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「カタ研」親睦合宿 Ⅲ

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 女性から先にお風呂に入ったので、私たちでお酒の肴を作った。

 シソ巻豆腐。
 ナスの素揚げ。
 唐揚げ(大量)。
 カプレーゼ。
 ファルファッレのバジルドレッシングサラダ。
 双子絶賛たこ焼き。
 刺身各種。
 ラタトゥイユ。
 シラス入り出汁巻き卵。
 チーズ各種。
 
 ほとんど石神家で作った。
 男性陣が風呂から上がって来て、喜んだ。
 みんなを屋上の幻想空間に案内する。

 


 「なんだ、ここは……」

 先頭を歩いて来た坂上さんがため息をもらした。
 柳さんが灯のセッティングした。
 暖色系の弱い光の中で、テーブルはちょっと明るい。
 みんな感動していた。

 みんなで料理を並べ、ベンチシートに座った。
 四人ずつ掛けられるが、余裕を持ちたいので三人ずつ座った。
 私、真夜、柳さん。
 双子と上坂さん。
 坂上さんと平くんと壇之浦くん。
 陽菜と茜とジョナサン。
 パレボレは席が無いので床に座っている。
 前に新聞紙を敷き、水道水とポテトチップスを10枚置いてやった。

 「……」

 「ここはタカさんが恋人の奈津江さんと奈津江さんのお兄さんの設計士の顕さんとで考えたの。いつかタカさんと奈津江さんが一緒に住む時の家に作りたいって」
 「そうなのか」
 「でも、奈津江さんは学生時代に死んじゃって。タカさんは奈津江さんとの思い出でここを作ったんだ」
 「石神さんは素敵な人だよなぁ」

 しばらく、みんなで雰囲気を味わった。
 夜が暗いということを、ここでなら感じられる。
 柳さんが、更に照明を絞った。
 今度は床のライトをブルーにする。
 みんなが感動して声を挙げていた。
 パレボレも、周囲を見渡していた。

 照明を戻し、みんなで飲んだ。
 ワイルドターキー、獺祭大吟醸、シャトー・シュヴァル・ブラン(ワイン)、バドワイザー。
 タカさんに断って家から持って来た。
 双子とお酒が飲めない茜は千疋屋の高級ジュース。
 双子が特にブドウのシャルドネと洋ナシのル・レクチェが好きだ。

 「タカさんがね、人間に一番大事なものって言うの」
 「それはなんなの?」
 
 坂上さんが聞いて来た。
 他のみんなも私に注目している。

 「それはね、「ロマンディシズム」なんだって。遠い憧れ。絶対に届かないものへ向かって行くことだって言うんです」
 「何かを達成するんじゃなくて?」
 「はい。達成できないものなんです」
 「よく分からないわ。何かを成し遂げて、初めて意味があるんじゃないの?」

 私は二階の応接室にある、300号の絵の話をした。
 馬上の西洋の騎士が疾走する姿を描いている。

 「タカさんが学生時代に、速水健二という芸大生と知り合ったんです。上野の花見で速水さんがチンピラに絡まれているのを助けたのが縁でした」

 私はその後で、偶然速水健二の絵をタカさんが見つけてからの話をした。
 
 「タカさんは速水さんがやろうとしていたことを理解していたんです。それは素晴らしいと言って喜ばれた」
 「それはどういうものだったの?」
 「この赤い世界はいつか青い世界になる、ということだったそうです。速水さんはタカさんを一目見て、タカさんがその青い世界へ行く人だと分かったそうです」
 「よく分からないけど、不思議な縁ね」
 「はい。タカさんが見つけた速水さんの絵は、青い世界で虎が歩いているものだったんです。後から分かったことですが、その絵は速水さんがタカさんをイメージして描いたものだったんですね」
 「素晴らしいわね」
 「今はタカさんの寝室に掛かっています。前はリャドだったんですが、この二人が踏み潰してしまって」
 「「ニャハハハハハ!」」

 みんなが笑った。

 「タカさんは速水さんの絵が好きで、頼んでここの応接間の300号を描いてもらったんです」
 「そうなんだ! 素敵な絵だよね!」
 「はい!」

 


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「ここだよ」
 「ああ、大きい別荘ですね!」
 「こんなに大きい必要も無かったんだけどな。いろいろ考えていたら楽しくなって、ついな」
 「アハハハハハ!」
 「何も無いのがいいんだけど、ちょっとでか過ぎて、流石に味気ないんだ。だから速水に一枚描いてもらおうと思ってな」
 「分かりました!」

 タカさんは笑って速水さんを中へ入れた。
 応接間に案内し、壁を示した。

 「ここに、300号くらいのものをどうかな」
 「いいですね!」
 「テーマは「戦い」だ。戦場で死ぬことを誉とするような騎士を描いて欲しいんだ」
 「分かりました」

