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一人鍋
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私が石神さんの家に来て、もう大分経った。
すっかり生活には慣れたし、むしろ毎日が楽しい。
石神さんが楽しくて素敵な人なのが一番だけど、亜紀ちゃんは面白くて優しいし、皇紀くんも気遣いの子で大変優しい。
ルーちゃんとハーちゃんは物凄く元気で楽しい。
みんな私のことを気遣ってくれる。
石神家は本当に楽しくて温かい。
ロボもカワイイ!
私が一人でいると、必ずちょっかいを出してくれる。
「元気か?」と聞かれているようで嬉しい。
時々八つ当たりをされるけど、それも私に特別な愛情を持っているからだ。
一つだけ「ちょっとなー」と思うのは、石神家の食事の凄まじさだ。
最初は量を食べることすら出来なかったけど、なんでみんながあんなに食べるのかの理由を聞いて、私は変わった。
私も協力したいと思い、そう思ったらどんどん食べられるようになった。
ただ、あの激しいバトルは今でもちょっと苦手だ。
気を抜くと大怪我をする。
死ぬかもしれない。
特に亜紀ちゃんが燃え上がると危険だ。
何度か危ない場面で皇紀くんや双子ちゃんに守ってもらったりしている。
でも、常に守ってもらえるとは限らない。
みんな必死だからだ。
通常の状態では「花岡」は禁止なので、「金剛」なども使ってはいけない。
でも、亜紀ちゃんの回し蹴りは雄牛の首を破壊すると言われている。
いつもは私も気を付けて食べているけど、たまにはのんびりと食べたいと思う。
まあ、昼間は大学でそうして食べているけど。
反対に「大食い」とみんなに思われて困っている。
5月最後の金曜日。
みんなで朝食を食べながら、今日の予定を話していた。
「俺は今日は御堂と大渕さんとで会合だ。ルー! 今晩「ミートデビル」の個室は取れるかな?」
「はい! 用意します!」
「お前たちは「アドヴェロス」の手伝いだったな」
「「はい!」」
ルーちゃんとハーちゃんは大森の倉庫で「太陽界」の遺留品の調査があった。
霊的な道具が数多く発見され、早乙女さんから鑑定を頼まれている。
「皇紀は一昨日から蓮花研究所だ」
「タカさん、私、今晩は真夜と寿司屋を予約してるんですけど」
「あ! そうだったな! 弱ったなぁ」
「数寄屋橋です。半年前から予約してて……」
「そうだったよな」
みんな、私が一人残ることを案じてくれている。
「あの、私は別に……」
私は別に留守番で構わないと言おうとした。
「いや、柳。じゃあ俺と一緒に来いよ。御堂も来るんだしな」
「いえ! だって大事な会合なんでしょう?」
「そりゃそうなんだが」
「私は別にいいですよ! ロボもいますし」
「あー、ロボのごはんもだよな! 早乙女も左門も今日はいねぇんだよなぁ」
「大丈夫ですって!」
「あの、私やっぱりまた今度にしますよ!」
亜紀ちゃんが言った。
「ダメだよ! あそこって予約で半年以上一杯でしょ? 亜紀ちゃん、あんなに楽しみにしてたじゃない!」
「でも……」
「亜紀ちゃんが行かなかったら、私の方が申し訳ないよ!」
「それは、あの……」
石神さんが言ってくれた。
「まあ、そうだな。みんないろんな都合で動いているんだ。別に留守番くらいな! 柳、急で悪いけど、今晩はロボと一緒にいてくれ」
「はい! お任せ下さい!」
そういうことで、私は今晩ロボと一緒に留守番になった。
言葉が分かるらしいロボが、私に寄って来て身体を擦り付けて来た。
カワイイ。
「じゃあ、柳さん。すいませんが出掛けて来ます」
「うん、行ってらっしゃい!」
「食材は好きなように使って下さいね?」
「うん、ありがとう! 美味しい物を食べるよ」
「絶対に!」
