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黒い手帳
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雪野さんには少し寝てもらった。
「すいませんね。折角の休日なのに早乙女を駆り出してしまって」
「とんでもありません。早乙女は石神さんのために動くのが一番嬉しいのですから」
「そうですか」
昼食の希望を聞いた。
「みなさんと同じもので」
「今日はステーキ蕎麦ですよ?」
「はい?」
「薬味がステーキなんです」
「アハハハハハ!」
楽しそうに雪野さんが笑った。
「では、ステーキ抜きで」
「分かりました」
鴨南蛮にしよう。
暇だったので、柳を誘って散歩に出た。
「嬉しいです!」
「いや、暇だったんでな」
「嬉しいです!」
俺は笑って腕を組んで歩いた。
「う、嬉しいです!」
「うぜぇ!」
いつもの公園まで来た。
柳に缶コーヒーを買いに行かせる。
二人でベンチに座った。
柳は顕さんの家の草むしりをそろそろしたいと言った。
「去年除草剤を使いましたが、やっぱり自分で根から毟らないと駄目ですね」
「そうか、大変だけど頼むな」
「はい!」
大学の話を聞いた。
「順調ですよ。レポートなんかもコツが分かりましたし。石神さんから教わった方法で、どんどんこなしてます」
「ああ。授業自体は対策が取れるからな。重要なのは、自分が教授たちから何を引き出すのかということだ」
「はい」
「日本でも有数の頭脳の人間たちがいるわけだからなぁ。自分がどんどん吸収しようと思えば幾らでもな」
「はい。むしろ大変なのはルーちゃんとハーちゃんの課題で」
「ああ」
俺は笑った。
「高等数学や物理学なんかは、毎日真剣勝負です」
「あいつらは人に教えるのは下手だからなぁ」
「でも一生懸命に教えてくれますよ。だから私も頑張ろうって」
「そうか。お前にはこれから妖魔の解析を手伝ってもらうしな。そっちも頼むよ」
「はい!」
今朝は土砂降りだったが、今は晴れてベンチも乾いている。
「石神さん」
「あんだよ」
「お父さんがですね」
「柳! 何が喰いたい!」
「いえ、別に。このあとお昼ですし」
「何でも喰わせてやるから教えろ!」
「今話そうとしたじゃないですか!」
俺は早く話せと言った。
「今回帰ったら、オロチの話になって」
「ああ、なんだ」
「そんな興味ないみたいな!」
「そうじゃねぇけどよ」
「もう! あの、不思議だねって私が言ったら、お父さんが「不思議なことは一杯あるんだ」って」
「そうか」
「それで、学生時代に石神さんたちと一緒に肝試しに行ったって話をしてくれて」
「ああ! あの時のかぁ! 柳、何が喰いたい!」
「いいですって! でも、不思議というかコワイ話でした」
「最後まで聞いたのか?」
「最後って、あの看護師が来たって話ですよね?」
「違うよ。その後があるんだ」
「え!」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
大学の二年生の時。
夏休み前に、俺と御堂、山中の三人でビアガーデンへ行った。
山中がバイト先の店長に、無料の飲み放題券をもらったからだ。
宣伝のためのサービスだ。
三名まで招待可能ということで、山中が俺たちを誘ってくれた。
つまみは一番安い枝豆だけで、三人でガンガン飲んだ。
段々暑くなってきて、冷えた生ビールが美味かった。
「今日は俺のマンションに来いよ」
「いいのか?」
「山中にこんなにしてもらったからな。二次会はうちで飲んでくれよ」
「じゃあ、僕はお酒を買うよ」
散々飲んで、俺たちはいい気分で俺のマンションへ向かった。
当然電車だ。
「このまま行くのはちょっと味気ないな」
山中が言った。
飲むためだけではつまらないということだった。
何でつまらないのかと、俺はちょっとカチンと来た。
山中に悪気が無いのは分かっていたが。
「おし! じゃあちょっと肝試しでもしていくかぁ!」
「肝試し?」
