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「アデル様……! アデル様、大丈夫ですか!?」
「セム様、絶対にアデル様の両手を離さないように」
護衛の彼はこういったことに慣れているのか、ひどく落ち着いているように見える。
アデルの体調不良に気が動転しかけていた俺は、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
「すみません、医務室にいる方は一旦出ていってもらえますか!……セム様、私がアデル様を寝かしますから、両手は離さずに、そのまま腕を引いて……」
医務室に着くと、ヴィリは医師たちを追い出して、アデルを寝かせる。
「今魔法薬草を取って来ます。セム様、もうしばらく耐えれそうですか?」
「俺は大丈夫です。あと、俺の鞄も取ってきてもらえませんか? そこに前にアデル様へ渡した魔法薬草が入ってて……」
「かしこまりました」
駆け足で外へ出ていくヴィリの背中を見送ったあと、荒い息をするアデルへ向き直る。
……俺の手なんてどうでもいい。治癒魔法で治るんだから。
でもアデルの症状は……多分だけど治癒魔法では治らない。
「はぁ……どういうことなの……」
俺は両手を顔の前で合わせて、お願いするように目をつぶる。
アデル……わかんないことだらけだよ。どうしてそんなに苦しそうなの? 何が、君を苦しめてるの?
「……早く、よくなって……」
手の中でぱちっぱちっ、と火花が散る。
その度に脂汗が出そうなほど痛いけれど、俺よりももっとアデルの方が苦しそうだった。
治まれ、治まれ、治まれ…………
深く息を吸って、痛みを逃す。アデルの手が折れてしまいそうなほど強く握りしめていると、だんだん火花の弾ける回数が減ってきた。
「……?」
えっ、と思って目を開けると、心なしかアデルの額から汗が引いている。
……もしかして、お願いが通じた?
そんな祈りだけで治るとは到底思えない。でも、それでちょっとでもアデルが楽になるなら……
「お願い、お願い……アデルの熱が少しでも治まって……!」
俺は再度ぎゅっと目を閉じて唱える。手から火花が無くなって、熱が引いていく様を想像しながら、必死に心で祈った。
すると触れた手からアデルの熱が伝わり、俺の中に入ってくる感覚がする。火花は治り、熱い皮膚の体温だけが手の中に残る。
ヴィリが戻ってくる頃には、俺は滝のような汗をかき、一方アデルは落ち着いた呼吸を取り戻していた。
「……セム様、もしかして……」
「あっ、ヴィリさん! 俺の鞄から巾着出してもらえますか!?」
「あっ、はいっ!」
ヴィリに以前アデルに渡した魔法薬草を準備してもらい、アデルのおでこにのっけてもらう。
俺はほっと息を吐き、ゆっくりと手を離した。
「……セム様、手が……」
「うわっ、すごいことになってますね……」
見ると背筋が凍るから目を逸らす。ヴィリは治癒魔法が使えないのか、「すみません、今医師を呼んで……」と言いかけて、口を閉ざした。
「……ヴィリさん、アデル様に渡した魔法薬草と同じものをもう一個作ってもらえますか?」
「あ、はい……でも、医師をのところに行かれたほうが……」
「大丈夫です。あとで行きますから。今は……アデル様の容態が安定するまで、ここにいた方がいた方がいいでしょう?」
「……すみません。ありがとうございます」
何が『すみません』で何が『ありがとうございます』なのか、俺は魔法薬草で手を冷やしながら考えた。
「アデル様は……なんの病気なんですか?」
「…………」
ヴィリは黙ったまま答えない。彼にはアデルの病気を教える権限が無いのだろうか。
だから俺は今までの状況を整理して、もう一度問い返した。
「……きっと、アデル様の病気は治癒魔法では治らない。その上あまり人に知られたくない病気……だから医師をここに呼べないんですよね?」
ヴィリはそれでも何も言わない。気まずそうに、目を伏せるだけだ。
「……でも、俺なら治せるかもしれない……ヴィリさん、お願いです。ここで聞いたことは誰にも言いません。だから、アデル様がなんの病気なのか教えてください」
魔法薬草を握りしめ、ヴィリへ再度問いかける。
ヴィリは静かに目を閉じたあと、ゆっくりと瞼を開いた。
「……セム様のお話は、この冬休みの間、アデル様からよく聞いておりました」
ヴィリの声が、しんとした病室に響く。
「私はアデル様の専属の護衛で、幼い頃からこの人のわがままに付き合ってきたんですが……本当に久しぶりに、楽しそうに話すアデル様を見ました。だからなおのこと、私から話すことはできません。きっとすぐにアデル様は目を覚まされると思いますから……ご本人から聞いてください」
言葉を慎重に選びながら、ヴィリは話す。
長年連れ添った彼が言うのだから、多分アデルはすぐに目を覚ますのだろう。
けれど本人がちゃんと話してくれるかは、不安が残った。
……だって、俺とアデルの関係は、友人でもなければ恋人でもない。
ただの利害関係と言えば、それまでなのだ。
でも俺は……
「……一つ言えるのは、アデル様はこの病気のせいで大変難しい立場にいます。ですからもし、セム様がアデル様のご病気を本当に知りたいというのであれば……軽いお気持ちでは聞かないほうがよろしいかと。ただの護衛が、出過ぎた発言だとは思うのですが」
真剣な瞳を向けられ、俺は一瞬迷う。
そっか……病気を聞くってことは、アデルの事情に踏み込むということだ。
その覚悟が、俺にはあるのだろうか。
「セム様、絶対にアデル様の両手を離さないように」
護衛の彼はこういったことに慣れているのか、ひどく落ち着いているように見える。
アデルの体調不良に気が動転しかけていた俺は、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
「すみません、医務室にいる方は一旦出ていってもらえますか!……セム様、私がアデル様を寝かしますから、両手は離さずに、そのまま腕を引いて……」
医務室に着くと、ヴィリは医師たちを追い出して、アデルを寝かせる。
「今魔法薬草を取って来ます。セム様、もうしばらく耐えれそうですか?」
「俺は大丈夫です。あと、俺の鞄も取ってきてもらえませんか? そこに前にアデル様へ渡した魔法薬草が入ってて……」
「かしこまりました」
駆け足で外へ出ていくヴィリの背中を見送ったあと、荒い息をするアデルへ向き直る。
……俺の手なんてどうでもいい。治癒魔法で治るんだから。
でもアデルの症状は……多分だけど治癒魔法では治らない。
「はぁ……どういうことなの……」
俺は両手を顔の前で合わせて、お願いするように目をつぶる。
アデル……わかんないことだらけだよ。どうしてそんなに苦しそうなの? 何が、君を苦しめてるの?
