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帝国歴50年

切り札

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 現代日本では普通の女子高生だった私、市綱いちずなエリカは、目覚めたらゲーム世界の蒸騎スチームナイト、主人公機ロボのAIへ転生していた。

 主人公トールの住む辺境の村が魔物に襲われるその日、選帝侯の子供達とその友人にして私の最推しヴァーリの許嫁は村に向かって。その必要がないからだ。
 実は彼らは許嫁の屋敷の一室に集まっていて……

「おお、これは凄ぇな!」

 と声をあげるのは海賊伯の息子であるジーン・シーキャット。
 今彼は鋼の重厚なゴーグルと同じ材質の手袋を身につけている。

 前世現代日本にはVR、仮想現実という技術があったが、概ねそれに近い。
 イーヴァルディ技師がこの間試作品を持ってきたAIに五感を付与する妖精端末、その技術にヒントを得たヤンデレAIとアティシ許嫁が作り出したこの製品はそれを応用したもので、装着した人物が「ロープ」を仲介して遠く離れた場所にあるゴーレムで物を見たり、逆に手を動かしたり出来るというものだ。
 つまり選帝侯の子供達がゴーレムを使って、現場に行かずともこの部屋から村を守ることが可能という訳だ。
 ゴーレムは蒸騎と違い蒸気機関を用いていない上に大きさも人間程度なので強い動力は出ないものの、歯車と魔石だけで動いている単純な構造のため機関駆動の調整が不要で小回りがきく。

「こんな凄えモンを作ってくれるなら、海賊伯オイラん所で資金提供した甲斐があるってもんだ!」

 そう、アネモネは海賊伯から「真紅の貴人」の名義で資金提供を受けている。
 その見返りが様々な情報だったり、今回の様な技術提供だったりする様で、持ちつ持たれつの関係を構築している。

 それはさておき。
 このVRもどきはこの場に集まった人数分が用意されていて……

「さあ皆さん、準備はよろしくて?」

 と許嫁が問えば選帝侯の子供達の操作する各々のゴーレムがここから遠く離れた辺境の村で、返答代わりに各々の得意武器を空に掲げる。

 辺境伯の息子トーは二本の包丁、
 大司教の娘ショーコはトゲのついた両手持ちの戦棍メイス、
 宮中伯の息子リルは細身剣レイピア、
 海賊伯の息子ジーンは投げ斧トマホーク、
 そして方伯の孫のソレハはムチ。
 
 全てゴーレム用に作られた特注品であり、それはバケツリレーの様にして帝都から辺境の村まで並べられた中継用ゴーレムで運ばせた。

 かくして準備万全の私たち陣営の前に現れた魔物は、一体でも人の大きさの倍はあろうかと言う狼の群れ。
 ひいふう……多分百体は超えるだろう。


「む、村に辿りつく前に、何としてもここで食い止めるんだな!」

 そう言って先頭切って飛び出したのはマクノーチ辺境伯の息子トー。
 太っちょの体型は正直一番頼りなさそうだったけどそこは貴族の子供、民を守る気概はあるようだ。

 帝国料理、特に帝都の食べ物はそのそっけない見た目と味付けで「動物の餌」に例えられるほど他国からは不評だ。
 しかし帝国の北に位置する辺境伯領の料理だけは例外で、世界中の貴人が注目するほどに種類の多彩さと万人受けする深い味わいが特徴である。
 それは長い冬で娯楽のないこの土地が、食に楽しみを見出した結果なのかもしれない。

 その辺境伯の子供であるベンは、二本の包丁を器用に振って、魔獣を食材のように解体していく。
 というかこの子とは初対面なのに何か名前に聞き覚えがあると思ったら、ベン・マクノーチの弟か。
 ベンは私の最推しヴァーリの友人の一人で、その気さくな性格がゲームでも人気のキャラだ。
 外見や性格はトーに似てないどころか真逆なくらいだが。共通点と言えば天然パーマの髪型ぐらい?


「撲殺、撲殺っ!
 悪きものよ、地獄に落ちなさい!」

 と唱えながら両手持ちメイスを振り回すのは、ストロベリー大司祭の娘ショーコ。

 この帝国の宗教には人間に対しては国の隔てなく基本慈愛を持って接すべしとあるが、人に害をなす魔物には一切の容赦は要らないらしい。
 実際彼女の父親大司教は筋骨隆々の肉体を駆使して、仕事の合間にメイスを振るって魔物討伐に行くらしい。
 いや私の知ってる司教のイメージと違う……当然、その娘であるショーコも両手持ちの戦棍を振り回して、ゴーレムを血まみれにしながら次々に狼を撲殺していく。


「よっ、ホッ!」

 またゴールド宮中伯の三男、リルことエイプリルも親譲りの剣技のレイピアを優雅に奮って敵を倒していて、ここまでが前衛。


「へっ、こんな奴らオイラの敵じゃねえなっ!」

 後衛の一人はシーキャット海賊伯の息子ジーン、彼の母アキは私掠海賊と呼ばれる帝国公認の女海賊で、帝国以外の他国からの略奪を条件に海賊行為が認められており、その功績で爵位と選帝侯の地位を与えられている。
 投げたら手元に戻る斧で遠くの敵を薙ぎ倒す攻撃は、その子供にも強く受け継がれている。


「……」

 ドッチ方伯のソレハは無言でムチを振るう。
 彼の境遇だけ少し特殊で、選帝侯の実子でなく孫、しかも養子である。
 奴隷身分から成り上がり、子供同然に可愛がっていた部下が亡くなった際に、ドッチ方伯が幼いソレハを引き取ったのだ。
 ムチという特殊な武器を使うのも方伯より実父の影響が大きく、このムチは硬化して伸ばして棍の様に使ったり、毒を塗って麻痺させたりと使用の幅が広い。

 ついでにアティシ許嫁もゴーレムを操作して、その辺に落ちていた長い棒を持って参戦、一応戦力として何体か魔獣を倒したようだ。
 まあ硬いし疲れないし一般村人よりは強いからなあ。


 さてさて。
 そんなこんなでゴーレム達は着実に魔物の数を減らして、気づけばあとは数える程になっていた。
 あと少し、と思ったその時、ひときわ大きな魔獣、山ほどもある大きさのボス狼が現れた。
 その身体の大きさゆえパワーがあり皮は硬く、意外に素早い。
 選帝侯ジュニアのゴーレム全員で戦っても全くダメージが通らず、逆にその体当たりで全員弾き飛ばされてしまった。

 これはちょっと、どうしたものかと思い始めた私達だったが。

「ではアネモネの切り札を使う」

 ヤンデレはあっさりそう言ってのける。え、切り札?

「子供達よ、一旦ロープの接続を切るぞ」
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