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レイラ

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 あの少女に会ったのは、横浜を六花とバイクで流していた時だった。
 レイを喪って一月くらい後のことだ。
 激しい雨が降っていた。





 俺は六花の前を走っていて、強くなってきた雨に考えていた。
 どこかで少し休もうか。

 今日は土曜日であり、六花と一泊しても構わない。

 前方で事故があったようだ。
 まだ警察や救急車は到着していない。
 トラックに正面衝突された乗用車の前面が潰れている。
 恐らく後部シートから飛び出した少女が、血まみれで道路に投げ出されている。
 トラックの運転手も、乗用車の二人も死んでいた。

 「六花! 救急車を呼べ!」
 「はい!」

 俺は少女に駆け寄った。
 左側を道路に摺ったようで服が破れ血が滲んでいる。
 呼吸が荒い。
 肋骨を折っているだろう。
 口からの吐血もあり、肺に肋骨が突き刺さったと感じた。
 少女が咳き込み、結構な血を吐いた。

 顔はガラス片で多少切っている程度だ。
 フロントガラスが粉砕した後で飛び出したのだろう。
 頭部に衝撃が無かったことを祈った。

 そして俺はその顔を見て驚いた。
 外国人の少女で、レイの面影があった。

 「おい! しっかりしろ!」
 
 俺が声を掛けると、少女は薄く目を開けた。
 
 「今救急車が来る! 気をしっかり持て!」

 意識が朦朧としているようだったが、少女が小さく頷いた。
 日本語が通じるようだ。

 「大丈夫だ! 俺がついている! 俺に任せろ!」

 俺は少女を元気づけるために呼びかけ続けた。
 間もなく救急車が来て、俺たちも一緒に病院へ行った。
 大きな総合病院へ運ばれた。
 俺は警察官に状況を説明しながら、少女のオペを待った。
 オペ室から看護師が出て来る。

 「血液が足りません! O型の方はいらっしゃいませんか!」
 「O型です!」

 俺はすぐに申請した。
 素早く血液型が確認され、俺は少女の隣に寝かされて血液を提供した。
 自分が医師であることを説明し、ギリギリまで使って欲しいと頼んだ。
 自分の体重を告げ、どれくらい抜いても大丈夫だと言った。

 オペは無事に終わり、折れた肋骨が肺に刺さっていたことを後から説明された。
 俺は六花とホテルを取り、その日は一泊した。




 翌週の火曜日の夜。
 俺は夜に横浜の病院へ向かった。
 あのレイに似た少女のことが気になっていた。

 俺が見舞うと、少女はベッドで起きていた。
 俺の顔を見て微笑んだ。
 意外に元気そうで安心した。

 「あなたが助けて下さった方ですね」
 「いや、君を見つけて救急車を呼んだけだよ。助かって良かった」
 「ありがとうございます」

 少女は鹿島レイラと名乗った。
 その名前にも、俺は驚いた。
 母親が日本人で、父親はイラン人だったそうだ。
 レイラは高校一年生だった。
 残念ながら、ご両親二人は即死だった。
 他に兄弟もいなかった。

 「一人になっちゃいました」
 「そうか、大変だったな」
 「はい。でも何とか生きなきゃ」
 「おう、その通りだ! 俺も何か出来ることがあったら力になるからな!」
 「ありがとうございます」

 俺は本当に困ったら連絡するようにと、名刺を置いて帰った。


 

 その三日後、レイラから連絡が来た。

 「石神さん、退院することになりまして」
 「え! 随分と早いな?」

 肋骨が肺に突き刺さるような重症だったはずだ。
 普通は二週間は出られない。

 「それが、お医者様も驚くほどの回復で。すっかり元気ですよ!」
 「そうか良かったな!」
 「それで、申し訳ないのですが、ご相談したいことがあって」
 「ああ、いいよ」

