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北海道「無差別憑依」事件 Ⅲ

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 「皇紀通信」の端末に、霊素観測レーダーからの敵の位置が表示されている。
 敵は「憑依型」の妖魔とライカンスロープに大きく分けられ、その点の大きさが敵に強さを示している。
 最初は正確なものではなかったが、アラスカの量子AI《ウラノス》が解析を進め、どんどん明確なものに変わって行く。
 「憑依型」を先に仕留めることが前提だけど、その途上にライカンスロープが現われれば撃破して行く。
 すぐに困ったことに気付いた。
 ライカンスロープにまだ意識が残ってる!

 襲われれば殺すけど、見掛けただけでは手を出さないようにしていた。
 しのちゃんにも聞いたけど、しのちゃんは全部殺すように言ってた。

 「ルーさん、今は早く撃破しねぇと!」
 「分かってるけど! でも本当にいいの?」
 「あっしが全責任を負いやす」
 「分かった!」

 それでもなかなか殺せない。
 私の状況はしのちゃんにも見えているはずだ。
 上空で観測員のデュールゲリエが全部データを送ってる。

 誰かが飛んで来た。

 「ルーちゃん!」
 「虎蘭さん!」

 虎蘭さんだぁー!

 「どうして来たの?」
 「高虎さんから言われてよ」
 「蓮花さんの研究所は?」
 「私と虎水が抜けたくらいじゃ大丈夫! 虎白さんが、こっちが大変そうだから行けって」
 「虎白さんが!」
 「うん。だから手伝うよ!」

 私は正直に虎蘭さんに事情を話した。
 
 「分かった。ライカンスロープにまだ意識があるってことね?」
 「うん、そうだよ! だから本当に殺していいものかどうか」

 虎蘭さんが私を見ていた。
 強い視線だ。

 「ルーちゃん、戦場で一番いけないことは分かる?」
 「え?」
 「それは迷うこと。だから間違ってもいいの。自分がやることをしっかり決めて! 私はそれを手伝うよ!」
 「虎蘭さん!」

 よーく分かった。
 私はしのちゃんに連絡した。

 「しのちゃん! やっぱダメだ! 私は意識のあるライカンスロープは殺せない!」
 「ルーさん!」
 「だから作戦を立てて! どっかに収容できるようにして!」
 「無茶言わないで下さい!」
 「無茶なことは分かってる! でも絶対にそうすべきだ!」
 「……」

 しのちゃんはちょっと黙っていた。

 「分かりやした! 虎の旦那に確認しますわ!」
 「うん!」

 私と虎蘭ちゃんは「憑依型」の妖魔を探した。
 その間に、意識を喪って人を襲っているライカンスロープも殺して行った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 俺は撃破数の伸びない札幌に飛んだ。
 作戦指揮官になった東雲から、亜紀ちゃんが札幌を担当していると聞いている。
 最大戦力の亜紀ちゃんを、最も敵の多い札幌市に向かわせたのだ。
 もちろん、他のソルジャーやデュールゲリエたちも入っている。
 「憑依型」の妖魔は、それほど強力な妖魔を放出出来ないことは分かっている。
 しかし、一体で数百の妖魔を放出できるらしく、数との戦いになっている。
 ソルジャーやデュールゲリエたちもライカンスロープを撃破していくが、うちの子どもたちの速さには敵わないのだ。
 しかし、その亜紀ちゃんの撃破数が低すぎると報告を受けていた。

 すすきのに降りた俺は、すぐに亜紀ちゃんを見つけた。
 亜紀ちゃんは目の前のライカンスロープを前に戸惑っている。
 俺が後ろから「槍雷」で撃破しようとすると、亜紀ちゃんが立ち塞がった。
 振り向いた亜紀ちゃんが涙を零していく。
 だが今はそんな場合じゃない。

 「タカさん!」
 「お前! しっかりしろ!」
 「ごめんなさい! でも、まだ意識があるんですよ!」
 「関係ねぇ! もう妖魔に憑依されたら戻す手段はないんだ。お前も知っているだろう!」

 亜紀ちゃんが涙を拭って俺を見た。

 「タカさん、本当にそうなんでしょうか?」
 「なんだと!」
 「「渋谷HELL」ではすぐに人を襲い始めました。でもここの人たちは違うんです! さっきは自分の子どもを守ろうと母親が!」
 「バカ! それが敵の罠だ! 俺たちに躊躇させ、時間を稼いでいるんだぞ!」
 「で、でも、タカさん!」

 亜紀ちゃんは頑強だった。
 まだ子どもなのだ。
 戦場の冷酷さに馴染んでいない。

 「お前が迷っている間に、多くの人間が犠牲になってる!」
 「私、頑張りますから!」
 「お前ぇ! また俺から放り出されたいのかぁ!」
 「タカさん! お願いします!」

