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母がなくては……

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 1月の終り。
 タカさんが山口県にある、お母様のお墓参りに行くことになった。
 
 「悪いけど、2、3日出掛けるからな」
 「どちらへ行かれるんですか?」
 「ああ、久しぶりにお袋の墓参りがしたいんだ」
 「「「「!」」」」

 みんな驚いた。

 「タカさん! 私たちも是非!」
 「タカさん、一緒に行きたいよ!」
 「タカさん、置いて行かないで!」
 「石神さん、私も連れてってください!」

 「あんだよ!」

 タカさんは一人で行くつもりだった。
 なんでよぉー!

 「お前らが行くといろいろ大変じゃねぇか!」
 「なんですよ!」
 「お前らの「喰い」のことだぁ!」
 「「「「ハゥッ!」」」」

 たしかにー……。

 「ほら、そこは何とでもしますよ」
 「どうすんだよ!」
 「私たちはホテルかどっかに泊まります」
 「それじゃ陽子さんが申し訳なくって気を遣うだろう!」
 「タカさんは陽子さんのお宅へ泊って下さい」
 「だからヘンに思われるだろうって!」
 「タカさーん!」
 「駄目だ、俺一人で行く」
 「「「タカさーん!」」」
 「石神さーん!」
 「うぜぇ」

 絶対に行きたい!
 だって、タカさんのお母さんなんだから!

 「響子ちゃんとかどうするんです?」
 「響子?」
 「だって、絶対行きたがりますよ!」
 「響子は無理だろう」
 「栞さんだって」
 「栞?」
 「六花さんだって! 士王や吹雪だって!」
 「あ、ああ、それはそうか」
 「おばあちゃんに会いたいですよ!」
 「うーん」

 あ!
 タカさんが考え始めたぞ!
 もう一歩だ!

 「私たちだって、タカさんのお母様のお墓に参りたいですよ!」
 「まあ、そりゃ分かるが」
 「お願いします!」
 「「「お願いします!」」」

 タカさんはちょっと考えて言った。
 
 「分かったよ。ちょっと考えてみる」

 結局、私たちの同行を許してくれ、栞さんと士王、六花さんと吹雪、それに京都から麗星さんと天狼、奈々が一緒に行くことになった。
 大所帯になったので、ホテルを取り、タカさんだけ陽子さんのお宅へ泊る。
 陽子さんはタカさんが来ることに大喜びで、ホテルの手配と夕飯はみんなで食べられるようにレストランも予約すると言ってくれた。
 もちろん費用は石神家もちでないと不味い。
 陽子さんは最初自分たちで出すと仰っていたけど、とんでもない金額になることが眼に見えている。
 私たちの食事は前にご覧になっているので、何とか納得していただいた。
 陽子さんがおすすめの日本料理のお店を貸し切りにした。
 私がお店の人と話し合い、料理を相談した。
 とにかく量の問題は何度も話し合って、事前に半金を支払わせてもらう。
 そうじゃないと、お店も不安になるだろう。
 それほどの金額だった。
 ドタキャンじゃとんでもないことになる。

 そうやって、みんなで出掛けることになった。
 もちろん本来は飛行機なのだけど、やはりセキュリティの関係で「タイガーファング」を飛ばす。
 タカさんは私用で軍のものを使うのを避けていたけど、今回は仕方がない。
 「虎」の軍でもVIPの面々が集まるからだ。

 1月の最後の土曜日の朝。
 私たちは出発した。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 山口には午前9時に着いた。
 初日は私たちで観光がてら昼食を済ませ、陽子さんたちとは夕方にお会いする予定になっている。
 一泊して、翌朝にお墓参りをして帰る。
 観光は私と柳さんの担当だった。
 連れてきてもらうかわりに、調べておくようにと。
 現地ではマイクロバスをレンタルしている。
 私と柳さんの運転だ。

 柳さんと話し合って、観光はタカさんが奈津江さんと行った松下村塾と秋芳洞に決めた。
 そして昼食は二人が行ったフグ料理のお店にしたかった。
 確か東光寺の近くだ。
 もう一つ、お母様とドライブした時に寄ったという海辺のカフェ。
 陽子さんにお聞きすると、フグ料理のお店はすぐに分かった。
 でも、海辺のカフェは大体の場所しか分からないということだった。

 「あの時、トラちゃんは道に迷ってたみたいだからね」
 「ああ、そうでした!」
 
 もうしょうがない。
 その何となくの場所へ行くことにした。

 松下村塾はタカさんも懐かしそうにしていた。
 奈津江さんとの思い出の場所なので、ちょっと心配してたけど、大丈夫そうだった。
 響子ちゃんが、六花さんとお土産を楽しそうに探していた。

