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顕さんの出発
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12月最初の土曜日。
俺は亜紀ちゃんを連れて、顕さんの家に行った。
アヴェンタドールだ。
「石神くん!」
「来ましたよ! もうすぐですね」
「ああ。じゃあ上がってくれよ」
俺と亜紀ちゃんは居間に通された。
「来週には出発だ。随分と早まったんだよ」
「そうですか。みんな顕さんに期待しているんですね」
「よせよ。俺なんて」
お茶を飲みながら話している。
「見送りはいらないからな」
「ダメですよ! みんなで行きますって」
「いや、本当に勘弁してくれ。同僚や上司の前で泣いちゃうよ」
「アハハハ」
「君には本当に世話になった。一生忘れないよ」
「俺だって顕さんを忘れませんよ。でもこれが今生の別れじゃないんですから」
「それもそうだな!」
亜紀ちゃんがエプロンをつけた。
「おい、昼は出前をとるから」
「ダメですよ。今日は俺たちにやらせてください」
顕さんが笑って座った。
カツ丼とシジミの味噌汁を作る。
材料は持って来た。
ヒレ肉だ。
顕さんはあまり脂を食べない方がいい。
俺と亜紀ちゃんが調理しているのを、顕さんがずっと見ていた。
「奈津江が生きていたら、こんな光景もあったんだろうな」
「え? ああ、奈津江は料理はからっきしだったでしょう。無かったですよ」
「アハハハハ!」
「笑ってますけどね、それは顕さんのせいですからね」
「俺の?」
「だって、顕さんが全部やってたんでしょう。洗濯だって怪しい」
「洗濯くらいはやってたよ」
「毎回じゃないでしょう」
「え、ええと、どうだったかな」
「掃除は?」
「それはまあな。人には得意不得意があるしな」
「そんな高尚なもんじゃないですって!」
「アハハハハ」
亜紀ちゃんも笑っていた。
三人でカツ丼を食べる。
亜紀ちゃんも、今日は一人前だ。
ただし、大きいが。
丼からカツがはみ出ている。
「美味いなぁ。味噌汁も最高だ」
食事を終え、亜紀ちゃんが片付けながらコーヒーを淹れた。
顕さんの家のインスタントだ。
俺はテーブルに模造紙を拡げた。
「なんだい、これは?」
「あ! タカさん、私も一緒に!」
「じゃあ早く終わらせろよ」
「待って下さいよー!」
「ああ! ここは石神くんの家じゃないか」
「流石ですね。そうです。実は周辺の家を買い取りまして」
「えぇ! なんで」
「まあ、事情はあるんですが、そこはちょっと」
「まあいいけど。しかし石神くんは毎回驚くねぇ」
「アハハハ」
亜紀ちゃんが洗い物を終えてテーブルに来た。
「それで、子どもたちと話してこんなものを描いたんです。顕さんに見てもらいたくて持って来ました」
「そうか! ああ、これは例のガラスの通路だね!」
「はい! 真っ先に描きました。亜紀ちゃんの発案です」
亜紀ちゃんはニコニコしている。
「そうかぁ。ああ、今の三階と繋げるのか。それと反対は新しい建物だね。両側は?」
「単に鉄筋の構造物とも思いましたが、中に物置的な空間でも作りますかね」
「じゃあ、こういうのはどう?」
顕さんは鉛筆を持って来て、線を引いた。
フリーハンドだが、見事な線だ。
後ろの建物と線を繋げた。
「この壁をガラスブロックで作ってさ。高さは3メートルくらいかな。それで囲えば素敵な中庭のウッドデッキになるよ。構造物は鉄筋の柱でいいと思う。その代わりにライトをだね……」
顕さんは次々にアイデアを出してくれた。
「でも、やっぱり強度的に弱いかな。僕は二階の通路と一緒にして、ちゃんと鉄筋で支えた方がいいと思う」
「床がガラスってわけにはいきませんね。じゃあ地上部分も同じ通路にして」
「そうだね。そうするとこんな感じかな」
「わぁ! 素敵ですぅ!」
「そうするとガラスブロックのウッドデッキが左右に分かれてしまうから、中心にこんな通路を空けて……」
「片方は家庭菜園でもいいですよね」
亜紀ちゃんが言う。