 その時、東雲から通信が入った。

 「なんだ!」
 「旦那、すみません! 今ルーさんから連絡が入って」
 「どうした!」

 何か異常事態があったのかと思った。

 「ルーさんは、今回のライカンスロープは元に戻せるんじゃないかって言ってます」
 「なんだとぉ!」
 「だから、隔離収容を提言されてます!」
 「バカを言うな! てめぇ、東雲! 子どもの甘い感情に振り回されてんじゃねぇ!」
 「ハーさんからも同様の報告が入りました! 他のソルジャーたちからもです!」
 「バカ野郎! 敵の罠に決まってるだろう!」
 「旦那、決めて下さい! 自分が必ず実現します!」

 東雲は「実現」と言った。
 「徹底」ではなくだ。
 それは、俺がどんな無理な命令を下しても必ず達成するということだ。

 「柏木さんを呼べ! 最速だ!」
 「分かりました!」

 柏木さんは今青森にいるはずだった。
 俺は早乙女に連絡し、柏木さんと直接話した。
 
 「柏木さん! 現場で妙なことが起きてます!」
 「はい!」
 「ライカンスロープは本来、凶暴化して人を襲います。でも、ここでライカンスロープになった人間たちは、まだ意識を残しているようなんです」
 「それは!」
 「もしかしたら、戻せる可能性があるのかもしれない。柏木さんに確認してもらいたい!」
 「分かりました!」

 柏木さんにも無茶なことを頼もうとしている。
 大きな霊能を持った柏木さんであっても、妖魔を埋め込まれた人間を戻せるかどうかの判断などつかない可能性が高い。
 それでも、俺は頼みたかった。
 これまでも蓮花と散々、いろいろな方法を試した。
 しかし、悉くそれは失敗した。
 全員が凶暴化したまま、元に戻ることは無かったのだ。
 俺たちは挫折するしかなかった。

 槙野を救いたかった。
 槙野と同じく妖魔を埋め込まれた犠牲者たちを救いたかった。
 でもダメだったのだ。
 全力を尽くして実現出来なかったことは、諦めるしかない。

 だが、今また俺に尚試せという運命が来た。
 ならばまた試そう。
 また絶望することになるとしても、全力を尽くそう。
 敵の罠の可能性が高いことだから、何らかのほんの少しでも手掛かりが欲しい。
 柏木さんに、それを頼んだ。

 5分で柏木さんが来た。
 「タイガーファング」がすすきのに着陸する。
 亜紀ちゃんが人間の意識を残しているライカンスロープを確保している。
 柏木さんに見せた。

 「石神さん、確かに元の人間の意識が残っています」
 「はい!」
 「妖魔の意識もあります。でもそれは融合していない」
 「はい!」
 「先ほど、青函トンネルを抜けて来たライカンスロープを見ました。この状態とは違いました。妖魔と融合し、意識は残っていませんでした」
 「それは!」
 
 柏木さんが俺を見て言った。

 「確実なことは申せません。でも、妖魔を引き剥がせば、元に戻る可能性はあるかと思います」
 「ほんとですか!」
 「タカさん!」

 俺はすぐに指示を飛ばした。

 「ターナー! アラスカの全ソルジャーとデュールゲリエたちを送れ!」
 「タイガー! 何を言ってる!」
 「全力で、意識の残ったライカンスロープを隔離する! そっちの技術者をかき集めて隔離場所の設営を急がせろ!」
 「おい! バカを言うな!」
 「アラスカは聖に頼め! あいつなら必ず護ってくれる!」
 「タイガー!」
 
 「バカヤロウ! 俺の命令だぞ!」
 「グゥッ! 分かった! お前は相変わらず無茶苦茶だぁ!」
 「急げ!」

 東雲に命じて、ライカンスロープたちの隔離場所を作ることを伝えた。
 東雲の奴が喜んでいた。

 「分かりやした! じゃあ、釧路平原でいいですかね?」
 「任せる! ターナーと連携しろ!」
 「へい!」

 「お前、嬉しそうだな?」
 「そりゃもう! ルーさんとハーさんに嫌われたくないですからね!」
 「この野郎!」

 大きな作戦変更だ。
 俺は亜紀ちゃんと「憑依型」の妖魔の駆逐を急いだ。
 輸送用のでかい「タイガーファング」が早くも到着する。
 霊素観測レーダーと連携して、デュールゲリエたちが人間の意識を残しているライカンスロープを誘導し、収容していく。
 ターナーのことだ。
 もう各地に輸送型を送り込んでいるだろう。

 これから突貫で釧路平原に収容場所を作るはずだ。
 面倒事が大きく増えたが、士気は高まった。
 





 1万人以上の犠牲者が出ている。
 そのうちの何人を本当に助けることが出来るか。

 「亜紀ちゃん! 次に行くぞ!」
 「はい、タカさん!」

 俺たちは笑っていた。
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