亜紀ちゃんが申し訳なさそうに出掛けて行った。
遠慮しないで楽しんで来て欲しい。
石神さんは病院から直接行くだろうし、ルーちゃんとハーちゃんも学校から直接向かうので、帰って来ない。
ロボと二人きりになった。
亜紀ちゃんを玄関まで見送って、一緒にリヴィングに上がった。
「じゃあ、ご飯を作ろうか!」
「にゃー!」
ロボが足元に擦り寄って来る。
「あ! 今日はお鍋にしようかな! だって、いつもは落ち着いてゆっくり食べられないもんね!」
「にゃ!」
「ロボはお刺身にする? それともステーキ?」
私は冷蔵庫からいくつもの魚の柵とステーキ用の肉を出してロボに選ばせた。
ロボが前足で柵を幾つかポンポンする。
「アハハハハハ! 分かった! じゃあいまのを切るね?」
「ニャー!」
私はロボのために柵を切って、古伊万里の大皿に乗せてあげた。
ロボが唸りながら食べ始める。
「私もお魚の鍋にしようかな」
好きな魚の柵を切って、土鍋に湯を沸かした。
ロボが見ていた。
昆布で出汁を摂り、その間に野菜も刻んで行く。
大体5人前だろうか。
作りながら自分で笑った。
ロボが私の足に前足を伸ばして来た。
「なーに?」
右の前足で、鍋を指し示す。
「え?」
鍋を指し示す。
「ロボもお鍋がいいの?」
「にゃ」
私は笑ってロボのお鍋も作った。
一回り小さな土鍋に出汁を摂り、ロボが残していたお魚を入れて煮てやる。
ロボは野菜は食べない。
だからお魚だけだ。
私の鍋も出来上がり、ロボの鍋も同時に出来た。
「ちょっと熱いから冷ますね?」
ボウルに冷水を入れ、少しロボの鍋のお魚を覚ましてから古伊万里に盛った。
ロボが食べる。
「……」
「どう? 美味しい?」
ロボが前足で古伊万里のお魚を全部払い落とした。
「え! 美味しくなかった?」
ロボが私を睨み、私の土鍋を前足で吹っ飛ばした。
空中で二つに割れ、中身を零しながらリヴィングのガラス窓を割って外に消えた。
「ロボ!」
私は呆然とした。
折角作ったお鍋が……
私、何かいけないことをしたんだろうか。
突然、目から涙が出て来た。
恥ずかしいけど、私が一人でここに残されて、こんなに悲しい目に遭っていると思い始めてしまった。
悲しむために、そういう気持ちが込み上げて来てしまった。
ロボも流石にやり過ぎたと思っているようだった。
でも、ロボは謝らないし、慰めにも来ない。
分かってはいるが、それがまた悲しかった。
ロボはソファに行って寝ているようだった。
私は泣きながら、リヴィングのテーブルに突っ伏していた。
片付けなければと思いながら、何で私がと思って何も出来なかった。
ただ、泣いていた。
「「ただいまー!」」
ルーちゃんとハーちゃんが帰って来た。
上に上がって来る。
ロボが迎えに行っている。
「柳ちゃん!」
「襲撃なの!」
リヴィングの惨状を見て、二人が叫んだ。
私に駆け寄って来る。
「柳ちゃん! 泣いてるの!」
「何があったの!」
私は二人に抱かれて、また大泣きしてしまった。
二人は何も聞かずに私の頭と背中を撫でてくれていた。
頭のいい二人のことだ。
状況を見て、多分何があったのか、大体分かったのだろう。
ハーちゃんが私を抱き締めながら撫でてくれ、ルーちゃんがキッチンでココアを作ってくれた。
「さあ、これ飲んで。ロボがやったんだね?」
私が頷くと、二人ですぐに掃除を始めた。
割れた窓はそのままだ。
外に投げ出された土鍋も。
その中身も。
少し後で、亜紀ちゃんが帰って来た。
ルーちゃんが下に迎えに行く。
事情を話すのだろう。
私はまだ泣きたい気持ちもあったが、段々申し訳なく思った。
「柳さん! やっぱり今日は辞めればよかった!」
「亜紀ちゃん!」
「ごめんなさい! 私が自分のことばっかり考えてたから!」
「違うの! 私が悪いの!」
「柳さんは全然悪くない!」
そう言って亜紀ちゃんが私を抱き締めてくれた。