「……早く、よくなって……」
手の中でぱちっぱちっ、と火花が散る。
その度に脂汗が出そうなほど痛いけれど、俺よりももっとアデルの方が苦しそうだった。
治まれ、治まれ、治まれ…………
深く息を吸って、痛みを逃す。アデルの手が折れてしまいそうなほど強く握りしめていると、だんだん火花の弾ける回数が減ってきた。
「……?」
えっ、と思って目を開けると、心なしかアデルの額から汗が引いている。
……もしかして、お願いが通じた?
そんな祈りだけで治るとは到底思えない。でも、それでちょっとでもアデルが楽になるなら……
「お願い、お願い……アデルの熱が少しでも治まって……!」
俺は再度ぎゅっと目を閉じて唱える。手から火花が無くなって、熱が引いていく様を想像しながら、必死に心で祈った。
すると触れた手からアデルの熱が伝わり、俺の中に入ってくる感覚がする。火花は治り、熱い皮膚の体温だけが手の中に残る。
ヴィリが戻ってくる頃には、俺は滝のような汗をかき、一方アデルは落ち着いた呼吸を取り戻していた。
「……セム様、もしかして……」
「あっ、ヴィリさん! 俺の鞄から巾着出してもらえますか!?」
「あっ、はいっ!」
ヴィリに以前アデルに渡した魔法薬草を準備してもらい、アデルのおでこにのっけてもらう。
俺はほっと息を吐き、ゆっくりと手を離した。
「……セム様、手が……」
「うわっ、すごいことになってますね……」
見ると背筋が凍るから目を逸らす。ヴィリは治癒魔法が使えないのか、「すみません、今医師を呼んで……」と言いかけて、口を閉ざした。
「……ヴィリさん、アデル様に渡した魔法薬草と同じものをもう一個作ってもらえますか?」
「あ、はい……でも、医師をのところに行かれたほうが……」
「大丈夫です。あとで行きますから。今は……アデル様の容態が安定するまで、ここにいた方がいた方がいいでしょう?」
「……すみません。ありがとうございます」
何が『すみません』で何が『ありがとうございます』なのか、俺は魔法薬草で手を冷やしながら考えた。
「アデル様は……なんの病気なんですか?」
「…………」
ヴィリは黙ったまま答えない。彼にはアデルの病気を教える権限が無いのだろうか。
だから俺は今までの状況を整理して、もう一度問い返した。
「……きっと、アデル様の病気は治癒魔法では治らない。その上あまり人に知られたくない病気……だから医師をここに呼べないんですよね?」
ヴィリはそれでも何も言わない。気まずそうに、目を伏せるだけだ。
「……でも、俺なら治せるかもしれない……ヴィリさん、お願いです。ここで聞いたことは誰にも言いません。だから、アデル様がなんの病気なのか教えてください」
魔法薬草を握りしめ、ヴィリへ再度問いかける。
ヴィリは静かに目を閉じたあと、ゆっくりと瞼を開いた。
「……セム様のお話は、この冬休みの間、アデル様からよく聞いておりました」
ヴィリの声が、しんとした病室に響く。
「私はアデル様の専属の護衛で、幼い頃からこの人のわがままに付き合ってきたんですが……本当に久しぶりに、楽しそうに話すアデル様を見ました。だからなおのこと、私から話すことはできません。きっとすぐにアデル様は目を覚まされると思いますから……ご本人から聞いてください」
言葉を慎重に選びながら、ヴィリは話す。
長年連れ添った彼が言うのだから、多分アデルはすぐに目を覚ますのだろう。
けれど本人がちゃんと話してくれるかは、不安が残った。
……だって、俺とアデルの関係は、友人でもなければ恋人でもない。
ただの利害関係と言えば、それまでなのだ。
でも俺は……
「……一つ言えるのは、アデル様はこの病気のせいで大変難しい立場にいます。ですからもし、セム様がアデル様のご病気を本当に知りたいというのであれば……軽いお気持ちでは聞かないほうがよろしいかと。ただの護衛が、出過ぎた発言だとは思うのですが」
真剣な瞳を向けられ、俺は一瞬迷う。
そっか……病気を聞くってことは、アデルの事情に踏み込むということだ。
その覚悟が、俺にはあるのだろうか。
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