 俺は翌日休みを取って、レイラを病院へ迎えに行った。
 ハマーで出掛けた。

 「本当にすみません」
 「いいんだ。レイラも大変だけど、頑張れよな」
 「はい!」

 両親を喪ったにも拘らず、レイラは明るかった。
 俺は途中のレストランで食事をし、レイラを家まで送った。
 荷物を持って、俺も家に入らせてもらう。

 二階建てのアパートで、2DKの部屋だった。
 リヴィングの両側に四畳半と六畳の部屋。
 四畳半がレイラの部屋のようだった。
 
 リヴィングでお茶を飲みながら話した。
 トラックの運転手は個人運送だったようで、資産はほとんどないこと。
 両親も貯金はそれほど持っていないこと。
 親戚付き合いもなく、本当にレイラが独り残されてしまった。

 「学校も辞めなければなりません。すぐに働かないと」
 「そうか」
 「あの、石神さんはどこか働ける場所をご存じないですか?」

 俺は考えていた。
 関りとしては踏み込み過ぎる。
 でも、俺は答えていた。

 「俺が面倒をみよう。レイラの学費も生活費も、俺が出すよ」
 「そんな!」
 「結構、俺は余裕があるんだ。君一人面倒みるのに、何も心配は無いよ」
 「それは! 石神さんにお世話になるわけには行きません!」
 「そうだろうけどな。俺ももう君を見捨てる気にはなれなくってなぁ」

 正直に、そう言った。
 レイラは初めて泣いた。

 「私、今まで両親以外に優しくされたことがなくて」
 「そうなのか? レイラはそんなに美人じゃないか」
 「そんなこと。私ハーフのせいで子どもの頃からいじめられてばかりだったんです」
 「そうか」
 「今も高校で結構いじめられて。だから学校は辞めても何も悔いはないんです」
 「がんばれよ、折角ご両親が入れてくれたんじゃないか。最後まで通えよ」
 「そうですね」
 「いじめは俺も何とか協力するよ」
 「本当ですか!」
 「ああ、任せろ」

 レイラといろいろ話し、その夜は一緒に夕飯を食べた。
 一緒に買い物をして、俺が鶏の香草焼きを作った。
 レイラが美味しいと喜んでくれた。

 「レイラは料理は作れるのか?」
 「はい、一通りは母から教わっています」
 「そうか。独りは寂しいだろうけど、ちゃんと食べて力を付けるんだぞ」
 「はい!」

 俺は当座の生活資金だと言って、100万円を渡した。
 レイラはこんなにもらえないと言ったが、俺が無理に受け取らせた。
 俺の手配でご両親の葬儀もし、墓も建てた。
 レイラの他、学校から担任や数人の生徒が出席した。
 あとは共働きだったご両親の同僚の人たち。
 寂しい葬式だった。
 



 翌週、俺はレイラと一緒に高校へ行った。
 事故のことは学校でも承知しており、俺がレイラの後見人になったことも話してある。
 担任と一緒に、俺も教室まで行かせてもらった。

 担任がレイラが退院してまた通学することを話し、俺のことも紹介してもらった。

 「初めまして。石神高虎と言います。このたび鹿島レイラの後見人になり、皆さんにも一度ご挨拶をと思い、参りました」

 クラスの全員が俺を見ている。

 「私が後見人になったからには、レイラをしっかりと守っていくつもりです。もしもレイラに何かあれば、私が必ず出張って解決します。そのことをみなさんにもお伝えしたく、今日は教室までお邪魔しました」

 全員が黙っている。

 「今後とも、レイラと仲良くしてやってください」

 俺は「虎咆」で威圧した。
 全員が硬直した。
 以前に斬が使ったものよりも随分と軽くしたが、命に関わると感じさせたはずだ。

 「では、今日はここで失礼します」

 レイラが席に着き、俺を見て微笑んでいた。
 俺も手を振って教室を出て帰った。



 レイラはよく俺に電話して来た。
 忙しく出られないこともあったが、週に数度は話した。
 いじめはなくなり、孤立してはいるが平穏な生活のようだった。



 しかし、徐々に、話す内容が変わって来た。
 不味いようなことは無かったが、レイラが少しずつ変わっていくのを俺は感じていた。
 両親を喪い、子どもから大人へ急速に変わっていくのだとも考えていた。







 俺はそれが間違いだったことを知ることになる。
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