上 下
2,511 / 2,840

北海道「無差別憑依」事件 Ⅳ

しおりを挟む
 石神からの要請があり、俺たち「アドヴェロス」もすぐに出動した。
 「タイガーファング」が来てくれ、俺たちは専用の「ファブニール」である《ザンザス》ごと運んでもらった。
 石神たちと連携するためには、共通の量子AIを積み込んだ《ザンザス》が必要だったからだ。

 先ほど、石神から柏木さんを送って欲しいと言われた。
 すぐに「タイガーファング」が来て柏木さんを乗せた。

 どうやら、今回のライカンスロープはまだ人間の意識を残している者がいるらしい。
 もしかしたら、元に戻せる可能性を石神は考えていた。
 本当にそれが出来たらどんなに素晴らしいことか!
 でも、これまでも石神と蓮花さんたちが散々研究し、試していたことだ。
 石神の友の槙野さんを死なせてしまったことで、石神も必死にその方策を模索した。
 しかし、失敗したと聞いている。
 石神の嘆きは大きかった。

 「早乙女さん! また集団が来ます!」
 「分かった! 磯良、愛鈴! 頼む!」
 「「はい!」」

 青函トンネルは磯良と愛鈴に任せ、早霧たちは海上を飛んで来る連中を任せていた。
 獅子丸は俺たちの傍にいて、もしもの場合の援護要員だ。
 羽入と紅は逆に遊撃的に敵に対応していた。
 青函トンネルが主力だったが、海上を飛んで来るライカンスロープも結構いた。
 成瀬は「虎」の軍のデータとリンクして、本土へ向かってくる敵を把握していく。
 大きく迂回するライカンスロープもいる可能性もあったが、石神はそれは別な部隊にやらせていると言った。
 成瀬が端末を見ながら言った。

 「早乙女さん、道内の状況はまだ混乱しているようです」
 「そうか」

 成瀬が見ている画面には、敵の数を示す多くの光点がまだまだ多い。
 色分けされているのは、「憑依型」の妖魔とそれによって怪物化したライカンスロープのものだ。
 「憑依型」の妖魔を示す赤の光点はまだ無数にある。
 北海道の全域にそれは拡がっており、石神たちも奮戦しているはずだが、まだ犠牲者は増えそうだった。
 通信が入った。

 「どうした、羽入!」
 「早乙女さん、俺たちの所へはほとんど敵が来ません!」
 「そうか」
 「俺たちも北海道へ渡らせて下さい!」
 「なんだと!」
 「紅が言ってます。現場はまだまだ人手が必要らしいって」
 「それはそうだろうが」
 「お願いします! 少しでも救える人間を!」
 「……」

 みんな同じ気持ちだ。
 成瀬が通信を聞いていて俺に向かってうなずいた。

 「分かった! 「虎」の軍に連絡して、お前たちも道内へ行ってくれ!」
 「ありがとうございます!」

 こっちは何とかなりそうだ。
 羽入の言う通り、少しでも救える人間が増えればと思った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「「業」様、状況は上手く行っています」

 「業」様はお顔に笑顔を作られた。
 今回は怪物化しても、しばらくは人間の意識を残すように「憑依」を調整しているものが大半だ。
 そうすることで、石神たちは手をこまねき、より大きな被害を得られるはずだ。
 数日もすれば妖魔が完全に乗っ取るのだが、甘い石神は保護を考えるかもしれない。
 それに、即座に妖魔が意識を乗っ取る者も少数混ぜている。
 きっと大混乱に陥るだろう。
 ああ、笑いが止まらない。

 しかし、「業」様が肩で大きく息をしている。
 あの「業」様が疲弊しているとは!

 「「業」様、もうお休み下さい」
 「あと一手だ」
 「でも、もう十分に」
 「いや、あと二つゲートを開く。「神」と《地獄の悪魔》を送り出せ」
 「二つもですか?」
 「ああ、北海道には石神の足止めで「神」を送る。青森にはあの目障りな警察たちがいる」
 「はい、でもあのような小者たちを」
 「石神を苦しめるためだ。いいから準備しろ」
 「はっ!」