「あの、まずはこれを食べて! 無理言ってお土産を作ってもらったの」
「え?」
「大トロ、20貫しか無いんだけど」
「亜紀ちゃん!」
あの店はお客に対しても厳しいお店だ。
店で食べるものも、店主が全て決める。
最高のネタを提供するためだ。
だから持ち帰りなんて出来るはずがない。
相当頼んでくれたのだろう。
私のために。
今度は有難くて、また涙が出て来た。
「ねえ、食べて下さい。その間に何か作りますから!」
「ありがとう。あの、ロボの分もお願い」
「柳さん!」
ロボが名前が出たのでこっちに来た。
ずっとソファで大人しくしていた。
「ロボ、ごめんね。ごはんを食べてね」
「ニャー!」
ロボが私の膝に乗って、私の涙を舐めた。
ロボを憎む気持ちは無い。
今ならば、自分がいけなかったのだと本当に思える。
亜紀ちゃんとルーちゃんとハーちゃんがキッチンで何か作ってくれる。
シャトーブリアンのステーキだった。
石神さんの許可が無ければ使ってはいけない食材だった。
「これは」
「いいの! タカさんにはちゃんと話すから!」
「ありがとう」
私の食事の後で、ロボにも刺身が盛られた。
ロボもいつものように先に寄越せと騒がなかった。
石神さんが遅くに帰って来て、私を部屋に呼んだ。
「柳、今日は大変だったようだな」
「すみません。ちゃんと留守番一つ出来なくて」
「気にするな。もう大丈夫か?」
「はい、本当にすみません」
石神さんは笑って、ロボとの付き合い方を教えてくれた。
「あいつはネコだ。だから善悪もねぇし、基本的に考えてねぇ。興味があれば訴えるけど、その結果は俺たちのせいなんだ」
「はい」
「雪が降って地面が冷たいのも、俺に文句を言うんだからな」
「アハハハハ」
私はあらためて、石神さんに夕飯のことを話した。
「お前が嬉しそうだったんで、ロボも興味を持ったんだろうよ。だけどな、煮ると素材の旨味は湯の中に流れ出てしまうんだ」
「はい」
「人間はその汁の旨味を味わうわけだけど、ロボはそうじゃない。だからな、そういう時は、ちょっとだけやってやり、ロボに納得させればいいんだよ」
「なるほど!」
「そうすればやってもらったことと、ダメだったことがロボにも分かる。あいつはコーヒーにも興味を持つし、俺たちが美味そうに喰っていると何でも欲しがる。だから匂いを嗅がせてやれば、大体納得して満足するんだ」
「分かりました!」
私もやっと笑顔になれた。
「まあ、今日はいきなりお前を一人にしてしまった俺の責任だ。すまない、柳」
「そんな! 石神さんのせいじゃないですよ!」
「お前がどんなに心を痛めてしまったか、本当に申し訳なく思う」
「いいえ! 本当に自分が未熟だっただけです!」
石神さんが頭を下げるので、困った。
「今日は御堂と大渕先生とで充実した話し合いが持てた。でも、御堂が言ってたんだ。柳とも一緒にゆっくり食事がしたいんだってな」
「え!」
「御堂も本格的に忙しくなったからな。だから一層、お前や御堂家のみなさんとの食事が恋しいんだよ。あいつ、ほとんど一人で喰ってるからな」
「そうなんですか」
「だからさ、近いうちに一緒に食事をする時間を作るってさ。柳も忙しいだろうけど、時間を合わせてやってくれよ」
「は、はい!」
「頼むな」
「石神さん!」
本当に、そんなことを父が言っていたのかは分からない。
きっと、石神さんが私のためにお父さんを説得するのだろうと思った。
私はこの石神家が大好きだ。
楽しくて、何よりも温かい。
本当に、みんな温かい。
すっかり生活には慣れたし、むしろ毎日が楽しい。
石神さんが楽しくて素敵な人なのが一番だけど、亜紀ちゃんは面白くて優しいし、皇紀くんも気遣いの子で大変優しい。
ルーちゃんとハーちゃんは物凄く元気で楽しい。
みんな私のことを気遣ってくれる。
石神家は本当に楽しくて温かい。
ロボもカワイイ!
