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レイ Ⅲ

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 翌日からレイは熱心にやっていた。
 俺や皇紀たちから渡された資料を丹念に読んだ。
 合間に病院へ来て、響子の相手をする。
 そして家に戻って、また資料を読む。
 子どもたちが帰ると、皇紀や双子と打ち合わせをする。
 そして時々、亜紀ちゃんと栞の家で訓練をした。
 夜は俺と酒を飲みながら話した。

 「石神さん。驚きました」
 「何がだ?」
 「あの防衛システムです。現代の技術を遙かに超えていますね」
 「そうだな」
 「特に驚いたのは、エネルギー供給です」
 「ああ」

 「ブラックボックスになっていますが、フリーエネルギーを実現しているんですね?」
 「そうだ」
 俺たちは遅くまで話すことが多かった。

 「ところでな、レイ」
 「はい、なんでしょうか」
 「そのウォッカな、あと2本しかねぇ」
 「え!」

 すでに二本目を俺たちは飲んでいる。

 「石神さん」
 「なんだ?」
 「石神さんは、御自分の好きなお酒をどうぞ」
 「なんでだよ」
 「私が飲む分が減ります」
 俺は笑ってワイルドターキーに切り替えた。

 「石神さん」
 「なんだ?」
 「先ほどのようなお話は、もっと早く言って下さい」
 「お前なぁ、他人様の家にお邪魔して図々しいぞ!」
 「でも、あのお酒は私のものです」
 「お前なぁ」
 「虎曜日に入りますから」
 「お前、安すぎだぞ!」

 


 金曜日の夜。
 俺はレイをドライブに誘った。
 アヴェンタドールで出掛けた。
 息抜きが必要だと思った。

 横浜を回り、羽田空港へ行った。
 コーヒーを三つ買って、一つをレイに渡す。
 展望デッキに上がった。

 「綺麗ですね」
 「アメリカでもこうなんだろうけどな」
 「いえ、アメリカではテロ対策のためでしょうけど、こうやって自由に空港を展望できる場所はありません」
 「そうなのか。そりゃもったいないな」
 「そうですね」

 俺たちは夜の空港を眺めた。

 「俺の親友の御堂の家はさ、日本家屋なんだ」
 「はぁ?」
 「日本家屋には縁側ってあるんだよ。まあ、ただのちょっと広めの廊下なんだけどな」
 「はい」
 「そこでは戸を全部取り払って、庭が展望できるようになっている」
 「どうしてですか?」
 「何の「機能」でもないよ。ただ庭が広く見えるだけ。何の目的もなく、そこにいるためって意味かなぁ」
 「はぁ」
 「でもな、そういう空間が必要なんだよ。この展望デッキだって、いろいろな機能のためにこの空間を使った方が合理的だ。でも、周りを見てみろよ。ただ景色を眺めるためだけにみんな来ている」

 「そうですね」
 レイは美しい景色を眺めた。

 「レイは「デフォルト・システム」って知っているか?」
 「いいえ」
 「最新の脳科学の発見だけどな。人間は眠ることで活動を休める。その余力で脳が様々なシミュレーションをするということだ」
 「そうなんですか!」
 「ああ。だから眠ることで問題の解決を掴んだり、もっと効率よく思考することが出来るようになる。夢ってそのシミュレーションの反映ってことも多いんだよ」
 「知りませんでした」
 「まあ、適度に休めってことだ。お前はちょっと頑張り過ぎだ」
 「はい、ありがとうございます」

 「あの」
 「なんだ?」
 「ちょっと気になっていたんですけど、そのコーヒーって」
 「ああ」
 俺が飲まずに隣に置いているものだ。

 「レイにはまったく関係のない話なんだけどな。俺が学生時代に付き合っていた女のためのものなんだ」
 「あ! ナツエさんですね!」
 「なんだ、知ってるのか」
 「すみません。石神さんのご家族の方々とスムーズに進めるために、いろいろと資料を読んで参りました」
 「そうか」

 別に嫌なことでもない。
 重要な任務を果たすために、準備するのは当然だ。
 俺は奈津江とこの空港へ来た時の話をした。

 「それから何度もここへ来た。まあ、景色が綺麗なのもあるけど、奈津江との思い出の場所だからな」
 「石神さん……」
 「奈津江はもうこの世にはいない。でもな、死んだからって終わらないものはあるんだよ」
 「はい」

 「うちの子らも、俺が大事にしている人間も、みんなそれを知っている。特に子どもたちはな」
 「はい!」

 俺はレイのためにMYTH & ROIDの『HYDRA』を歌った。
 朗々と破滅さえ厭わずに一人の男に自分を捧げる女を歌った。
 レイはうっとりと聴いていた。

 「石神さん」
 「なんだ?」
 「一杯写真を撮られてますが」
 「逃げるぞ」
 「はい?」

 俺はレイの手を引いて走った。
 走りながら、二人で笑った。




 アヴェンタドールの中で、レイが言った。

 「石神さんはロマンティストだと資料にありました」
 「一体誰が作ったんだ、それ?」
 「でも、一緒にいると、それがよく分かります」
 「まあ、ロマンティシズムというのは、人間にとって最も重要なことだからな」
 「そうなんですか?」

 「結局、無駄なことというか、割に合わないってことだ。誰かのために自分を捧げること、大事なものへ自分を擲つこと。自分のためではないってことだな」
 「はぁ」
 「それはな、何か人間では決して届かないものへ向かうためなんだ。自分では無くなるためなんだから、自分を捨てるのな」
 「なるほど」
 「テイヤール・ド・シャルダンは、そういう人間がいずれ「星」になると言っている。人間の進化の究極だ」
 「そうなんですか」
 「俺たちは「星」になるための家族みたいなもんだ」
 「はぁ」

 「おい、俺結構カッコイイこと言ってんだけど」
 「はい」
 「この合理主義のアメ公が!」
 「ひどいですよ!」

 俺は笑った。

 「アメリカもな、最初は強烈なロマンティストの国だったんだよ」
 「はい」
 「独立戦争でパトリック・ヘンリーが言った言葉を知っているか?」
 「いいえ」


 《我に自由を与えよ、しからずんば死を!( Give me liberty, or give me death!)》


 「アメリカはイギリスの支配下にあった。まあ、ピューリタンなんていう狂信者を国外へ追い出したっていうな。それでいろんなものを搾取していた。でもイギリスは強大で、アメリカには軍がなかった」
 「はい、知っています」
 「民兵なんて言ってるけど、その辺のオッサンたちだよ。正規軍には到底及ばない。点在してたんだしな」
 「はい」
 「しかし、パトリック・ヘンリーの言葉によって、全員がアメリカのために戦った。勝てないだろう戦いに身を投じていった。「自由」のためにな」
 「……」
 「後からイギリスが海軍だけだったとか、勝った理由を言ってる連中もいるけどなぁ。俺は当時のアメリカ人の魂が燃えたからだって知っている」
 「はい!」

 「レイ、戦うことを諦めるな!」
 「はい!」
 
 「じゃあ、またすき焼きを喰おうな!」
 「いえ、それはちょっと先で」




 俺たちは笑いながら帰った。
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