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真の愛 Ⅲ

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 数年の時が流れた。
 各地で「業」の攻撃と思われるものがあり、「虎」の軍が徐々に本格的に動き始めた。
 俺はまだ前線に立つこともなく、アラスカの「虎の穴」で武器や機械の製造を手伝ったり、交代での防衛要員の任務をこなしていた。
 ここは堅牢な要塞なので、まだ「業」の軍に襲われたこともない。
 平穏な暮らしをしていた。

 東雲さんは「虎」の軍の幹部に出世し、俺も知らないうちに階級が上がっていた。
 それほどの戦力も能力も無い俺だったので、少々心苦しかった。
 俺はただ、縁があって、長いこといるだけの男だ。
 でも、昇級する度に、綾さんが喜んでくれ、お祝いだと豪華な食事を作ってくれた。
 綾さんの笑顔で、俺も昇級も悪くは無いと思っていた。

 綾さんのメンテナンスは、蓮花さんやジェシカさんが直接うちに来てくれるようになった。
 一日だけ、外へ連れ出されるが、それは機密保持のものらしかった。
 俺は恐縮して、普通に外でちゃんとやって欲しいと言った。

 「だめでございます。わたくし自身が、綾を諸見さんと離したくないのです。それに、石神様も出来るだけ綾を諸見様の傍に置いて欲しいと仰っております」
 「え、そうなんですか!」
 「はい! 諸見様は石神様の大のお気に入りの方ですゆえ」
 「えぇー!」

 驚き、不覚にも涙を流してしまった。
 こんな俺のことを、今でも石神さんは気遣ってくれている。
 それが嬉しく、感情を抑えられなかった。
 蓮花さんが俺の背中をさすってくれた。

 「諸見様。諸見様は御自分で思っている以上に、石神様が大切に思っておられるのですよ?」
 「はい」

 俺はやっとのことで、応えた。




 「諸見、お前運転を覚えたいんだって?」
 「はい。今更なんですが、自分にも出来ることを増やしておいた方がいいかって」

 俺が自動車の運転を覚えたいと申請すると、東雲さんが直接会いに来てくれた。

 「そりゃいいけどよ。でも、本当にどうして今から」
 「はい。みなさんが一生懸命に戦って働いているんで、俺も少しはお手伝い出来るようにと」
 「そうか、分かった! まあ、今はこんな時代だ。免許証なんて必要ねぇ。技術だけ覚えりゃいいさ」
 「はい」
 「お前、勉強はダメそうだもんな!」
 「はい」

 東雲さんが俺の肩を叩き、運転が上手い方を紹介してくれると言って下さった。
 俺は少々後味が悪かった。
 俺が言ったことは本心だが、俺はまた、綾さんを色々な場所へ連れて行ってやりたかったのだ。
 電動移送車では行ける場所には限りがある。
 でも、車であれば、基地の外にも出れる。
 ずっと前に東雲さんが連れ出してくれ、綾さんは感動していた。

 千万組だった川尻さんという方に教わった。
 運転はすぐに覚えた。
 基地内の走り方を覚え、俺はハンヴィの運転の許可を貰った。

 「ガソリンはさ、「虎」の旦那が幾らでも集めてくれるから。「私用」で走ってもいいんだぜ」
 「そうなんですか!」
 「ああ! 普通は電動移送車だけどな。ハンヴィが運転出来る奴は、むしろどんどん走って練習しろって上から言われてる」
 「分かりました」
 「彼女とか乗せて楽しんで来い!」
 「いえ、そんな」
 「アハハハハハハ!」

