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帝国歴50年

主人公

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 現代日本では普通の女子高生だった私、市綱いちずなエリカは、目覚めたらゲーム世界の蒸騎スチームナイト、主人公機ロボのAIへ転生していた。

 そして私は最初放置する予定だった、主人公トールだけが生き残る辺境の村イベントを、色々あって村を救う方向に変えたまでは良かったが。
 思わぬラスボスの登場に苦戦、しかし腐れ縁のヤンデレAIには切り札があるらしい。

「ああ、モンステラにも手伝ってもらうぞ。
 これはアネモネたちAIにしか出来ない仕事だ」

 あー……うん、何か面倒そうな事をさせられるのは察した。
 まあ協力するって言ったし、仕方ないなあ。

「では頼みましたわ二人とも、朗報を待ちます」

 アティシ許嫁はそう言って、私達は後を託された。


「さてモンステラからもらった特殊技術だが、アネモネはその運用が大きく違う」

 ……え、そうなの?
 確かに私の「介入ハック」では数百体のゴーレムを動かすなんて出来そうもないけど。

「モンステラの特殊技術の使い方は乗っ取り、つまり使ったAIに痕跡が残らないように元に戻す工程が含まれる。
 だからその分、出来る事が限られてしまうのだ」

 あーそっか。
 確かにアネモネの所有するゴーレムは私物だから、データの書き込みっぱなしでも平気だもんね。

「更に上書きするデータを小さく単純にする事で、書き込む速度を大幅に節約出来る。だから例えゴーレムが数百体あろうが難なく運用出来るという訳だ」

 成程、例えるならスマホで文章と動画のデータ読み込み速度が違うのと同じ理屈か。

「そして今からアネモネがモンステラに協力してもらい、ゴーレム達に書き込む内容はこれだ」

 うわデータ少なっ!これなら二人で手分けすれば全部のゴーレムへの書き込みでも数分掛からないだろう。
 しかもシンプルなのにやることえぐっ!
 これならドラゴンすら倒せそう、あっでも炎吐かれたり空飛ばれたら苦しいか。

 さて、ここからは私や仕掛けた当事者AIのアネモネも後から知る事になる話だが。
 その後「綱」の無線中継に使っていたゴーレム全部・・が、書き込まれた指示に従い村に向かった。
 具体的にはあの巨大狼目掛けて、ひたすら突進する。
 如何に相手が凶悪な魔物といえど数百体のゴーレムの数の暴力で囲んでしまえば、結果は明白であった。
 そして対象の生命活動停止を確認するとゴーレム達は何事もなかったかのように元の場所に戻っていく。

 かくして辺境の村への無線通信が復帰した二日ほど後、そこで初めて我々は作戦の成功を確認したのだった。


 さて、無事主人公の住む辺境の村を救う事が出来てめでたしめでたし、と手放しでは喜べず。
 抑々そもそも、ゲーム本来の展開では主人公だけが生き残る事で帝都行きが決まり物語が進んでいく。
 しかし村が助かれば、その必要がなくなる。

 ああでも、ある意味それもアリか?
 災難の去ったこの村で、本編に絡まず平和に暮らす……

「そんな訳があるか」

 何故か不機嫌そうに、アネモネがそう言う。

「トールは主人公なのだろう。
 主人公というのは、世界最強を目指すものだ」

 え、そういう理屈?
 というか、どうやってここから主人公が最強を目指す展開になるのよ。

「そこはアネモネに考えがある、付いてくるがいい」

 よく分からないが、気になったので彼の考えとやらに付き合う事になった。


 さて辺境の村人達だが、魔物の襲撃は事前に伝えられていて万一の為に村から離れた洞窟に避難していた。
 さてそれを誰が伝えたかと言えば……

「村を襲った魔物は、この『真紅の貴人』が無事成敗した」

 頭から赤い頭巾を被った体格の良い大男がそう宣言する。何を隠そう、これはアネモネがゴーレムを使った姿。
 全身をすっぽり隠してしまえば意外と中身が機械の体とはバレないようで、やや大柄の人間だと村人からは認識されている。
 という事で私もゴーレムの視覚と聴覚を半分借りて、彼目線で見聞きが出来るという訳である。

 確か資金提供者の海賊伯相手にも同じ名前で認識されていたし、同様の姿で交渉したのだろう。

「ええ存じております真紅様。
 何人かの村の若者が、こっそり遠くから様子を見に行ったようで」

 村長はそう答える。
 様子を見に来てたのか危ないなあ、いやアネモネはそれも織り込み済みか。

「いくら礼を言っても足りないほどですが、あいにく貧乏なこの村では、見返りになるような物が……」
「それなら安心するがいい」

 何が安心なのかと彼の次の言葉を待つと。

「村にトールという少年がいたろう、アレをこの真紅にくれ」

 うまい、そう来たか!
 これは村側も借りがあり、断れない。ただ問題は。

「失礼ですが彼は、どこにでもいる普通の少年です。
 何故連れて行きたいのか理由をお聞きしても?」

 うん、当然疑問に思うよなあ。
 さあ真紅の貴人はどう答える?

「彼には才能がある、この真紅には分かるのだ」

 強引に言い切った!流石ヤンデレ。
 その自信満々な態度、妙な説得力があるぞ。

 まあ実際、ゲーム世界で壊滅した村で唯一生き残ってる時点で運と多少の身体能力と、何か持ってるのは間違いない。

「……そこまで仰るのであれば、あとはあの子や母親次第ですな」

 そう、いくらヤンデレが欲しいと言い出しても後は本人と親次第。そちらが果たしてどう結論を出すのか。


「あ、真紅様」

 主人公トールは真紅の貴人であるアネモネと顔を合わせるなり、向こうからそう声をかけてきた。
 既に顔見知りであるようだ。そしてやはり中身がゴーレムとは気づいていないようだ。

「トールが欲しい、一緒に来い」

 おいヤンデレ言葉を選べ。説明不足にも程がある。

「僕も同行をお願いするつもりでした。真紅さ……いえ師匠!」

 えっ同行をお願いするつもりだったの!?
 しかも師匠認定なのかよ!

「ゴーレムを操って魔物と戦う師匠の姿を見て、自分も強くならなければと思ったのです」

 おーいトールくん、魔物の大半を倒したのは選帝侯ジュニアやアティシ許嫁だぞ?
 まあラスボス狼を倒したのは確かにアネモネの功績が大きいけども。

「ふむ、母親の許可は得ているのか?」
「亡くなった父が帝国兵士でした。師匠の元で修行をしたいと話したら、血は争えないわねと了承してくれました」

 ゲーム知識でその辺の設定は知ってたけども、ゲームと違って母親は存命。
 てっきり危ない真似はされられないと母側が引き留めるかもと思ってたが、そう来たかー。

 かくして悔しいくらいヤンデレの思惑通りに物事は進み、その後主人公トールがヤンデレの元で修行……と思いきや。

 彼の資金提供者である選帝侯、女海賊アキ・シーキャットの目に留まり、色々あってトールは彼女の元で修行する事になるのだが、それはまた別のお話。
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