252 / 400
【聖者の薔薇園-開幕】
247.熊と兎(ガイゼルside)
しおりを挟む唖然とした空気が流れる。
でけぇ図体で蹲りながら沈む熊の姿が異様で硬直する中、初めに動いたのは兎だった。
折れていた長い耳をピンと張り、毛並みをふわっと逆立てる。ぽてぽてとその場を一旦離れたかと思うと、助走をつけて走り出し熊に勢いよくドロップキックをかました。
兎より何倍もでかい体がどすっと倒れる光景、中々カオスだ。
「ぶべぁっクマッ!!何しやがるこの腹黒ウサギ!!」
その辺のガキでも大人でも、全員泣いて逃げだしそうなガタイの熊。ドスドスと地団駄を踏むと軽い地震が起こって床が揺れる。
兎はそんなリアルすぎる熊相手でも物ともせず、ふんっとそっぽを向いて辛辣な言葉を浴びせた。
「挨拶代わりぴょん。こんなんで倒れるとか、そのでかい体は飾りぴょん?」
「キーックマ!!相変わらずムカムカするクマ!!」
ドスドスと暴れる熊。体は兎の言う通りアレだが、動きが幼稚だからかあまり怖くはない気がしてきた。何というか、威圧感的なものが一切ない。オーラがゼロだ。
それにしても、コイツ例の熊だったのか。チビが大事にしてるっつーぬいぐるみ…それが燃えちまって兎が悲しんでたんだな。
さっきまであれだけ熊のボロを抱いて震えていたくせに、今は淡々とした態度で熊と接している。ピクピクと嬉しそうに揺れる丸い尻尾が感情を噓偽りなく表しているというのに、兎はツンとした態度を貫いていた。
コイツも中々に面倒な性格をしている。呆れながらも苦笑した。
「そのくらいデカかったら、もう簡単に燃やされないはずぴょん。精々周りを見て動けぴょん。ちんたらしてるから燃やされたりするんだぴょん」
「なんだとクマ!クマは悪くないクマ!ガシッと頭掴まれてぼわっと燃やされたんだクマ!どうしようもねークマ!」
「掴まれる前に躱せって言ってんだぴょん。のろまクマはほんとお馬鹿ぴょん。ウサがいないと何にもできないどうしようもないクマだぴょん」
ドスドス地団駄を鳴らす熊とツンとそっぽを向く兎。会話の内容はアレだが、一応普段通りのアホ共に戻ったようで何よりだ。
僅かながらもほっとしつつ本題に戻る。クマとウサギは無事だった。こっちの問題は解決だ。あとは最大の目的であるチビを何とかしねぇと…。
やかましく騒ぐデケェのとちっこいのを背に話し合いを始めた。
「さて、何やらそちらの問題も片付いたところで…フェリの話に戻りましょうか」
軽く手を叩いて切り出す皇太子に頷く。
これからどうするか。チビを助ける、というのが第一の目標だが、そもそもチビの目的が何なのかを把握しねぇとこっちの動きも定まらない。
神殿から脱出しようとしているのか、はたまた…。ギデオンに問うが、具体的な目的は聞き出していないらしい。こういう時だけ無能なのがクソ腹立つ。
「あー…まぁとりあえず、ギデオンがチビと別れたっつーとこまで行くか?」
チビに繋がる手がかりと言えばそれくらいしか無い。チビの足跡を追う、その程度だ。
他の連中もこれには異論が無いようで、特に反対されることなく次の動きが決まった。ギデオンがチビと別れた場所、そこまで行けば新たな手がかりが見つかるだろう。
ようやく次の動きが決まり、早速行くかと踏み出そうとした直後。
不意に廊下が騒がしくなりハッとする。どうやら長い間ここに居座り過ぎたらしい。この辺りの騒ぎを聞きつけた神殿連中共が駆け付けてきたようだ。
ざわざわと喧しく駆け込んでくる数人の神官と聖騎士。数はそれなりだが倒せない程でもない、が…出来ればこんなところで油を売るのは避けたい。
どうするべきかと考え込んでいると、ふと目の前にデカい図体が立ち塞がった。まるで自分を盾か壁にでもするように。
「ガオー!!クマッ!」
「ガオーは熊じゃないし語尾にクマついちゃってるぴょん。しっかりしろぴょん」
「ちょっと黙ってろクマ!精一杯怖そうにしてんだから余計なこと言うなクマ!!」
熊なんだか獅子なんだかよく分からん声を吠えるクマと普段通りの兎。
一体何事かと目を見開いていると、クマの姿を視認した神官と聖騎士共が突然慌て出した。
「なっ、なぜ熊がここにっ…!?」
「それもこれほど大きな個体…初めて見たぞ…ッ!!」
「おいッ…逃げないと食われちまうんじゃないか…!?」
恐怖の滲んだ声にそういうことかと納得する。
俺達の中ではこいつが例のアホクマであることを前提に理解しているから恐怖はないが、こいつらのようにただの熊として認識する連中にとっては恐怖の対象でしかないだろう。
元々、熊は野生動物の中でも警戒対象として最上位に位置するほど危険な動物。森やら山やらで鉢合わせたら真っ先に逃げろと国が警鐘を鳴らす程だ。下手をすれば下級の魔物よりも恐れられるほどかもしれない。
それが実際こんな場所にいて、それもこれだけデケェ個体なら尚更恐怖心は掻き立てられることだろう。
何故これだけデカいかと言えば、捕獲史上最も大きな個体、という名目で飾られていた標本がクマの体になったからというだけの話なんだが。
「お前ら、ここはウサ達に任せて先に行けぴょん」
クマの背に乗りこちらを振り返る兎。ゴリゴリの死亡フラグを語ってしまっているが大丈夫だろうか。
とは言えその提案が有難いものであることも事実。ディランと皇太子の二人と顔を見合わせ、数秒逡巡してから頷いた。
兎に視線を向けて答える。
「分かった。兎、テメェも精々気を付けろ。お前らが消し炭にでもなったらチビが悲しむからな」
「ふん。お馬鹿クマみたいな醜態は晒さないぴょん」
「クマは見るからに強いクマだから問題なしクマ!人間達はみーんな恐れおののいて逃げること間違いなしクマ!」
ドヤ顔しながら息巻く二体に溜め息を吐いた。
これだけ楽観した雰囲気を見てしまえば、こいつらなら大丈夫かと根拠のない信頼をしてしまっても仕方ない。
呆れながらも「頼んだぞ」と声を掛け、クマが神殿連中に襲い掛かった一瞬の隙をついて部屋から抜け出した。
181
お気に入りに追加
13,343
あなたにおすすめの小説
気付いたらストーカーに外堀を埋められて溺愛包囲網が出来上がっていた話
上総啓
BL
何をするにもゆっくりになってしまうスローペースな会社員、マオ。小柄でぽわぽわしているマオは、最近できたストーカーに頭を悩ませていた。
と言っても何か悪いことがあるわけでもなく、ご飯を作ってくれたり掃除してくれたりという、割とありがたい被害ばかり。
動きが遅く家事に余裕がないマオにとっては、この上なく優しいストーカーだった。
通報する理由もないので全て受け入れていたら、あれ?と思う間もなく外堀を埋められていた。そんなぽややんスローペース受けの話
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました
綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜
【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】
*真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息
「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」
婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。
(……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!)
悪役令息、ダリル・コッドは知っている。
この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。
ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。
最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。
そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。
そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。
(もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!)
学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。
そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……――
元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。