じゃあヴァンは)
血の契約は、ヴァンが栞を縛るためのものではなく、栞がヴァンを繋ぎとめておくための鎖だったのだ。
彼はそれを受け容れ、栞のために自己の生命と肉体をなげうった。
そして長い長い時間をずっと待っていたのだ、
再び巡り合えるその瞬間を。永遠にも似た久遠の時を、孤独の闇の中で。
「嘘だ……」
聖はうわずった声で呟いた。否定の言葉が涙と一緒になって溢れてくる。
自分の犯した過ちを認めることが、怖くて怖くてたまらなかった。
ヴァンは瞳を緩く閉じ、聖の肩に頭を乗せ、力のない指先でその髪をそっと撫でた。
「そんなの嘘だ!だって、だってお前は俺を殺そうとしてたんだろ!?なあ、そうなんだろ?!そうだって言えよ!!!」
ヴァンは答えない。ただ、かすかな呼吸だけが身体の動きを通じて伝わってくる。
浅い息は、はっきりと残酷に彼の最期を予兆していた。
「言ってくれよ……ヴァン」
涙はとめどなく溢れ、聖は痛ましい声で、胸が張り裂けそうな思いで嗚咽していた。
(栞さんじゃない。俺だ……俺なんだ……ヴァンが好きなのは)
引き裂かれそうな痛みに、聖はようやく身を持って思い知らされていた。
自分の身体に宿る栞の魂ではなく、ほかならぬ自分自身が、狂おしいほどにヴァンを欲し、求めていたことを。
(こんなのって……こんなのってないよ……!)
聖は自分の首に手を当てて泣き叫んだ。
「俺の血を吸えよ。吸ってくれよ、全部。全部やるから!」
だが、ヴァンにはもはやその力さえ残されていないらしく、薄れかかった体が溶けるようにして揺らぎ、消えてゆく。
涙に滲む目で見つめた彼は、驚くほど優しい表情を浮かべていた。
「消えないでくれ、ヴァン!」
聖は我を忘れ、首筋に浮いた自分の血をすくって舐め取り、そのままヴァンに口移しした。
ヴァンの喉がかすかに動く音がしたが、そんなわずかな量では気休めにもならなかった。
ヴァンの長い睫毛が漆黒の扇のように優雅に動いて、澄んだ瞳がこちらを見つめる。
聖はヴァンの背中に腕を回して、強くしがみついた。
聖の頬に流れる涙を舌の先で器用にすくい取り、ヴァンは軽く口づけて笑った。
「聖。俺を愛しているか?」
ためらう暇はなかった。聖は泣きながら頷いた。
「俺の傍から二度と離れないと誓うか?」
聖は再び強く頷いた。
ヴァンはそれを見て満足げに笑うと、聖の首筋に唇で触れた。
血を吸うときのように、噛みつき歯を突きたてるのではなく、そっと優しく触れるだけだった。
耳元でささやく声がする。
「忘れるなよ、聖。お前は俺のものだ。ずっと……いつまでも」
その言葉を最後に、ヴァンの姿は一瞬でかき消えた。まるで最初から何もいなかったかのように。
伸ばした手が空を掴み、聖は大きく目を見開いた。
「ヴァン?」
見回しても気配すら感じられず、彼がいたところは幻のように透明な大気が満ちている。
聖が茫然と呼ぶ声に、あの低い声音が返ってくることはもう二度とない。凶悪な笑顔で現れることはもうない。
それを心が認めてしまったとき、聖は耳をつんざくような叫び声をあげた。
「ああああああああああああああ!!!!!!!」
慟哭は挽歌のように森をこだまする。
蒼い虚空を見上げ、聖は泣き叫びながら、いつまでも愛しい者の名前を呼び続けていた。
いつまでも、いつまでも。
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