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異世界転移編

小夜、召喚。②

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 どれくらいの時間をそうしていただろうか——。それは数十秒にも数分にも感じたが、実際には一瞬の出来事なのかもしれない。

 幾分か症状がマシになった頃、小夜はそっと瞳を開いた。

「え? は⋯⋯? はぁッ!?!?」

 いつの間にか地面に座り込んでいた小夜は弾かれたように立ち上がる。

「何これ!? 何処ここ!?」

 混乱する小夜はしきりに辺りを見回す。
 目の前にはザワザワと風で怪しげに揺れる木々、太陽の光は遥か遠くすぐ近くでは地の底から這い出るような獣の唸り声が聴こえる。
 小夜がよく知る歩行者への配慮など皆無で猛スピードの車が行き交う交差点も、目前に見える筈の心優しき店長が待つアルバイト先のコンビニエンスストアも跡形も無く消え去っていた。


(勉強のし過ぎで遂に私、頭が可笑しくなったの!?)

 小夜は呆然と立ち尽くす。
 鬱蒼とした森の中、気付けば頭が割れそうな程の激しい頭痛も、つんざくような耳鳴りも、身体の奥底から込み上がる吐き気でさえも綺麗さっぱり無くなっていた。

「これは⋯⋯夢?」

 その時、一際強い風がビュウと吹き付けた。目も開けられ無い程の強風が小夜の傷んだ栗色の髪を乱す。
 ぶるりと小さく身を震わせた小夜は自らの頬を力いっぱいに摘んだ。

(痛い——)


 ヒリヒリと痛む頬、やけにリアルな濡れた芝生の感触、鼻腔をくすぐる雨上がりで一際濃くなった土の香り。
 それらがこれは夢などでは無く、紛れも無い現実なのだとまざまざと知らしめてくる。
 それはまるで、微睡みが見せる幻覚であれと願う小夜を嘲笑うかのようであった。







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