JR中野の駅の近くに、有名な肝試しスポットがあった。
廃病院だ。
躊躇する御堂と山中を無理に引っ張って行った。
「おい、相当コワイぞ」
山中が暗闇に聳えるでかい病院に怯えた。
「な、雰囲気あるだろ?」
「本当に入るのか?」
「ここまで来て何言ってんだ」
俺たちは門扉が無くなった入り口を潜り、ガラスが割られた入り口から中へ入った。
真っ暗な廊下を進むと、待合室だった。
ソファの上に懐中電灯があり、拾ってスイッチを入れるとまだ光った。
「まるでお迎えされてるみたいだな!」
俺が言うと、山中が怖がった。
懐中電灯を点けて進むと、一階は診察室などが並んでいる。
一番奥が手術室のようだった。
昔の大きな無影灯が天井からぶら下がっている。
壁には落書きが酷い。
俺はゆっくりと懐中電灯を回し、壁の落書きを二人に見せた。
「これ、なんだ?」
手術台の上に、大きな黒い手帳が置いてあった。
山中が拾って開くと、オペの備忘録のようなもののようだった。
「これ、勉強になるかも」
山中が持って帰ろうとした。
「やめとけよ。戻せって」
「いいじゃないか。もう誰のものでもないだろう?」
「しょうがねぇなぁ」
俺たちは地下の霊安室や上の病室などを見て回った。
怖かったが、何事もなく外へ出た。
「ああ、なんだか暑さが退いたよ」
「そりゃ良かった」
駅前で酒とつまみを買い、俺のマンションへ歩いて帰った。
三人で酒を飲み、買って来たつまみや俺が酒肴を作り、楽しく飲んだ。
山中が先に寝た。
俺は笑ってベッドに寝かせ、御堂としばらく飲んだ。
2時頃、いい加減に寝るかと、そこで終わった。
チャイムが鳴った。
俺と御堂は顔を見合わせる。
こんな時間に誰かが来ることなどない。
一瞬、悪戯かと思った。
しかし、オートロックのマンションだったが、チャイムは玄関の音であることに気付いた。
俺は玄関のドアを開けた。
誰もいなかった。
「誰もいなかったよ」
「じゃあ、悪戯か」
「しょうがねぇなぁ。このマンションの人だと思うよ」
「そうか」
俺は御堂にリヴィングのソファベッドで寝るように言い、俺は山中と一緒に寝るつもりだった。
山中は酔うと凄まじく臭い屁をする。
御堂が可哀そうだ。
グラスなどを洗い、シャワーでも浴びようと話していると、電灯が切れた。
俺がブレーカーを開こうとすると、部屋の中に誰かがいた。
俺も御堂も動けなくなった。
「返してください」
看護師姿の女が言った。
「返してください」
「なにを」
俺がやっとのことで声を出した。
「返してください」
「!」
必死に身体に力を入れると、一気に身体が動くようになった。
「返せと言っているだろう!」
看護師が男の野太い声で叫んだ。
俺と御堂が驚いていると、看護師は姿を消し、電灯が点いた。
「あれは何だったんだ!」
「分からねぇ」
流石の御堂も動揺していた。
俺は先にシャワーを浴びさせた。
「御堂、やっぱりお前は山中と寝てくれないか」
「それは構わないけど」
俺は御堂と山中が眠っている寝室へ行った。
山中がうなされていた。
酷い汗だ。
二人で山中を起こした。
「あ、ああ。怖い夢を見ていた」
「どんなだ?」
「え、ああ。忘れてしまったな」
「そうか」
俺は二人を寝かせた。
シャワーを浴び、山中の鞄から、あの黒い手帳を取り出した。
ソファーの横のテーブルに置く。
電灯を消して寝た。
夢を見た。
夢の中で、先ほどの看護師が出て来て、また「返してください」」と繰り返した。
あの手術室の中だった。
「分かった、返す! 俺が持って来たんだ。悪かった!」
看護師にそう言うと、俺を恨めしそうに睨んで看護師が消えた。
翌朝、御堂に揺すり起こされた。
「石神! しっかりしろ!」
山中も心配そうに見ていた。
「石神、大丈夫か?」
俺は少しの間意識が朦朧としていたが、やがてはっきりしてきた。
「石神、お前酷い熱だぞ!」
「ああ、大丈夫だ。水をくれ」
山中が慌てて持って来た。
水を飲むと、一層意識がはっきりしてくる。
「すぐに、あの病院へ行くぞ」
「え!」