 いい方だった。




 俺は早速ハンヴィを借り、休みの日に綾さんを誘って出掛けた。
 川尻さんが、綺麗な花の群生地を教えてくれた。
 俺はそこを目指した。

 森の中の開けた場所に、一面に青い花が咲いている。
 花など、何も知らなかった俺だが、美しい光景に息を飲んだ。

 「綺麗……」

 綾さんが目を輝かせて眺めていた。

 「本当に綺麗ですね! 諸見さん、ありがとうございます」
 「いいえ。俺も人から教わっただけで」

 二人でしばらく眺めた。
 綾さんが弁当を用意してくれる。
 俺は礼を言って、おにぎりを頬張った。
 綾さんはずっと花を見ていた。

 「忘れな草ですね」
 
 綾さんが言った。

 「そうなんですか。俺は花のことはさっぱりで」
 「ウフフフ」

 俺が食事を終えると、綾さんが濡れたタオルで俺の手を拭いてくれた。
 口の周りを拭こうとするので、恥ずかしくて断った。

 「自分でやりますから」
 「いいじゃありませんか」

 綾さんが笑って俺の口を拭いた。
 真っ赤になっている俺を、綾さんが微笑んで見ていた。

 「あの」
 「はい」
 「俺はこんななんで。今日は他にお見せ出来る場所を知らなくて」
 「え?」
 「あの、すみません」

 綾さんが笑った。

 「じゃあ、ここでゆっくり見ましょう」

 綾さんがそう言った。
 俺の隣に腰かける。
 二人で美しい「忘れな草」を眺めた。
 
 俺は車からスケッチブックを出して来た。
 花を写生し、断って綾さんも描かせてもらった。

 描き終えて、俺は綾さんをまたハンヴィに乗せた。
 適当に車を走らせる。
 特殊なGPSが付いているので、初心者の俺でも道に迷うことはない。

 あまり美しい場所は無かった。
 綾さんが帰りに、もう一度「忘れな草」を見たいと言った。
 俺は喜んで行った。

 陽が翳って来ていた。
 綾さんは薄暗くなるまで、花を眺めていた。

 「この景色は、決して忘れません」
 「そうですか」
 「本当に、今日はありがとうございました」
 「いいえ、不調法でどうも」
 
 綾さんが微笑んで俺を抱き締めた。

 「!」
 「すみません、諸見さん。しばらく、こうして」

 俺は声も出ず、ただ数度頷いた。





 「「忘れな草」の花言葉を御存知ですか?」
 
 帰りの車の中で、綾さんが言った。

 「いいえ。でも、「忘れない」ということでしょうか?」

 綾さんが微笑んだ。

 「その通りです。「私を忘れないで」。でも、他にもあるんです」
 「それは?」
 「真の愛」
 「……」

 綾さんが、俺に教えてくれた。





 「業」の軍の攻撃が増して行った。
 俺にもついに出動が決まった。
 トルコのパムッカレの基地だった。
 「虎」の軍の拠点として、建造が始まっていた。
 石神さんの信頼の篤い、月岡さんと一緒の異動だ。
 
 「綾さん。俺はしばらくここを出て、海外で働くことになりました」
 「そうですか、分かりました」
 「長い間留守にしますが、宜しくお願いします」
 「何をです?」
 「え、あの、この部屋を」
 「何を仰ってるんですか。私も一緒に参りますよ」
 「え!」
 「当たり前ではないですか。私は諸見さんのお世話をするために来たのですから」
 「でも! 危険な場所なんですよ!」
 「ならば尚更です。諸見さんはそこで、きっと今よりも一生懸命に働かれるでしょう」
 「それは、もちろんですが」

 「でしたら、ますます私が必要です」

 俺は何度も説得したが、綾さんは聞き入れなかった。
 まあ、綾さんが戦闘に出ることもないだろうと、ついには俺が折れた。



 パムッカレ基地は、まだ防衛システムが設置されていなかった。
 だから最高幹部のルーさんとハーさんが常駐し、防衛を担われていた。

 「「諸見さーん!」」 

 お忙しい中、何度も俺の部屋を訪ねて下さった。
 俺が石神さんのお宅に出入りしていた頃は、まだ小学生だった。
 それがすっかりお綺麗な女性に成長されている。

 「何か不自由してない?」
 「あ、「手かざし」しとくね!」
 
 お二人は優しく、誰とでも親しくなってしまう。
 天真爛漫な方々だった。
 綾さんともすぐに仲良くなった。

 「綾さん! 綺麗だよね!」
 「「心」も綺麗!」

 俺は本当に嬉しかった。
 お二人の「能力」は知っている。
 そのお二人が綾さんに「心」があると言ってくれた。

 ただ、一度食事を召し上がってもらったら、うちの食糧が無くなって困った。
 ここはまだ配給制だ。
 仕方なく月岡さんに相談すると、すぐに笑って食糧を回してくれた。

 何度か基地が襲われた。
 バイオノイドだったが、ルーさんとハーさんがすぐに撃退した。
 何度かお二人がウインナーを咥えながら出撃するのを見た。

 


 あれは、俺が外壁の建造に回されていた時だった。
 バイオノイドの襲撃があった。
 400体という規模だった。
 すぐに警報が鳴り、手順通りに退避が始まった。
 生憎、ルーさんとハーさんは基地にいなかった。
 司令官のジェイさんの指揮で、ありったけの防衛システムが稼働した。
 外壁にいた俺たちは、退避が間に合わなかった。

