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千両、訪問。 Ⅱ

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 「菖蒲を花岡に嫁がせたのは、わしと斬が友人だったからだ」


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 花岡家は、当然ながら裏社会と通じていた。
 いや、力関係から言えば、君臨していたと言っていい。

 「花岡」の力によって、逆らう人間は殺され、組が潰された。
 一切の躊躇なく。
 一切の詫びも聞き入れられずに。

 千両弥太が立ったのは、そういう花岡を許せなかったためだ。
 40代半ば。
 剣の腕は冴え渡っていた。

 斬の前に立ち、無言で斬り込んだ。
 刃筋をずらして斬は腕で刀身を受けた。
 それでも骨を砕く勢いがあったはずだ。
 しかし斬に一切のダメージは無かった。
 斬はニタリと笑い、片手を揺らした。
 襲い来る「もの」を、千両が切り裂いた。

 斬の顔が驚愕に歪んだ。
 次の瞬間、高らかに笑った。

 「まさか、アレが斬られるとはな!」

 斬は千両を認め、千両の組は花岡家によって優遇されるようになった。
 そして千両の意見を受け入れ、花岡家は裏社会に君臨することを控えるようになった。

 千両は娘の菖蒲を斬の子、雅に嫁がせた。
 雅の人となりを、千両は気に入った。
 斬とは違う、歪みのない性格が信頼できた。
 花岡家は、雅の代に変わるのではないかと期待した。
 二人の間に栞が生まれ、やがて「業」が生まれた。
 千両は、自分の考えが甘かったことに気付いた。
 「業」は生まれながらに邪悪だった。

 何をしたというわけではない。
 しかし、裏社会で無数のクズを見て来た千両にはわかった。


 「魂」が穢れている。

 
 斬により「花岡」の英才教育を受けた「業」は、5歳にして殺人を犯した。
 家の手伝いの女性を、ボロ切れのように惨殺した。
 雅と菖蒲が問いただすと、

 「生きていてもしょうがない」
 と答えた。
 世の中には出せなかった。
 「業」の邪悪を全員が理解した。
 学校も行かず、花岡家の中で特殊な教育を受けた。
 家とは別な場所で生活させられた。

 15歳で、フランス外人部隊へ入れられた。
 それまでに、数十人を殺した。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「戦場では、数えきれないくらい殺しているだろう」
 千両が言った。

 「モザンビークの戦場では、「業」が一人で千人以上の完全武装の大隊を皆殺しにしたらしい。戦車まであったそうだ」
 「「業」は蓮華が世話していたのか」
 「そうだ。蓮華だけが殺されなかった。役に立ったからな」
 思った通りだった。

 「外人部隊でも持て余したんじゃないのか?」
 「あそこは優秀な指揮官がいる。悪魔の使い方を心得た奴もいるんだろう」
 「「業」の兵を知っているか?」
 「人形のことか」
 「ああ。戦ったことは?」
 「一度だけ、相手にさせられたことがある。逃げ出した人形を捕まえて欲しいと言われた」
 「それで?」
 「銃を持たせた若い奴らがみんな死んだ。五人だ。わしが仕留めた」
 「斬ったのか」
 「ああ。首を刎ねてもしばらく暴れていた」
 俺たちはしばらく話し込んだ。

 「千両。お前の見立てでいい。斬の所で何人か鍛えてもらえ」
 「分かった」
 「角刈り! お前も行け」
 「桜だ」
 「あ?」
 「俺の名前だ」
 「お前は角刈りだ! 生意気言うんじゃねぇ!」
 
 千両たちとは、栞の家で別れた。
 俺は亜紀ちゃんと帰った。

 「タカさん」
 「なんだ」
 「ついにヤクザの親分になっちゃいましたね」
 「なってねぇ!」
 「これから、千両さんたちをどうするんですか?」
 「さあなぁ」
 「全国制覇とか」
 「しぇねよ!」

 「えー、やりましょうよー」
 亜紀ちゃんが俺の腕を取って言う。

 「バカ言うな! 俺は一介の医者だ」
 「裏の顔でいいじゃないですか」
 「そんな医者はいねぇ!」
 冗談じゃねぇ。
  
 「じゃあ、どうして「花岡」を教えるんですか?」
 「あいつらが「業」の敵に回るなら、自衛手段が必要だろうよ」
 亜紀ちゃんが笑う。

 「タカさん、やっぱり優しいんですね!」
 「何を言う!」
 「あー、お腹空きましたね。お昼は牛丼ですよ!」
 「さっき喰ったろう。でも、そうだったのかぁ」
 「「アハハハハ!」」




 牛皿は喰おうと思った。
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