私が一人でいると、必ずちょっかいを出してくれる。
「元気か?」と聞かれているようで嬉しい。
時々八つ当たりをされるけど、それも私に特別な愛情を持っているからだ。
一つだけ「ちょっとなー」と思うのは、石神家の食事の凄まじさだ。
最初は量を食べることすら出来なかったけど、なんでみんながあんなに食べるのかの理由を聞いて、私は変わった。
私も協力したいと思い、そう思ったらどんどん食べられるようになった。
ただ、あの激しいバトルは今でもちょっと苦手だ。
気を抜くと大怪我をする。
死ぬかもしれない。
特に亜紀ちゃんが燃え上がると危険だ。
何度か危ない場面で皇紀くんや双子ちゃんに守ってもらったりしている。
でも、常に守ってもらえるとは限らない。
みんな必死だからだ。
通常の状態では「花岡」は禁止なので、「金剛」なども使ってはいけない。
でも、亜紀ちゃんの回し蹴りは雄牛の首を破壊すると言われている。
いつもは私も気を付けて食べているけど、たまにはのんびりと食べたいと思う。
まあ、昼間は大学でそうして食べているけど。
反対に「大食い」とみんなに思われて困っている。
5月最後の金曜日。
みんなで朝食を食べながら、今日の予定を話していた。
「俺は今日は御堂と大渕さんとで会合だ。ルー! 今晩「ミートデビル」の個室は取れるかな?」
「はい! 用意します!」
「お前たちは「アドヴェロス」の手伝いだったな」
「「はい!」」
ルーちゃんとハーちゃんは大森の倉庫で「太陽界」の遺留品の調査があった。
霊的な道具が数多く発見され、早乙女さんから鑑定を頼まれている。
「皇紀は一昨日から蓮花研究所だ」
「タカさん、私、今晩は真夜と寿司屋を予約してるんですけど」
「あ! そうだったな! 弱ったなぁ」
「数寄屋橋です。半年前から予約してて……」
「そうだったよな」
みんな、私が一人残ることを案じてくれている。
「あの、私は別に……」
私は別に留守番で構わないと言おうとした。
「いや、柳。じゃあ俺と一緒に来いよ。御堂も来るんだしな」
「いえ! だって大事な会合なんでしょう?」
「そりゃそうなんだが」
「私は別にいいですよ! ロボもいますし」
「あー、ロボのごはんもだよな! 早乙女も左門も今日はいねぇんだよなぁ」
「大丈夫ですって!」
「あの、私やっぱりまた今度にしますよ!」
亜紀ちゃんが言った。
「ダメだよ! あそこって予約で半年以上一杯でしょ? 亜紀ちゃん、あんなに楽しみにしてたじゃない!」
「でも……」
「亜紀ちゃんが行かなかったら、私の方が申し訳ないよ!」
「それは、あの……」
石神さんが言ってくれた。
「まあ、そうだな。みんないろんな都合で動いているんだ。別に留守番くらいな! 柳、急で悪いけど、今晩はロボと一緒にいてくれ」
「はい! お任せ下さい!」
そういうことで、私は今晩ロボと一緒に留守番になった。
言葉が分かるらしいロボが、私に寄って来て身体を擦り付けて来た。
カワイイ。
「じゃあ、柳さん。すいませんが出掛けて来ます」
「うん、行ってらっしゃい!」
「食材は好きなように使って下さいね?」
「うん、ありがとう! 美味しい物を食べるよ」
「絶対に!」
亜紀ちゃんが申し訳なさそうに出掛けて行った。
遠慮しないで楽しんで来て欲しい。
石神さんは病院から直接行くだろうし、ルーちゃんとハーちゃんも学校から直接向かうので、帰って来ない。
ロボと二人きりになった。
亜紀ちゃんを玄関まで見送って、一緒にリヴィングに上がった。
「じゃあ、ご飯を作ろうか!」
「にゃー!」
ロボが足元に擦り寄って来る。