 「諸見さーん!」

 俺を呼ぶ声が聞こえた。
 遠くから物凄いスピードで疾走してくる人がいる。

 綾さんだった。

 いつものエプロンではなく、何かの金属を身にまとっている。
 接近するバイオノイドへ、綾さんが攻撃する。
 恐らくは「槍雷」。
 俺も綾さんに駆け寄り、「槍雷」を放った。

 二十体のバイオノイドが俺たちに迫った。
 その数はもう相手に出来ない。
 俺は覚悟した。
 綾さんだけは何とか逃がさなければ。

 綾さんが俺の隣に立ち、ニッコリと笑った。

 「諸見さん、楽しかった、本当に! ありがとうございました」
 「綾さん!」
 「愛しておりました、本当に! 幸せでした!」
 「!」
 
 「桜花」

 綾さんがそう言うと、全身が光り出した。
 そのままそれまでとは違った物凄いスピードでバイオノイドの集団に突っ込んで行く。
 まばゆい光に俺は何も見えなくなった。
 爆風で全身に何かが当たり、切り裂かれた。

 誰かに腕を掴まれた。
 
 「早く乗れ!」

 俺は車に乗せられ、退避することが出来た。

 「虎の穴」から亜紀さんが来て下さった。
 戦闘は瞬時に終わった。







 綾さんは自らの身体を爆発させたのだと、後から聞いた。



 



 「諸見」
 
 ベッドで横たわっていた俺は声を掛けられた。

 「大丈夫か?」

 石神さんの声だとすぐに分かった。
 起き上がろうとした俺は、優しく押されて寝かされた。

 「綾のことは済まなかった。間に合わなかった」
 「いいえ」

 「諸見さん……」

 もう一人、女性の声がした。

 「蓮花です。石神様にお願いして、連れて来て頂きました」
 「そうですか」

 本当にお忙しいお二人なのに、申し訳ないと思った。

 「諸見、あのな。蓮花が綾のバックアップを取っているんだ。綾の記憶も全部ある。ボディは作るのに少し時間が掛かるが、綾はまた甦るぞ」
 「それを直接御伝えしたくて、わたくしも参りました」

 俺はしばらく、お二人が言っている言葉の意味が分からなかった。

 「諸見、聞いているか?」
 
 「石神さん」
 「おう」

 「どうか、綾さんのことはもう」
 「でも、お前……」

 「綾さんは俺を守って死にました。石神さんたちが仰るように、綾さんは甦るのかもしれない。でも、それじゃ、綾さんが俺を守って死んだことが嘘になってしまう」
 「諸見、お前よ……」

 「石神さん、蓮花さん。わざわざすみませんでした。どうか、綾さんのことはもう」

 「分かった。お前がそう言うかもしれないと思って、蓮花も連れて来たんだ。やっぱり、お前はそういう男だったな」
 
 石神さんが言った。

 「諸見様、せめてこれを」

 蓮花さんが俺に紙に包んだものを握らせた。

 「綾の髪でございます。石神様と一緒に、何とか現場で集めて参りました。数本しかございませんが」
 「……」

 「諸見、まずは身体を治せ。ゆっくりとな」
 「……」

 俺は応えられなかった。
 お二人が部屋を出て行くのを感じた。
 俺は初めて、声を出して泣いた。





 「業」の軍は、いよいよ本格的にパムッカレ基地を襲い出した。
 防衛システムは構築されたが、巨大な体躯のジェヴォーダンが戦場に投入された。
 頑丈な防壁上の防衛システムが崩落した。

 「綾さん」

 俺は懐に綾さんの髪を入れた。
 建材の鉄骨を担ぎ、「龍刀」で先端を尖らせた。

 「こんなもの、何のツッパリにもならんでしょうけどね。俺にはこんなことしか出来ない」

 俺は笑ってそれを担ぎ、正面ゲートに向かった。
 最初のジェヴォーダンは掻き集めたレールガンで斃していた。
 今、二頭目が向かっている。

 「石神さん! ありがとうございました! 綾さん! 今行きますから!」

 俺は鉄骨を地面に突き立て、先端をジェヴォーダンに向けた。

 「来い!」





 俺の背中を抱き締めてくれる感触を感じた。
 俺は笑いながら、鉄骨をしっかりと支えた。
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