俺は理由を話さなかった。
御堂にタクシーを呼んでもらった。
三人で乗り込む。
廃病院の手術室にまっすぐ向かった。
あの黒い手帳を元の場所に置いた。
その瞬間、無影灯が天井から落ちて来た。
一瞬遅かったら、俺の手が潰れていた。
三人で青くなった。
俺の熱はほぼ下がり、帰りはまた三人で歩いた。
「石神、俺がタクシーを呼ぶから!」
山中が言ったが、笑って断った。
「もう大丈夫だって」
「でも、俺があんなもの持ち帰ったからなんだろ?」
「違うよ」
「じゃあ、どうして!」
「俺がいい男だからじゃん! どこに行っても女に付きまとわれるっていうなぁ。困ったもんだ」
「石神……」
「山中はよくとばっちりで女に殴られてるよな。今回もごめんな」
「なんだよ、石神……」
御堂が笑った。
「早く帰ってご飯を食べよう」
「お前が腹減ってるなんて珍しいな」
「うん。今日はなんだか食べたいよ」
俺たちは楽しく話しながら帰った。
二人とも、俺の身体を心配してくれ、ゆっくりと歩いてくれた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「お父さんからは、石神さんのマンションに看護師の女性が来たというところまででしたよ!」
「あの黒い手帳のせいだったからな。俺が止めなかったからだ。そこは話さなかったんだろう」
「でも、山中さんが……」
「山中はいい奴なんだよ。あいつは俺や御堂のために、いろいろな本や論文を探しては読ませてくれたんだ。あの手帳だって、そういうことの一環のつもりだったんだろうよ」
「そうなんですか」
柳は納得できないようだった。
「それに、俺は熱なんか何でもねぇ人間だからな。全然平気だよ」
「石神さん……」
「御堂にも感謝だよな」
「どうしてです?」
「山中ってよ、酔って寝ると、物凄く臭いオナラをするんだよ」
「え!」
「どんなに飲んで寝ても、あれで起きる。とにかく凄いんだ」
「アハハハハハ!」
「亜紀ちゃんに聞いてみろよ。亜紀ちゃんも散々やられてるからな」
「聞いてみます!」
俺たちは笑ってゆっくりと歩いて帰った。
「すいませんね。折角の休日なのに早乙女を駆り出してしまって」
「とんでもありません。早乙女は石神さんのために動くのが一番嬉しいのですから」
「そうですか」
昼食の希望を聞いた。
「みなさんと同じもので」
「今日はステーキ蕎麦ですよ?」
「はい?」
「薬味がステーキなんです」
「アハハハハハ!」
楽しそうに雪野さんが笑った。
「では、ステーキ抜きで」
「分かりました」
鴨南蛮にしよう。
暇だったので、柳を誘って散歩に出た。
「嬉しいです!」
「いや、暇だったんでな」
「嬉しいです!」
俺は笑って腕を組んで歩いた。
「う、嬉しいです!」
「うぜぇ!」
いつもの公園まで来た。
柳に缶コーヒーを買いに行かせる。
二人でベンチに座った。
柳は顕さんの家の草むしりをそろそろしたいと言った。
「去年除草剤を使いましたが、やっぱり自分で根から毟らないと駄目ですね」
「そうか、大変だけど頼むな」
「はい!」
大学の話を聞いた。
「順調ですよ。レポートなんかもコツが分かりましたし。石神さんから教わった方法で、どんどんこなしてます」
「ああ。授業自体は対策が取れるからな。重要なのは、自分が教授たちから何を引き出すのかということだ」
「はい」
「日本でも有数の頭脳の人間たちがいるわけだからなぁ。自分がどんどん吸収しようと思えば幾らでもな」
「はい。むしろ大変なのはルーちゃんとハーちゃんの課題で」
「ああ」
俺は笑った。
「高等数学や物理学なんかは、毎日真剣勝負です」
「あいつらは人に教えるのは下手だからなぁ」
「でも一生懸命に教えてくれますよ。だから私も頑張ろうって」
「そうか。お前にはこれから妖魔の解析を手伝ってもらうしな。そっちも頼むよ」
「はい!」
今朝は土砂降りだったが、今は晴れてベンチも乾いている。
「石神さん」
「あんだよ」
「お父さんがですね」
「柳! 何が喰いたい!」
「いえ、別に。このあとお昼ですし」