「うーん、でもあんまり日当たりが良くないんじゃないかな。ウッドデッキは薄暗いと思っていた方がいいよ。むしろ夜間の空間だね」
「なるほどー!」
「だから裏の建物も、一階は日当たりは悪いと思うよ。そういう前提で使い方を選んだ方がいいと思う」
一階は皇紀と双子の研究関連になる予定だ。
「それか、後ろの一階部分は思い切って大きなガラスを嵌めてね」
「ああ! それもいいですね」
「こうすると逆に、中庭の夜間の美しさも楽しめるよ」
俺たちは何時間も夢中で話した。
気が付くと夕方になっていた。
「すみません、顕さん。こんなに長くお邪魔しちゃって」
「いやいいよ。僕も本当に楽しかったよ」
「出発前の忙しいお時間を」
「全然構わないよ。もう大体準備は出来てるしね」
俺と亜紀ちゃんは急いで帰る支度をした。
「ああ、石神くん」
「はい?」
「これを響子ちゃんに。こないだのCGをもうちょっと詰めてみたんだ」
「すいません、響子のためにこんな」
「まだ俺は見つけられないかな」
「はい。頑張っているみたいですが」
「まあ、外国の子には発想にないかな」
「大丈夫ですよ。あいつはきっと見つけます」
「じゃあ、石神くん。向こうからも連絡するよ」
「はい、俺も。今はいろいろ通信手段がありますしね」
「そうだ。離れていても大丈夫だな」
「顕さん、お元気で」
「うん。君たちもね。本当にいろいろありがとう」
「何か困ったことがあったら、何でも言って下さい」
「うん、分ってる」
「顕さん、またお会いしましょうね!」
「亜紀ちゃんも元気でね」
「そこは全然心配ありませんよ」
「タカさん!」
俺たちは顕さんの家を出た。
「顕さん、お元気でいて欲しいですね」
「そうだな。まあ、何かあったらすぐに行くしな」
「じゃあ、何かあって欲しいですね」
「やめろよ!」
「ウフフフ」
顕さんが出発されたら、本格的に修繕をしよう。
俺はそれも楽しみだった。
「顕さんがいなくなったら、奈津江のパンツでも見るかぁ!」
「上はいいんですか?」
「あ? ああ、あんまし」
「奈津江さん、怒ってますよ!」
「アハハハハハ!」
家のことは任せて下さい、顕さん。
俺は亜紀ちゃんを連れて、顕さんの家に行った。
アヴェンタドールだ。
「石神くん!」
「来ましたよ! もうすぐですね」
「ああ。じゃあ上がってくれよ」
俺と亜紀ちゃんは居間に通された。
「来週には出発だ。随分と早まったんだよ」
「そうですか。みんな顕さんに期待しているんですね」
「よせよ。俺なんて」
お茶を飲みながら話している。
「見送りはいらないからな」
「ダメですよ! みんなで行きますって」
「いや、本当に勘弁してくれ。同僚や上司の前で泣いちゃうよ」
「アハハハ」
「君には本当に世話になった。一生忘れないよ」
「俺だって顕さんを忘れませんよ。でもこれが今生の別れじゃないんですから」
「それもそうだな!」
亜紀ちゃんがエプロンをつけた。
「おい、昼は出前をとるから」
「ダメですよ。今日は俺たちにやらせてください」
顕さんが笑って座った。
カツ丼とシジミの味噌汁を作る。
材料は持って来た。
ヒレ肉だ。
顕さんはあまり脂を食べない方がいい。
俺と亜紀ちゃんが調理しているのを、顕さんがずっと見ていた。
「奈津江が生きていたら、こんな光景もあったんだろうな」
「え? ああ、奈津江は料理はからっきしだったでしょう。無かったですよ」
「アハハハハ!」
「笑ってますけどね、それは顕さんのせいですからね」
「俺の?」
「だって、顕さんが全部やってたんでしょう。洗濯だって怪しい」
「洗濯くらいはやってたよ」
「毎回じゃないでしょう」
「え、ええと、どうだったかな」
「掃除は?」
「それはまあな。人には得意不得意があるしな」
「そんな高尚なもんじゃないですって!」
「アハハハハ」
亜紀ちゃんも笑っていた。
三人でカツ丼を食べる。
亜紀ちゃんも、今日は一人前だ。
ただし、大きいが。
丼からカツがはみ出ている。
「美味いなぁ。味噌汁も最高だ」
食事を終え、亜紀ちゃんが片付けながらコーヒーを淹れた。
顕さんの家のインスタントだ。
