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太陽界の女 Ⅱ

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 柳と散歩から戻ると、雪野さんが起きていた。
 もう子どもたちは昼食の準備に取り掛かっており、柳もすぐに加わる。
 雪野さんのために鴨南蛮を作ろうとしたが、生憎双子が鴨を食べてしまっていた。
 食糧大臣の亜紀ちゃんから拳骨を喰らっていた。

 俺はゴボウとナス、桜エビでかき揚げを作り、また蕎麦稲荷を作った。
 亜紀ちゃんが気付いて見ている。

 「美味しそうですね」
 「まあ、ステーキほどじゃねぇよ」
 「一つもらっていいですか?」
 「分かったよ!」

 一人2個ずつ作った。
 俺は4つだ。

 雪野さんも珍しかったらしく、蕎麦稲荷から食べた。

 「美味しい!」

 他の子どもたちにも好評だった。
 双子が早速作り方を聞いて来る。

 「まあ、コツは揚げを濃い目に味付けすることだ。蕎麦はもちろんめんつゆに浸すわけだけど、味は主に揚げの部分になる。だから欲張って蕎麦を多く入れると、大味になって美味くない」

 雪野さんも真剣に聞いていた。

 「ゴマは忘れるな。大目に入れてもいい。それと、ワサビをちょっと溶いて混ぜてもいいな。俺は入れない方が好きだけどな」

 揚げ玉を入れると食感がいいとか、好みで大葉、刻みネギ、オクラや納豆もいいと言った。






 食後に、俺は雪野さんを地下に誘った。

 「ちょっと気になったことがあるんですが」
 「はい、なんでしょうか?」

 俺は今朝の早乙女の反応について話した。

 「俺が「太陽界」の名前を出した瞬間、あいつ、ちょっと様子がおかしかったんですよ」
 「え?」
 「冷静なあいつが珍しく感情的になったと言うか。表情が硬くなって、拳を一瞬握りしめていました」
 「そうでしたか」
 「雪野さんは、早乙女と「太陽界」とで、何か話を聞いていませんか?」
 「いいえ、特には」

 雪野さんも困った顔をしていた。
 気付いていないようだった。

 「そうですか。ならいいんです。後で俺から聞いてみましょう」
 「お願いします。私もよく見ていれば良かった」
 「いいえ。大したことはないでしょう。俺もちょっと気になっただけですから」
 「すみません」

 俺は折角なので何か音楽をと言った。
 雪野さんが夕べ聴いたトム・ウェイツをまた聴きたいと言った。

 「あの、宜しければ石神さんの歌で」
 「それは浮気になっちゃいますよ?」
 「構いません!」
 「アハハハハ!」

 俺はギターで歌った。

 ♪ Well now fallin' in love is such a breeze But its standin' up that's so hard for me ♪

 「恋に落ちるのは容易い でも長く続けるのは俺には難しい」

 「石神さんは違いますね」
 「いや、俺は惚れっぽくて困ってますよ」
 「嘘ですよ」

 雪野さんは笑った。

 「女たちがいいだけです。みんな俺なんかをいつまでも大事にしてくれるから、俺も何とか付き合ってられるんですよ」
 「そうでしょうか」
 「早乙女もそうですから。雪野さんが大事にしてやって下さい」
 「ウフフフ。石神さんはいつでも主人のことを大事にしてくれるんですよね」
 「え? あいつなんて全然。ちょっと警察にいるから利用してやろうってだけです」
 「はい。精々お願いします」

 俺はCDやレコードを幾つかアヴァンギャルドで鳴らして聴かせた。
 雪野さんは一般のスピーカーとは全く違うので驚いていた。

 「いい胎教になりました」
 「早乙女は音楽は?」
 「はい。時々独りで浜田省吾を聴いているようです」
 「アハハハハハハ!」

 亜紀ちゃんが早乙女が戻ったと知らせに来た。
 俺たちはリヴィングに上がった。




 全員集合している。
 双子がみんなに紅茶を淹れた。

 「どうだった?」
 「ああ、公安のカルト教団のセクションで情報を集めたが、目ぼしいものは無かった」
 「そうか」
 「「太陽界」はカルト教団と見做している。もちろん潜入もしているが、中々中枢には枝が伸ばせないでいる」
 「お前らでもか」
 「あそこは親族が中枢なんだ。だから幹部になるのも一筋縄では行かない」
 「なるほどな」

 早乙女は集めた資料を説明する。

 「中心のメンバーは割れている。教義は……」

 俺たちは黙って聞いていた。

 「公表されている支部や所有する土地などは分かっているが、どうも隠された場所もあるようだ」
 「それは調べられるか?」
 「難しいな。恐らく隠れた信者の名義になっている。相当硬い組織だ」
 「そうか」

 「それで麻薬の方だが、こちらは麻取(麻薬取締官)の知り合いから情報がもらえた」
 「お前の友達!」
 「いや、知り合いだ。昔からお互いに情報を渡し合っている」
 「びっくりしたぁー!」
 「おい、続けていいか?」

