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レイラ Ⅱ

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 10月に入ったある日。
 午後のオペを終わって、俺は部屋へ戻った。

 「部長、なんか可愛らしい女の子が部長を訪ねて来ましたよ」
 
 一江が言った。

 「カワイイ女の子って響子かよ?」
 「何言ってんですか、この響子バカ!」
 「あんだと!」

 一江はここでは座る場所も無いので、食堂で待たせていると言った。


 「あ?」
 「女子高生ですよ! 制服着てましたもん」
 「なんだよ?」
 「ね、誰なんですか、あの子?」
 「知らねぇ」

 俺が食堂へ行くと、レイラが座っていた。
 紅茶を飲んでいた。

 「なんだ、誰かと思ったらレイラだったのか」
 「石神さん!」

 レイラが立ち上がって微笑んだ。

 「どうしたんだよ。何かあったのか?」
 「いいえ。ちょっと石神さんの病院を見てみたくて」
 「なんだよ、そりゃ」

 俺は一江に俺にコーヒーを持って来てお前はすぐに消えろと言った。

 「なんですか!」

 一江はそう言いながら俺と自分のコーヒーを持って来た。

 「大きい病院なんですね」
 「まあな」
 「ね、部長! 紹介して下さいよ!」

 「レイラにブサイクをうつしたくねぇ」
 「部長!」

 仕方なくレイラを紹介した。
 
 「こっちは覚えなくていい。一江だ」
 「レイラちゃん! 宜しくね」
 「はい」

 レイラは素っ気ない。

 「石神さん、どこか行きませんか?」
 「まだ仕事だよ。それに職場まで来るな」
 「そんな、ご迷惑でしたか?」
 「そうだ。お前が来たからこいつが時間を取られた。そういうことだ」
 「すいませんでした」
 「まあいいよ。今後は注意してくれ」
 
 レイラは謝った。

 「でも、どうしても石神さんの顔が見たくて」
 「今度写真を送ってやる」
 「レイラちゃん、部長の動画見たくない?」
 「お前!」

 レイラが一江を向いた。

 「あの、ちょっとすいません。私、石神さんとお話ししたいんで」
 「え?」

 一江が呆気に取られている。

 「黙っててもらえますか。できれば石神さんと二人になりたいんですけど」
 「あ、そうか。ごめんね」

 一江が立ち去った。

 「お前もそれを飲んだら帰れよな。ああ、それは一江が金を出したんだ。礼は行ったのか?」
 「あ、はい。最初に頂いた時に」
 「そうか。じゃあまたな」

 「石神さん! ご相談したいことが!」
 「また電話してくれ。今は忙しいんだ」
 「あ、はい。すみませんでした」

 部屋に戻ると、一江が俺を見た。

 「なんか性格きつい子ですね」
 「お前がブサだからだろう」
 「酷いですよ!」

 俺はブサイクが治るまじないだと、一江の顔面を握ってやった。

 「イタイイタイイタイ!」

 俺は部屋へ呼び、一江にレイラのことを話した。

 「知りませんでした。そんなことがあったんですね」
 「ああ、お前には嫌な思いをさせたな」
 「いいえ。あの年頃は礼儀以前に自分しかないですからね」
 「そうか」
 「そうかって部長、気付いてますよね?」
 「あ?」
 「あの子、部長に夢中じゃないですか!」
 「そうなのか?」

 もちろん分かっている。
 レイラの電話の大半はどうでもいいことだ。
 一応俺に相談したいと切り出すが、そういう内容ではないことが多くなった。

 「どうするんですか、あの子」
 「別にどうもしねぇよ。自然に熱も冷めるだろう」
 「そうですかねぇ」
 「なんだよ」
 「なんか、部長に似た雰囲気がありますよ?」
 「あ?」

 一江が妙なことを言った。

 「決めたら徹底的って。それに他にも」
 「他って?」
 「うーん、言葉になりませんね。雰囲気って感じですかね」
 「お前の取り柄は理系しかねぇだろう!」
 「なんですか! 喧嘩売ってんですか!」

 一江が何を感じたのかは分からなかった。
 でも、俺は嫌な予感がしていた。




 数日後、レイラから電話が来た。
 先日押し掛けた件を謝って来る。
 相当落ち込んでいる。

 「もういいよ。また折を見て会いに行くからな」
 「ほんとですか!」

 俺が許したことを示してやった。

 「学校でいじめはもう無いか?」
 「はい。あの、私をいじめてた子たちがみんな転校したみたいで」
 「え?」
 「詳しくは知らないんですけど。先週そういうことを担任から聞きました」
 「そうか」
 「だから、安心して下さい」

 レイラは「子たち」と言った。
 一人が転校したというのならば分かる。
 同時に複数が転校するというのはどういうことなのか。

 「本当に平和ですよ。あの日石神さんがみんなを威圧してくれたから、いじめられることも無かったんですけどね」
 「それは何よりだ」
 「それで、今度うちに来てもらえませんか?」
 「女子高生の一人住まいの部屋には行けないよ」
 「えー! だって何度も来てくれたじゃないですか」
 「あれは必要だったからだ。俺なんかが出入りしたら、近所で誤解する人も出て来るだろう」
 「別にいいですよ、石神さんなら」

 レイラは止まらない。

 「まあ、俺から誘うよ。何か美味いものを食べよう」
 「はい!」

 レイラがどうして俺を家に呼びたがるのかは分かる。
 俺が高校生までなら、突貫している。
 今も昔も、俺は既成事実などで縛られることは無いのだが。
 好きな考え方ではないが、子どものことだ。
 目くじらを立てるようなことではない。

 俺は週末にアヴェンタドールで出掛け、レイラを陳さんの店へ連れて行った。
 レイラはやけに高そうな服を着ていた。
 店の料理を美味しいと言い、他愛ない話をした。
 俺を好きだと言ったが、俺は取り合わなかった。

 「俺はもう好きな相手がいるんだ。レイラと付き合うことはない」

 レイラはそれでも諦めないと言った。
 家まで送ると、上がってくれと誘われた。
 俺は断って強引に帰った。

 子どものワガママなのはそうなのだが、俺も多少大人げない態度だった。
 レイに似た顔であることが、俺から冷静さを少し欠けさせていた。






 俺は家に帰ってから、早乙女に電話をした。
 レイラの学校で何かなかったか調べて欲しいと頼んだ。
 早乙女はすぐに調べてくれ、月曜日に電話をもらった。

 「石神、大変な事件があった」
 「なんだ?」

 「あの学校の生徒4人が集団暴行を受けたらしくてな」
 「そうなのか!」
 「それがちょっと普通じゃないんだ。全員が目を潰され、性器を壊されている。顔もズタズタだ」
 「なんだって?」
 「明らかに恨みを晴らしたという犯行だ。犯人たちはまだ分かっていない。手がかりも掴んでいない」
 「複数の犯行だとどうして分かる?」

 俺の気がかりは、その一点だった。

 「被害者の証言でな。殴る蹴るの暴行が、ほぼ同時にされているんだ。縛られて目隠しをされていたんだがな。複数人が暴行していたとしか考えられない状況だ」
 「……」

 「もう真っ当な生活は送れないよ。手の指も全部切り取られている。怨恨の方を辿っているが、もしかしたらカルトか変質者かもな」
 「そうか。何か分かったらまた教えてくれ」
 「ああ」

 俺はレイラが金で誰かを雇ったのかとも考えた。
 しかし、そこまでの激しい暴行を出来る人間は少ない。
 金の問題ではない。
 心の問題だ。







 その数日後、早乙女が更に俺が驚く事実を連絡して来た。
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