「何でも喰わせてやるから教えろ!」
「今話そうとしたじゃないですか!」
俺は早く話せと言った。
「今回帰ったら、オロチの話になって」
「ああ、なんだ」
「そんな興味ないみたいな!」
「そうじゃねぇけどよ」
「もう! あの、不思議だねって私が言ったら、お父さんが「不思議なことは一杯あるんだ」って」
「そうか」
「それで、学生時代に石神さんたちと一緒に肝試しに行ったって話をしてくれて」
「ああ! あの時のかぁ! 柳、何が喰いたい!」
「いいですって! でも、不思議というかコワイ話でした」
「最後まで聞いたのか?」
「最後って、あの看護師が来たって話ですよね?」
「違うよ。その後があるんだ」
「え!」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
大学の二年生の時。
夏休み前に、俺と御堂、山中の三人でビアガーデンへ行った。
山中がバイト先の店長に、無料の飲み放題券をもらったからだ。
宣伝のためのサービスだ。
三名まで招待可能ということで、山中が俺たちを誘ってくれた。
つまみは一番安い枝豆だけで、三人でガンガン飲んだ。
段々暑くなってきて、冷えた生ビールが美味かった。
「今日は俺のマンションに来いよ」
「いいのか?」
「山中にこんなにしてもらったからな。二次会はうちで飲んでくれよ」
「じゃあ、僕はお酒を買うよ」
散々飲んで、俺たちはいい気分で俺のマンションへ向かった。
当然電車だ。
「このまま行くのはちょっと味気ないな」
山中が言った。
飲むためだけではつまらないということだった。
何でつまらないのかと、俺はちょっとカチンと来た。
山中に悪気が無いのは分かっていたが。
「おし! じゃあちょっと肝試しでもしていくかぁ!」
「肝試し?」
JR中野の駅の近くに、有名な肝試しスポットがあった。
廃病院だ。
躊躇する御堂と山中を無理に引っ張って行った。
「おい、相当コワイぞ」
山中が暗闇に聳えるでかい病院に怯えた。
「な、雰囲気あるだろ?」
「本当に入るのか?」
「ここまで来て何言ってんだ」
俺たちは門扉が無くなった入り口を潜り、ガラスが割られた入り口から中へ入った。
真っ暗な廊下を進むと、待合室だった。
ソファの上に懐中電灯があり、拾ってスイッチを入れるとまだ光った。
「まるでお迎えされてるみたいだな!」
俺が言うと、山中が怖がった。
懐中電灯を点けて進むと、一階は診察室などが並んでいる。
一番奥が手術室のようだった。
昔の大きな無影灯が天井からぶら下がっている。
壁には落書きが酷い。
俺はゆっくりと懐中電灯を回し、壁の落書きを二人に見せた。
「これ、なんだ?」
手術台の上に、大きな黒い手帳が置いてあった。
山中が拾って開くと、オペの備忘録のようなもののようだった。
「これ、勉強になるかも」
山中が持って帰ろうとした。
「やめとけよ。戻せって」
「いいじゃないか。もう誰のものでもないだろう?」
「しょうがねぇなぁ」
俺たちは地下の霊安室や上の病室などを見て回った。
怖かったが、何事もなく外へ出た。
「ああ、なんだか暑さが退いたよ」
「そりゃ良かった」
駅前で酒とつまみを買い、俺のマンションへ歩いて帰った。
三人で酒を飲み、買って来たつまみや俺が酒肴を作り、楽しく飲んだ。
山中が先に寝た。
俺は笑ってベッドに寝かせ、御堂としばらく飲んだ。
2時頃、いい加減に寝るかと、そこで終わった。
チャイムが鳴った。
俺と御堂は顔を見合わせる。
こんな時間に誰かが来ることなどない。
一瞬、悪戯かと思った。
しかし、オートロックのマンションだったが、チャイムは玄関の音であることに気付いた。
俺は玄関のドアを開けた。
誰もいなかった。
「誰もいなかったよ」
「じゃあ、悪戯か」
「しょうがねぇなぁ。このマンションの人だと思うよ」
「そうか」
俺は御堂にリヴィングのソファベッドで寝るように言い、俺は山中と一緒に寝るつもりだった。
山中は酔うと凄まじく臭い屁をする。
御堂が可哀そうだ。
