守護霊は吸血鬼❤

凪子

文字の大きさ
上 下
85 / 87

84

しおりを挟む
そこには、悔悟の念がありありと見て取れた。

真実が、聖の頬をしたたか打ちつけていた。

遥の表情が驚きと後悔に歪む。

(そうだ。あのとき)

ヴァンが自分の足を治したとき、彼はこう言ったではないか。

『自分の生命力をまじないを通してお前に注ぎ込んだ』と。

それに、音楽室では、何か熱いものが自分の中に流れ込んでくる感覚がした。

あれは、ヴァンが自身の生命力を聖に分け与えていたとしたら。

(じゃあ、じゃあヴァンは)

血の契約は、ヴァンが栞を縛るためのものではなく、栞がヴァンを繋ぎとめておくための鎖だったのだ。

彼はそれを受け容れ、栞のために自己の生命と肉体をなげうった。

そして長い長い時間をずっと待っていたのだ、

再び巡り合えるその瞬間を。永遠にも似た久遠の時を、孤独の闇の中で。

「嘘だ……」

聖はうわずった声で呟いた。否定の言葉が涙と一緒になって溢れてくる。

自分の犯した過ちを認めることが、怖くて怖くてたまらなかった。

ヴァンは瞳を緩く閉じ、聖の肩に頭を乗せ、力のない指先でその髪をそっと撫でた。

「そんなの嘘だ!だって、だってお前は俺を殺そうとしてたんだろ!?なあ、そうなんだろ?!そうだって言えよ!!!」

ヴァンは答えない。ただ、かすかな呼吸だけが身体の動きを通じて伝わってくる。

浅い息は、はっきりと残酷に彼の最期を予兆していた。

「言ってくれよ……ヴァン」

涙はとめどなく溢れ、聖は痛ましい声で、胸が張り裂けそうな思いで嗚咽していた。

(栞さんじゃない。俺だ……俺なんだ……ヴァンが好きなのは)

引き裂かれそうな痛みに、聖はようやく身を持って思い知らされていた。

自分の身体に宿る栞の魂ではなく、ほかならぬ自分自身が、狂おしいほどにヴァンを欲し、求めていたことを。

(こんなのって……こんなのってないよ……!)

聖は自分の首に手を当てて泣き叫んだ。

「俺の血を吸えよ。吸ってくれよ、全部。全部やるから!」

だが、ヴァンにはもはやその力さえ残されていないらしく、薄れかかった体が溶けるようにして揺らぎ、消えてゆく。

涙に滲む目で見つめた彼は、驚くほど優しい表情を浮かべていた。

「消えないでくれ、ヴァン!」

聖は我を忘れ、首筋に浮いた自分の血をすくって舐め取り、そのままヴァンに口移しした。

ヴァンの喉がかすかに動く音がしたが、そんなわずかな量では気休めにもならなかった。

ヴァンの長い睫毛が漆黒の扇のように優雅に動いて、澄んだ瞳がこちらを見つめる。

聖はヴァンの背中に腕を回して、強くしがみついた。

聖の頬に流れる涙を舌の先で器用にすくい取り、ヴァンは軽く口づけて笑った。

「聖。俺を愛しているか?」

ためらう暇はなかった。聖は泣きながら頷いた。

「俺の傍から二度と離れないと誓うか?」

聖は再び強く頷いた。

ヴァンはそれを見て満足げに笑うと、聖の首筋に唇で触れた。

血を吸うときのように、噛みつき歯を突きたてるのではなく、そっと優しく触れるだけだった。

耳元でささやく声がする。

「忘れるなよ、聖。お前は俺のものだ。ずっと……いつまでも」

その言葉を最後に、ヴァンの姿は一瞬でかき消えた。まるで最初から何もいなかったかのように。

伸ばした手が空を掴み、聖は大きく目を見開いた。

「ヴァン?」

見回しても気配すら感じられず、彼がいたところは幻のように透明な大気が満ちている。

聖が茫然と呼ぶ声に、あの低い声音が返ってくることはもう二度とない。凶悪な笑顔で現れることはもうない。

それを心が認めてしまったとき、聖は耳をつんざくような叫び声をあげた。

「ああああああああああああああ!!!!!!!」

慟哭は挽歌のように森をこだまする。

蒼い虚空を見上げ、聖は泣き叫びながら、いつまでも愛しい者の名前を呼び続けていた。

いつまでも、いつまでも。





































しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ふたりの距離

春夏
BL
【完結しました】 予備校で出会った2人が7年の時を経て両想いになるまでのお話です。全9話。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

[BL]デキソコナイ

明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

処理中です...