「あ! 今日はお鍋にしようかな! だって、いつもは落ち着いてゆっくり食べられないもんね!」
「にゃ!」
「ロボはお刺身にする? それともステーキ?」
私は冷蔵庫からいくつもの魚の柵とステーキ用の肉を出してロボに選ばせた。
ロボが前足で柵を幾つかポンポンする。
「アハハハハハ! 分かった! じゃあいまのを切るね?」
「ニャー!」
私はロボのために柵を切って、古伊万里の大皿に乗せてあげた。
ロボが唸りながら食べ始める。
「私もお魚の鍋にしようかな」
好きな魚の柵を切って、土鍋に湯を沸かした。
ロボが見ていた。
昆布で出汁を摂り、その間に野菜も刻んで行く。
大体5人前だろうか。
作りながら自分で笑った。
ロボが私の足に前足を伸ばして来た。
「なーに?」
右の前足で、鍋を指し示す。
「え?」
鍋を指し示す。
「ロボもお鍋がいいの?」
「にゃ」
私は笑ってロボのお鍋も作った。
一回り小さな土鍋に出汁を摂り、ロボが残していたお魚を入れて煮てやる。
ロボは野菜は食べない。
だからお魚だけだ。
私の鍋も出来上がり、ロボの鍋も同時に出来た。
「ちょっと熱いから冷ますね?」
ボウルに冷水を入れ、少しロボの鍋のお魚を覚ましてから古伊万里に盛った。
ロボが食べる。
「……」
「どう? 美味しい?」
ロボが前足で古伊万里のお魚を全部払い落とした。
「え! 美味しくなかった?」
ロボが私を睨み、私の土鍋を前足で吹っ飛ばした。
空中で二つに割れ、中身を零しながらリヴィングのガラス窓を割って外に消えた。
「ロボ!」
私は呆然とした。
折角作ったお鍋が……
私、何かいけないことをしたんだろうか。
突然、目から涙が出て来た。
恥ずかしいけど、私が一人でここに残されて、こんなに悲しい目に遭っていると思い始めてしまった。
悲しむために、そういう気持ちが込み上げて来てしまった。
ロボも流石にやり過ぎたと思っているようだった。
でも、ロボは謝らないし、慰めにも来ない。
分かってはいるが、それがまた悲しかった。
ロボはソファに行って寝ているようだった。
私は泣きながら、リヴィングのテーブルに突っ伏していた。
片付けなければと思いながら、何で私がと思って何も出来なかった。
ただ、泣いていた。
「「ただいまー!」」
ルーちゃんとハーちゃんが帰って来た。
上に上がって来る。
ロボが迎えに行っている。
「柳ちゃん!」
「襲撃なの!」
リヴィングの惨状を見て、二人が叫んだ。
私に駆け寄って来る。
「柳ちゃん! 泣いてるの!」
「何があったの!」
私は二人に抱かれて、また大泣きしてしまった。
二人は何も聞かずに私の頭と背中を撫でてくれていた。
頭のいい二人のことだ。
状況を見て、多分何があったのか、大体分かったのだろう。
ハーちゃんが私を抱き締めながら撫でてくれ、ルーちゃんがキッチンでココアを作ってくれた。
「さあ、これ飲んで。ロボがやったんだね?」
私が頷くと、二人ですぐに掃除を始めた。
割れた窓はそのままだ。
外に投げ出された土鍋も。
その中身も。
少し後で、亜紀ちゃんが帰って来た。
ルーちゃんが下に迎えに行く。
事情を話すのだろう。
私はまだ泣きたい気持ちもあったが、段々申し訳なく思った。
「柳さん! やっぱり今日は辞めればよかった!」
「亜紀ちゃん!」
「ごめんなさい! 私が自分のことばっかり考えてたから!」
「違うの! 私が悪いの!」
「柳さんは全然悪くない!」
そう言って亜紀ちゃんが私を抱き締めてくれた。
「あの、まずはこれを食べて! 無理言ってお土産を作ってもらったの」