グラスなどを洗い、シャワーでも浴びようと話していると、電灯が切れた。
俺がブレーカーを開こうとすると、部屋の中に誰かがいた。
俺も御堂も動けなくなった。
「返してください」
看護師姿の女が言った。
「返してください」
「なにを」
俺がやっとのことで声を出した。
「返してください」
「!」
必死に身体に力を入れると、一気に身体が動くようになった。
「返せと言っているだろう!」
看護師が男の野太い声で叫んだ。
俺と御堂が驚いていると、看護師は姿を消し、電灯が点いた。
「あれは何だったんだ!」
「分からねぇ」
流石の御堂も動揺していた。
俺は先にシャワーを浴びさせた。
「御堂、やっぱりお前は山中と寝てくれないか」
「それは構わないけど」
俺は御堂と山中が眠っている寝室へ行った。
山中がうなされていた。
酷い汗だ。
二人で山中を起こした。
「あ、ああ。怖い夢を見ていた」
「どんなだ?」
「え、ああ。忘れてしまったな」
「そうか」
俺は二人を寝かせた。
シャワーを浴び、山中の鞄から、あの黒い手帳を取り出した。
ソファーの横のテーブルに置く。
電灯を消して寝た。
夢を見た。
夢の中で、先ほどの看護師が出て来て、また「返してください」」と繰り返した。
あの手術室の中だった。
「分かった、返す! 俺が持って来たんだ。悪かった!」
看護師にそう言うと、俺を恨めしそうに睨んで看護師が消えた。
翌朝、御堂に揺すり起こされた。
「石神! しっかりしろ!」
山中も心配そうに見ていた。
「石神、大丈夫か?」
俺は少しの間意識が朦朧としていたが、やがてはっきりしてきた。
「石神、お前酷い熱だぞ!」
「ああ、大丈夫だ。水をくれ」
山中が慌てて持って来た。
水を飲むと、一層意識がはっきりしてくる。
「すぐに、あの病院へ行くぞ」
「え!」
俺は理由を話さなかった。
御堂にタクシーを呼んでもらった。
三人で乗り込む。
廃病院の手術室にまっすぐ向かった。
あの黒い手帳を元の場所に置いた。
その瞬間、無影灯が天井から落ちて来た。
一瞬遅かったら、俺の手が潰れていた。
三人で青くなった。
俺の熱はほぼ下がり、帰りはまた三人で歩いた。
「石神、俺がタクシーを呼ぶから!」
山中が言ったが、笑って断った。
「もう大丈夫だって」
「でも、俺があんなもの持ち帰ったからなんだろ?」
「違うよ」
「じゃあ、どうして!」
「俺がいい男だからじゃん! どこに行っても女に付きまとわれるっていうなぁ。困ったもんだ」
「石神……」
「山中はよくとばっちりで女に殴られてるよな。今回もごめんな」
「なんだよ、石神……」
御堂が笑った。
「早く帰ってご飯を食べよう」
「お前が腹減ってるなんて珍しいな」
「うん。今日はなんだか食べたいよ」
俺たちは楽しく話しながら帰った。
二人とも、俺の身体を心配してくれ、ゆっくりと歩いてくれた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「お父さんからは、石神さんのマンションに看護師の女性が来たというところまででしたよ!」
「あの黒い手帳のせいだったからな。俺が止めなかったからだ。そこは話さなかったんだろう」
「でも、山中さんが……」
「山中はいい奴なんだよ。あいつは俺や御堂のために、いろいろな本や論文を探しては読ませてくれたんだ。あの手帳だって、そういうことの一環のつもりだったんだろうよ」
「そうなんですか」
柳は納得できないようだった。
「それに、俺は熱なんか何でもねぇ人間だからな。全然平気だよ」
「石神さん……」
「御堂にも感謝だよな」
「どうしてです?」
「山中ってよ、酔って寝ると、物凄く臭いオナラをするんだよ」
「え!」
「どんなに飲んで寝ても、あれで起きる。とにかく凄いんだ」
「アハハハハハ!」
「亜紀ちゃんに聞いてみろよ。亜紀ちゃんも散々やられてるからな」
「聞いてみます!」
俺たちは笑ってゆっくりと歩いて帰った。
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