 俺は詫びて話してもらった。

 「やはり半年前からだが、新種の麻薬が出回っているらしい。覚せい剤以上の高揚感があり、実際に肉体も強化されるらしい」
 「そうか」
 「ただ、プッシャー(密売人)もまだ掴めていない。直接の売買らしいが、巧妙にやっている」
 「どうやってブツのことを知るんだ?」
 「街中で声を掛けられたらしい。どうやって調べているのか、全員ヤク中の連中だ。無料で最初は受け取り、気に入ったら連絡をしてまた受け取る。シャブよりも安い金額で、ずっと効能がある。結構な数が嵌っていると思われる」
 「被害については?」
 「そこはまだ不明だ。暴力事件で捕まった連中の何割がやっているのか分からん」
 「名前は付いているのか?」
 「「デミウルゴス」と呼ばれているようだ」
 「創造主かよ」
 「お前は何でも知っているな」

 亜紀ちゃんが俺の腕を掴んで喜んでいる。

 「化け物化についてはどうだ?」
 「それは教えてもらえなかった」
 「ということは、麻取は掴んでいるということだな」
 「恐らくは。「教えられない」と言われた。それが精一杯の協力なんだろう」
 「なるほどな」

 俺は一旦解散した。

 「早乙女、ちょっと来い」

 俺は早乙女を地下に誘った。





 「お前、「太陽界」と何かあるのか?」
 「え?」

 早乙女が俺を見た。

 「話せないことなら、それでもいい。俺はお前に協力できることだけやってもらえばいいんだ」
 「違うんだ」
 「おい、親友! お前はここで降りろよ。あとは俺たちでやる」
 「やめてくれ、石神! 俺はお前のために何でもしたいんだ」
 
 早乙女が俺の腕を掴んだ。

 「お前が苦しんでいるのが辛いんだ」
 「そうじゃない。俺の……」
 「隠したいことは俺に話すな。俺はそうして欲しい」
 「石神……」

 俺は早乙女を座らせた。
 早乙女が話し出した。

 「俺が学生時代に、女性と交際していたことは話したな」
 「ああ、そうだったな」
 「だったら、石神なら気付いたんじゃないのか?」
 「なに?」
 「その女性の名前だよ」
 「なんだっけ?」

 聞いた気がする。
 でも全然興味がないんで忘れた。

 「おい!」
 「ごめん、忘れちゃった」
 「お前!」

 早乙女が立ち上がった。
 怖い顔をしている。

 「悪かったって! あの時は酔ってたし、お前の別な爆弾発言があっただろう!」
 「俺にとってはあの人のことが爆弾発言だったんだぁ!」
 「てめぇ! 白鹿とディープキスしてたくせに!」
 「お前に何でも話そうと誓ったのに!」

 やめようと言った。

 「悪かったよ! 改めて教えてくれ」
 「来栖霞という女性だったんだ」
 「!」
 
 驚いた。

 「結婚しようと思っていたんだ。だから霞さんが俺を親に合わせてくれた」
 「それで?」
 「親は来栖嵐山の息子だ。俺のことは既に調べていたようだった。親が警察のキャリアだったことで、俺を家族に迎えてもいいと考えていた」
 「お前は入信を断ったのか?」
 「そうだ。だから霞さんとは別れた」

 来栖霞は間違いなく「太陽界」の中枢にいる。
 今回の麻薬に関わっている可能性も高い。
 そのことが、早乙女を苦しめている。

 「霞さんは生化学を専攻していた」
 「そうか」
 「別れてから後のことは知らない」
 「お前は今でも来栖霞のことを思っているのか?」
 「こんな俺を優しくて好きだと言ってくれた唯一の女性だ。忘れられるわけはない」

 早乙女が正直に告白した。

 「もちろん、雪野さんが一番だ。唯一の人だ。でも、霞さんへの感謝は忘れたことはない。俺が父親と姉さんを殺されても何とか耐えていたのは、俺のことを好きだと言ってくれた彼女のお陰だ。世界がどんなに狂っていても、必ずと思えた」
 「分かったよ、親友。やっぱりお前は降りろ」
 
 早乙女が土下座した。

 「石神! 頼む! 俺をこのまま使ってくれ!」
 「お前、無理するなよ」
 「頼む! 俺はお前のことを一番にしたいんだ!」
 「おい」
 「お前が俺を救ってくれた。何度も挫けそうになった! でもお前が助けてくれたんだぁ!」
 「……」

 「だから霞さんのことも今全部話した。お前に知っておいてもらいたかった。俺にはまだ霞さんへの感謝の思いはある。それでも俺はお前のためにやりたいんだ!」

 「分かったよ。でも無理はするな。いつでも降りていいし、俺がカタをつけるよ」
 
 早乙女をソファに座らせた。

 「石神。俺は霞さんに会おうと思っている」
 「おい!」
 「俺になら、何か話してくれるかもしれない」
 「やめろ!」
 「ダメでも、何か掴めるかもしれない」
 「早乙女!」

 「頼む、親友」
 「お前は……」

 それが最善の突破口であり、同時に早乙女にとって最も辛い選択だ。
 優しいこいつの心を傷つけるに決まっている。
 俺は何度も止めた。




 しかし、早乙女はやると言い続けた。 
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