 ゲートを作るのは「業」様にとっても相当な御負担になる。
 特に今回は無数のゲートを広範囲に作ったのだ。
 そして最後に大型のゲートを作ると仰った。
 この作戦は「業」様にとって重要なものなのだろう。
 嫌がらせのようなものではあったが、確実に石神たちを苦しめている。
 日本でこれほどの被害が出たのならば、「虎」の軍への信頼は大きく失墜する。
 御堂と共に日本中から歓迎されている石神たちに、一矢を報いることになるだろう。
 私は「業」様の御命令に従い、「神」と《地獄の悪魔》の召喚の準備をした。
 石神は「神」を降すだろうが、その間に《地獄の悪魔》が警官たちを皆殺しにする。
 《デモノイド》に手をあぐねていた奴らに、《地獄の悪魔》は斃せない。

 見ていろ、石神。
 お前の大事な者たちを皆殺しにしてやる。






 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 
 俺と紅は江別市に飛んだ。
 紅に抱えてもらって移動する。
 
 「羽入、作戦に大きな変更があった」
 
 飛行中に紅が俺に言った。

 「なんだ?」
 「ライカンスロープの中に、まだ人間の意識を残している者が多いそうだ。そういう者は釧路に移送し、隔離することになった」
 「そうなのか!」
 
 敵の殲滅作戦ではなくなった。
 でもそれは、俺にも喜ばしいことだった。

 「じゃあ、元に戻せるってことか!」
 「いや、それはまだ不明だ。これから研究して行くんだろう、でもきっと石神様ならば」
 「そうなのか」

 紅が言った。

 「羽入、油断するな。時間が経過すれば本来のライカンスロープになる可能性が高い。それに擬態する連中もいるに違いない」
 「ああ、分かった」
 「いや、お前は甘い所がある。だから心配なんだ」
 「大丈夫だよ。お前がちゃんと守ってくれるんだろう?」
 「もちろんだ!」

 二人で笑った。
 数分後、俺たちは江別市に降りた。





 江別市でも、「虎」の軍のソルジャーやデュールゲリエたちが戦闘を展開している。
 だが、敵の数が多く、しかも散開しているのでなかなか進んでいない。
 どこも同じ状況なのだろう。
 俺と紅はすぐに「憑依型」の妖魔の索敵に入った。
 紅が霊素観測レーダーからのデータを受け取って、敵の位置を探っていく。
 俺は周囲の凶暴なライカンスロープを撃破しつつ、紅が指示する人間の意志を残した者をデュールゲリエに引き渡す。
 「憑依型」の妖魔は結界を張る別な妖魔がいるらしく、発見は困難を極めた。

 「羽入! 《ウラノス》が解析した! 結界内の「憑依型」も分かるようになったぞ!」
 
 いい知らせだった。
 俺たちはデータを受け取りながら、どんどん移動して「憑依型」の妖魔を狩って行った。
 少し後で、また《ウラノス》が新たな解析を終え、人間の意識を残したライカンスロープも餞別出来るようになった。
 紅が俺に指示を飛ばし、どんどん作業は進んで行った。

 「紅、いい感じだな!」
 「ああ、臨界ポイントも随分と伸びた!」
 「そうか!」

 俺たちは必死で狩りと撃破と収容を続けて行った。






 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 「早乙女さん、視認撃破数は100%です!」
 「おお、そうか!」

 《ザンザス》の中で俺たちは喜んでいた。
 磯良と愛鈴は青函トンネルを守り切り、早霧たちも広い範囲を防衛している。
 早霧たちの移動はデュールゲリエが運んでいるので、高速で処理出来ている。
 青森の霊素観測レーダーで、大きく迂回するライカンスロープが、石神の言う別な部隊が全て撃破していることが分かった。

 「徐々に本土に渡るライカンスロープの数が減少してます」
 「石神たちが頑張っているんだろう」
 「ええ、でもまだまだ道内は相当数が残ってますよ」
 「とにかく俺たちはここでの防衛だ。気を抜かずに頑張ろう」

 戦闘が始まって既に2時間が経過している。
 そろそろ交代で休憩をさせようと思った。
 その時、成瀬が叫んだ。

 「霊素観測レーダーに大きな反応! ゲートが開きます!」
 「なに!」
 「北海道で展開したものとは全然違います! 大きな妖魔が来るかも!」
 「全員を呼び戻せ! 羽入と紅もだ!」
 「はい!」

 





 俺の後ろで控えていた十河さんが俺の肩に手を置いた。

 「早乙女さん、いよいよ私の出番ですかね」
 
 何の気負いも無かった。
 十河さんはいつでも、自分が出るつもりだったのだ。

 「はい、その時には宜しくお願いします」
 「分かりました」

 俺は前に向き直った。
 情けなくも、涙が零れそうになったのだ。
 十河さんをまだ死なせたくない。
 俺はそのために全力を傾けるつもりだった。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...