 「色は赤がいいな」
 「え!」
 「なんだよ?」
 「あの、僕は……」
 「知ってるよ。でも、ここでは絶対に赤を基調に描いてくれ。ここにはその色が似あうからな」
 「でも……」
 「出来ないか? 俺は速水の絵を掛けたいんだけどな」
 「……分かりました」

 タカさんは笑って速水さんの肩を叩いた。

 「じゃあ、今日はゆっくりしてくれ。明日から食材は山中さんたちに頼んでおくから。時間は幾ら掛かってもいいぞ。速水が納得するまで待つよ」
 「ありがとうございます」

 タカさんは速水さんに料理を振る舞い、夜は屋上で酒を飲んだ。
 速水さんもこの「幻想空間」に打たれたそうだ。



 タカさんは翌日に帰り、速水さんは残った。
 二ヶ月後、速水さんから連絡があり、タカさんは別荘に行った。

 「おい」
 「はい……」
 「青いな」
 「すいません」
 「俺は赤い絵って言ったよな?」
 「はい、確かにそう言いました」
 「なんで青いんだ?」
 「あなたの! 石神さんの絵が青かったからです!」

 速水さんは床に突っ伏して叫んだ。

 「そうか。じゃあ、これだな!」
 「え?」

 タカさんは大笑いし、速水さんの夕飯を作った。
 スズキのパイ包み、ジャガイモとチーズのリゾット、手間の掛かるコンソメスープ、海老とパセリのジュレカクテル、ロブスターのベシャメルソース、フレンチの大掛かりなディナーになった。
 
 「速水、お前そんなに痩せちまって」
 「はぁ」
 「なんでのんびりやらなかったんだ」
 「石神さんの絵ですから。気を抜くことが出来なくて」
 「抜けよ! そのためにこの別荘にいさせたのに!」
 「そうだったんですか!」
 
 速水さんは美味しいと言いながら、貪るように食べたそうだ。
 タカさんの食事はいつも美味しい。

 夜は一緒に屋上に上がった。

 「毎日、ここに来ましたよ」
 「そうか」
 「ここがあったから、何とか描けたんだと思います」
 「そうか」

 二人でのんびりとワインを飲んだ。

 「速水、お前、青の世界を見失いそうだったよな」
 「え?」
 「どんなに描いても、どんなに求めても、お前は青い世界に辿り着けない。だから別なものを描こうと思い始めた」
 「!」

 タカさんはカモのコンフィを速水さんに勧めた。
 もうお腹一杯だと言ったが、一口食べると、もう一口欲しがった。

 「別にお前が考えた通りでいいんだけどよ。折角お前が見つけた道だからな。俺にはどうにも惜しくてな」
 「じゃあ、どうして僕に赤い絵を描けと仰ったんですか?」
 「お前の憧れを思い出させたくてだよ。お前は他の絵を描けと言われたら、それを思い出す。俺はそう思っただけだ」
 「!」
 
 「速水、苦しいだろう。でも、それが人生ってもんじゃないか?」
 「石神さん!」
 「お前は辿り着けないだろうよ。でも、それがどうした? お前の憧れはそこにあるんだろう。だったら最後まで行けよ」
 「はい!」
 「みんな偉大な芸術家はそれだったろうよ。何かを成し遂げたって奴がいるか?」
 「はい!」
 
 「おい! 本当に素晴らしい作品だったな! もう一度見に行こうぜ!」
 「はい!」

 二人で笑って階下に降りて行った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「速水さんはその後も「青の世界」を追い求め、末期がんの中でまた「青の虎」を描き終えて死にました。生涯「青の世界」に向かって、尊敬する親友石神高虎のために。絶筆だって、決して満足してたはずはありません。でも、絵筆が持てなくなるまで描いて死んだんです。私は、そういう生き方を尊敬します」

 「作品は全て途上ってことか」
 「はい。何か成したものがあったとしても、その先がまだまだあるんです。何も為せ無くたって、私は憧れに向かって行けばいいんだと思います」

 みんなが拍手してくれた。

 「いい話だった!」
 「ありがとうございます」

 「でもさ」
 「はい?」
 「話してる途中で唐揚げを奪い合うのはどうなの?」
 「ニャハハハハハ!」

 だって、無くなっちゃうじゃない。
 トイレに行こうと思ったら、パレボレが泣いていた。

 「おい、どうした?」
 「いいお話でした!」
 「そう?」
 「はい」

 「お前さ」
 「はい?」
 「何でそんなとこに座ってんだよ?」
 「へ?」
 「あっちのベンチに座れよ」
 「は、はい!」

 双子にちょっと詰めさせて、パレボレを座らせた。

 「来たのかパレボレ」
 「すいません」
 「まあ、喰えよ。遠慮しながらな!」
 「はい!」

 その後もみんなで楽しく話した。




 

 もちろん、パレボレはウッドデッキのダンボールハウスで寝た。
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