「え?」
「大トロ、20貫しか無いんだけど」
「亜紀ちゃん!」
あの店はお客に対しても厳しいお店だ。
店で食べるものも、店主が全て決める。
最高のネタを提供するためだ。
だから持ち帰りなんて出来るはずがない。
相当頼んでくれたのだろう。
私のために。
今度は有難くて、また涙が出て来た。
「ねえ、食べて下さい。その間に何か作りますから!」
「ありがとう。あの、ロボの分もお願い」
「柳さん!」
ロボが名前が出たのでこっちに来た。
ずっとソファで大人しくしていた。
「ロボ、ごめんね。ごはんを食べてね」
「ニャー!」
ロボが私の膝に乗って、私の涙を舐めた。
ロボを憎む気持ちは無い。
今ならば、自分がいけなかったのだと本当に思える。
亜紀ちゃんとルーちゃんとハーちゃんがキッチンで何か作ってくれる。
シャトーブリアンのステーキだった。
石神さんの許可が無ければ使ってはいけない食材だった。
「これは」
「いいの! タカさんにはちゃんと話すから!」
「ありがとう」
私の食事の後で、ロボにも刺身が盛られた。
ロボもいつものように先に寄越せと騒がなかった。
石神さんが遅くに帰って来て、私を部屋に呼んだ。
「柳、今日は大変だったようだな」
「すみません。ちゃんと留守番一つ出来なくて」
「気にするな。もう大丈夫か?」
「はい、本当にすみません」
石神さんは笑って、ロボとの付き合い方を教えてくれた。
「あいつはネコだ。だから善悪もねぇし、基本的に考えてねぇ。興味があれば訴えるけど、その結果は俺たちのせいなんだ」
「はい」
「雪が降って地面が冷たいのも、俺に文句を言うんだからな」
「アハハハハ」
私はあらためて、石神さんに夕飯のことを話した。
「お前が嬉しそうだったんで、ロボも興味を持ったんだろうよ。だけどな、煮ると素材の旨味は湯の中に流れ出てしまうんだ」
「はい」
「人間はその汁の旨味を味わうわけだけど、ロボはそうじゃない。だからな、そういう時は、ちょっとだけやってやり、ロボに納得させればいいんだよ」
「なるほど!」
「そうすればやってもらったことと、ダメだったことがロボにも分かる。あいつはコーヒーにも興味を持つし、俺たちが美味そうに喰っていると何でも欲しがる。だから匂いを嗅がせてやれば、大体納得して満足するんだ」
「分かりました!」
私もやっと笑顔になれた。
「まあ、今日はいきなりお前を一人にしてしまった俺の責任だ。すまない、柳」
「そんな! 石神さんのせいじゃないですよ!」
「お前がどんなに心を痛めてしまったか、本当に申し訳なく思う」
「いいえ! 本当に自分が未熟だっただけです!」
石神さんが頭を下げるので、困った。
「今日は御堂と大渕先生とで充実した話し合いが持てた。でも、御堂が言ってたんだ。柳とも一緒にゆっくり食事がしたいんだってな」
「え!」
「御堂も本格的に忙しくなったからな。だから一層、お前や御堂家のみなさんとの食事が恋しいんだよ。あいつ、ほとんど一人で喰ってるからな」
「そうなんですか」
「だからさ、近いうちに一緒に食事をする時間を作るってさ。柳も忙しいだろうけど、時間を合わせてやってくれよ」
「は、はい!」
「頼むな」
「石神さん!」
本当に、そんなことを父が言っていたのかは分からない。
きっと、石神さんが私のためにお父さんを説得するのだろうと思った。
私はこの石神家が大好きだ。
楽しくて、何よりも温かい。
本当に、みんな温かい。
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