俺はテーブルに模造紙を拡げた。
「なんだい、これは?」
「あ! タカさん、私も一緒に!」
「じゃあ早く終わらせろよ」
「待って下さいよー!」
「ああ! ここは石神くんの家じゃないか」
「流石ですね。そうです。実は周辺の家を買い取りまして」
「えぇ! なんで」
「まあ、事情はあるんですが、そこはちょっと」
「まあいいけど。しかし石神くんは毎回驚くねぇ」
「アハハハ」
亜紀ちゃんが洗い物を終えてテーブルに来た。
「それで、子どもたちと話してこんなものを描いたんです。顕さんに見てもらいたくて持って来ました」
「そうか! ああ、これは例のガラスの通路だね!」
「はい! 真っ先に描きました。亜紀ちゃんの発案です」
亜紀ちゃんはニコニコしている。
「そうかぁ。ああ、今の三階と繋げるのか。それと反対は新しい建物だね。両側は?」
「単に鉄筋の構造物とも思いましたが、中に物置的な空間でも作りますかね」
「じゃあ、こういうのはどう?」
顕さんは鉛筆を持って来て、線を引いた。
フリーハンドだが、見事な線だ。
後ろの建物と線を繋げた。
「この壁をガラスブロックで作ってさ。高さは3メートルくらいかな。それで囲えば素敵な中庭のウッドデッキになるよ。構造物は鉄筋の柱でいいと思う。その代わりにライトをだね……」
顕さんは次々にアイデアを出してくれた。
「でも、やっぱり強度的に弱いかな。僕は二階の通路と一緒にして、ちゃんと鉄筋で支えた方がいいと思う」
「床がガラスってわけにはいきませんね。じゃあ地上部分も同じ通路にして」
「そうだね。そうするとこんな感じかな」
「わぁ! 素敵ですぅ!」
「そうするとガラスブロックのウッドデッキが左右に分かれてしまうから、中心にこんな通路を空けて……」
「片方は家庭菜園でもいいですよね」
亜紀ちゃんが言う。
「うーん、でもあんまり日当たりが良くないんじゃないかな。ウッドデッキは薄暗いと思っていた方がいいよ。むしろ夜間の空間だね」
「なるほどー!」
「だから裏の建物も、一階は日当たりは悪いと思うよ。そういう前提で使い方を選んだ方がいいと思う」
一階は皇紀と双子の研究関連になる予定だ。
「それか、後ろの一階部分は思い切って大きなガラスを嵌めてね」
「ああ! それもいいですね」
「こうすると逆に、中庭の夜間の美しさも楽しめるよ」
俺たちは何時間も夢中で話した。
気が付くと夕方になっていた。
「すみません、顕さん。こんなに長くお邪魔しちゃって」
「いやいいよ。僕も本当に楽しかったよ」
「出発前の忙しいお時間を」
「全然構わないよ。もう大体準備は出来てるしね」
俺と亜紀ちゃんは急いで帰る支度をした。
「ああ、石神くん」
「はい?」
「これを響子ちゃんに。こないだのCGをもうちょっと詰めてみたんだ」
「すいません、響子のためにこんな」
「まだ俺は見つけられないかな」
「はい。頑張っているみたいですが」
「まあ、外国の子には発想にないかな」
「大丈夫ですよ。あいつはきっと見つけます」
「じゃあ、石神くん。向こうからも連絡するよ」
「はい、俺も。今はいろいろ通信手段がありますしね」
「そうだ。離れていても大丈夫だな」
「顕さん、お元気で」
「うん。君たちもね。本当にいろいろありがとう」
「何か困ったことがあったら、何でも言って下さい」
「うん、分ってる」
「顕さん、またお会いしましょうね!」
「亜紀ちゃんも元気でね」
「そこは全然心配ありませんよ」
「タカさん!」
俺たちは顕さんの家を出た。
「顕さん、お元気でいて欲しいですね」
「そうだな。まあ、何かあったらすぐに行くしな」
「じゃあ、何かあって欲しいですね」
「やめろよ!」
「ウフフフ」
顕さんが出発されたら、本格的に修繕をしよう。
俺はそれも楽しみだった。
「顕さんがいなくなったら、奈津江のパンツでも見るかぁ!」
「上はいいんですか?」
「あ? ああ、あんまし」
「奈津江さん、怒ってますよ!」
「アハハハハハ!」
家のことは任せて下さい、顕さん。
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