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遥がにべもなく断ると、薫は世界の終わりを見るような瞳で、ぽろぽろと涙を落とした。
遥は弟がいつになく寂しがって、駄々をこねているものだと疑わなかった。
「いい子でちゃんと留守番してるんだぞ。な?」
そう言って、いつも洗ってやった薫のつやつやとした色素の薄い髪を撫で、鞄を肩にかけて玄関を出た。
一度も振り返ることなく。
あのとき、薫はこれが永久の別れになることを予期していたのかもしれなかった。
あんなふうに意地悪を言わず、一緒に連れて行ってやればよかった。
何度胸が引き裂かれるような思いで悔やんだか分からない。
(ごめん。薫。俺、謝るから。だから……)
痛烈な後悔が胸を貫いたそのとき、遥は屋敷が目に入って驚愕に息を呑んだ。
電撃を食らったかのようにして、その場に棒立ちになる。
(明かりが……)
この十五年間、自分が不在のときは静寂と暗闇に閉ざされ、灯っていたことなど一度もない窓明かりが、遥を手招きするようにして温かく迎えていた。
遥は一切の思考が吹き飛び、無我夢中で玄関を開けて駆けずりこんだ。
「薫!!!」
今まで出したことのないような大声をあげた遥は、駆けてくる足音に心臓を凍りつかせた。
ごくりと固唾を呑んで立ちすくむ。
「あ……すいません、勝手に入っちゃって」
そう言って、おずおずと廊下の角から姿を現したのは聖だった。
だが遥は一瞬、あり得ない幻想を見た。
その隣に薫が立って、手を振っているように思えたのである。
聖は恐縮しながら、茫然と言葉も出ない遥を見上げている。
「あの、遥さん?」
それで遥ははっと我に返って、わななく唇で言った。
「聖君……どうしてここに?」
聖は恥じ入ったようにうつむいた。
「すいません。俺はやめようって言ったんですけど、由宇がどうしても聞かなくて。今日が遥さんの誕生日だから、こっそり入ってサプライズしようって」
誕生日。
その単語を心の中で反芻し、咀嚼するのにたっぷり十秒はかかった。
「ああ……そうか。今日は僕の……」
由宇は月代家に頻繁に出入りしている。戸締りをしていない勝手口を教えてやったのだろう。
そこまで理解して、遥はようやくぎこちない笑みを浮かべた。
「よく来てくれたね。ありがとう」
だが、聖は遥の動揺を悟って、恐れ入ったように何度も頭を下げた。
「すいません。ずかずか上がりこんで、勝手なことして」
「いいんだ。嬉しいよ。こんなふうに帰って家に人がいるのは……本当に久しぶりだから」
今まで自分は、凍てついた孤独の海に長い間身を浸しすぎて感覚が麻痺し、どれだけ冷えきっていたのか気づかなかったのだ。
氷海から上がり、温かい暖炉の傍にきてようやく分かった。
このままでは危うく取り返しのつかないことになるところだった。
(平気だと思っていたんだ……一人で十分だと)
だが、凝固した感情がゆるゆると雪解け水のように融和してゆくにつれ、遥は自分がどれほど強く人の温もりを求めていたかを思い知ったのだった。
遥は弟がいつになく寂しがって、駄々をこねているものだと疑わなかった。
「いい子でちゃんと留守番してるんだぞ。な?」
そう言って、いつも洗ってやった薫のつやつやとした色素の薄い髪を撫で、鞄を肩にかけて玄関を出た。
一度も振り返ることなく。
あのとき、薫はこれが永久の別れになることを予期していたのかもしれなかった。
あんなふうに意地悪を言わず、一緒に連れて行ってやればよかった。
何度胸が引き裂かれるような思いで悔やんだか分からない。
(ごめん。薫。俺、謝るから。だから……)
痛烈な後悔が胸を貫いたそのとき、遥は屋敷が目に入って驚愕に息を呑んだ。
電撃を食らったかのようにして、その場に棒立ちになる。
(明かりが……)
この十五年間、自分が不在のときは静寂と暗闇に閉ざされ、灯っていたことなど一度もない窓明かりが、遥を手招きするようにして温かく迎えていた。
遥は一切の思考が吹き飛び、無我夢中で玄関を開けて駆けずりこんだ。
「薫!!!」
今まで出したことのないような大声をあげた遥は、駆けてくる足音に心臓を凍りつかせた。
ごくりと固唾を呑んで立ちすくむ。
「あ……すいません、勝手に入っちゃって」
そう言って、おずおずと廊下の角から姿を現したのは聖だった。
だが遥は一瞬、あり得ない幻想を見た。
その隣に薫が立って、手を振っているように思えたのである。
聖は恐縮しながら、茫然と言葉も出ない遥を見上げている。
「あの、遥さん?」
それで遥ははっと我に返って、わななく唇で言った。
「聖君……どうしてここに?」
聖は恥じ入ったようにうつむいた。
「すいません。俺はやめようって言ったんですけど、由宇がどうしても聞かなくて。今日が遥さんの誕生日だから、こっそり入ってサプライズしようって」
誕生日。
その単語を心の中で反芻し、咀嚼するのにたっぷり十秒はかかった。
「ああ……そうか。今日は僕の……」
由宇は月代家に頻繁に出入りしている。戸締りをしていない勝手口を教えてやったのだろう。
そこまで理解して、遥はようやくぎこちない笑みを浮かべた。
「よく来てくれたね。ありがとう」
だが、聖は遥の動揺を悟って、恐れ入ったように何度も頭を下げた。
「すいません。ずかずか上がりこんで、勝手なことして」
「いいんだ。嬉しいよ。こんなふうに帰って家に人がいるのは……本当に久しぶりだから」
今まで自分は、凍てついた孤独の海に長い間身を浸しすぎて感覚が麻痺し、どれだけ冷えきっていたのか気づかなかったのだ。
氷海から上がり、温かい暖炉の傍にきてようやく分かった。
このままでは危うく取り返しのつかないことになるところだった。
(平気だと思っていたんだ……一人で十分だと)
だが、凝固した感情がゆるゆると雪解け水のように融和してゆくにつれ、遥は自分がどれほど強く人の温もりを求めていたかを思い知ったのだった。
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