 そしてお昼の予約をしていたフグ料理のお店に入ってみんなで食事をした。
 普段はそんなにフグなど食べないので、みんなで楽しく食べた。
 士王と吹雪が特に気に入ったみたいで、いつもより食欲を見せた。
 天狼は気品が出てきたみたいで、みんなで所作を誉めそやすと恥ずかしがってカワイかった。
 奈々は麗星さんが世話しながら食べていた。
 私たちに懐いて、食べ終わるとずっとくっついていた。

 食事を終え、みんなで海辺のカフェに向かった。
 バスに乗り込む時にタカさんが言った。
 
 「おい、次はどこへ行くんだ?」
 「はい、ちょっと探しながらなんですけど、タカさんがお母様と行った海辺のカフェに行きたいなと」
 「……」
 
 タカさんが黙った。
 何か不味かったか?
 でも、不機嫌そうな顔ではない。

 陽子さんから大体の場所の予測は聞いていた。
 そこへ走らせていくと、海が見えてきた。
 最後部のシートで士王たちと座っていたタカさんが、運転席の私に近寄って来た。

 「亜紀ちゃん、左だ」
 「は、はい!」

 運転していた私は左折した。

 「そのまままっすぐに行くと、右側にある。「美蘭カフェ」という名前だ。
 「タカさん、覚えてるんですか!」
 「お袋と一緒に行ったんだからな」
 「でも、道に迷ってたって」
 「迷ったのは来る途中だ。ここから帰りは大丈夫だよ。それにお袋と来たんだ。この辺になれば忘れるわけはない」
 「そうですよね!」

 運転しながら涙が出そうになった。
 そうだ、タカさんはお母様との思い出は絶対に忘れたりしないんだ。
 タカさんの言う通り、すぐにカフェが見つかった。
 良かった、まだやっててくれた!

 店の前の駐車場にマイクロバスを止めて、みんなでお店に入った。
 オフシーズンのせいかお客さんはおらずに、私たちが座ると満席に近い状態になった。
 マスターと一人だけいる女性の店員さんが注文を取りに来る。

 「あの、前にこの人がお母様と一緒にここに来て」
 「そうなんですか」
 「はい! 今日はお母様のお墓参りに来たんで、思い出のここにも来たくて!」
 「それはそれは。わざわざありがとうございます」

 残念だけど、マスターはタカさんのことを覚えてはいないようだった。
 若い女性の店員さんが、マスターと話していた。
 どうやら親子らしい。

 「お父さん、お爺ちゃんの頃じゃないの?」
 「ああ、そうか! あの、10年くらい前ですかね?」
 「そうです!」
 「じゃあ、お爺ちゃん、呼んでくるね!」
 「いらっしゃるんですか!」
 「ええ、2階に」
 「是非!」
 「でも、おじいちゃん、ちょっと最近ボケてきて」
 「構いません!」

 タカさんは黙っていた。
 窓辺から海を眺めている。
 何を考えているのだろう。

 コーヒーが運ばれ、お年寄りの男性が来た。

 「ああ、あなたですか」

 お年寄りがタカさんを見て微笑んだ。
 タカさんが嬉しそうに笑って言った。

 「覚えておいでですか?」
 「もちろん。美男子で、そこの席でお母様と楽しく話されてた。あなたがお母様のことを大事になさっているのが分かって、本当に私も気持ちのいい日になりました」
 「そうですか。お袋の墓がこっちにあって。私は東京なもんでなかなか参らずに。今日は家族を引き連れてきたんです」
 「それはそれは。わざわざうちにもお越し下さったんですね」
 「娘がね。このお店を探してくれたんですよ」
 「そうだったんですか」

 マスターとお嬢さんのウェイトレスが顔を見合わせて驚いていた。

 「あの?」
 「ああ、すみません。おじいちゃんがあんなにスラスラと話しているんで。びっくりしてます」
 「え?」
 「最近は物忘れも多くて、喋り方もゆっくりなんですよ。それが元気な頃に戻ったみたいに」
 「そうなんですか!」

 でも、たった一度のことを、こうも鮮明に覚えているなんて。
 やっぱりタカさんとお母様が素敵だったんだ!
 老人はタカさんと楽しく話して戻って行った。

 私たちはお店のお二人にお礼を言って出た。
 本当にタカさんの思い出の店が見つかり、お店の人もタカさんをちゃんと覚えていてくれて良かった。
 でも、私たちは嬉しかったんだけど、タカさんは喜んでいる様子ではなかった。
 それよりも、きっと多くの思い出が渦巻いているのだろう。
 柳さんと運転を替わり、私は後ろのタカさんを見た。
 最後部のシートでロボと奈々と一緒に座っている。
 奈々はタカさんの膝に寝転んで甘えいた。
 ロボはタカさんと窓の外を眺めていた。

 タカさんは何を思っているのだろう。
 タカさんの綺麗な横顔が、悲しそうだった。
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