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第69話 大英雄、ようやくカルカットに到着する
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「やっと着いた……」
「やっと、ですね」
朝から出てようやく、俺たちはカルカットにたどり着いた。
いろいろなことがあり過ぎて、ドッと疲れてはいたが、門をくぐり創立祭の賑わいと活気の中に入ると、再び高揚感が湧き上がってきた。
「これが創立祭か。想像以上だな」
「すごい人ですね」
カルカット創立祭の最終日となった今日は、昨日とは比べ物にならないほどに人で賑わっていた。
街のいたるところで、大道芸やイベントなどが催されていて、そこには沢山の人混みが出来ていた。歩くのもやっとというほどの大通りの中で、人々の楽しそうな声がサラウンドスピーカーのように至る所から聞こえてきた。
「前に進むのも大変です。あ、アンクさま、見てください。あそこで何か人が……人が真っ二つに……!」
「あー……手品だろ」
「も、元に戻りました……」
「な」
「は、はい……」
レイナはそんな光景を見ながら、終始、目を丸くしていた。見るもの全てに反応しては、立ち止まってあっけに取られていた。
海の向こうの異国から来たと思われる、派手やかな衣装の人も沢山歩いていて、異次元に感じられるほどの賑わいだった。
「この街は毎日こんな感じなのですか」
「俺もびっくりだ……昨日はこんなにいなかったけど、やっぱり最終日ってこともあるんだろうな」
「人がまるで洪水のようです。水の中を歩いていくみたいです」
「広場はこの道をまっすぐだから、なんとか歩いていこう」
「……はい、がんばります」
人の流れに沿って進んでいく。通勤ラッシュに近い人口密度だ。普通に歩いているだけなのに、なんども人にぶつかってしまう。
割と人混みに慣れている俺でさえそんな調子だったから、外出慣れしていないレイナはひとたまりも無かった。
「あ、あんくさまー……! ま、まってくださいー!」
遠くの方から叫び声が聞こえた。
後ろを振り向くと、何度も人にぶつかったレイナは、完全に混乱してしまい人混みの中で呆然と立ちすくんでしまっていた。
「レイナ、大丈夫か!?」
「大丈夫で……はありません。すいません、進めませんー!」
「今、いくから!」
人混みを逆走して、レイナの元まで駆け寄る。
行き来する人の中で、呆然としている彼女は罠に引っかかって捕まった小鼠のようだった。
「あわわわ」
行き交う人はレイナがパニックに陥っていることも気にせずに、どんどんと追い越して、ぶつかっていく。真っ青な顔をしたレイナがそのたびに、小さな声で謝っていた。
「レイナ!」
震える彼女の手を掴んで、自分の方へと引き寄せる。手を強く掴んだ瞬間、レイナは小さな声で叫んだ。
「わ、わ」
足元からバランスを崩した彼女を、胸で抱きとめる。不安で震えていた身体をしっかりと抱きとめて、腰の方を支える。
「あわわわわわわ」
俺の顔を見たレイナは、顔を真っ赤にして誤った。
「も、申し訳ありません。人混みは……苦手で」
「よし、もう大丈夫、しっかり掴まってろよ」
「はい……」
申し訳なさそうにレイナは下を向いた。広場まではまだもう少し歩かなければ行けない。だが、人混みはその広場の方まで続いていて、レイナは不安そうに視線を揺らしていた。
……かなり強引だけど、これを使った方が良さそうだ。
「固定」
目の前を横切ろうとした人たちの動きを止める。レイナと俺が通れる分の道を作って歩いていく。通り終わったところで解除、それから、すぐに前方の動きを止める。
「固定、固定、固定、固定、固定」
人が海ならば、海を割って道を作るしかない。我ながら魔法を悪用しているなぁ、と思いながらスルスルと蛇のようにくぐり抜けていく。
「どうだ?」
「はい、ありがたいのですが……止めてしまっている人々に申し訳ない気がします」
「良いよ良いよ。止まっていることに気づかなければ、止まって無いのと一緒だから」
「乱暴な理論ですね……でも、助かります。とても歩きやすいです」
レイナはホッとしたように息を吐いて、俺の手を握った。
魔法を使い続けて、少し疲労も溜まっていたが問題ない。楽団がコンサートをしている広場まで行くと、出店目当ての人混みは少しだけ落ち着いていて、円形のステージではたくさんの人が踊っていた。
演奏されている曲は、金管楽器によるテンポの良い曲だった。ズンと響く心地よい低音と、手数の多い打楽器のリズムにのって、人々はクルクルと花のように踊っていた。
「まだやっていて良かった。それにしてもすごい盛り上がりだな」
「綺麗ですね」
「さ、俺たちも行こう。次の曲が始まる前に少し踊り方を覚えよう」
いろとりどりの花が咲くそのステージへ、レイナの手を取って誘導する。
「え……と」
初めて見るであろう光景に目を輝かせたレイナは、いざ目の前まで来ると、ステージに上がるのをためらった。ステージに続く小さな階段の前で立ち止まった彼女は、自分の呼吸を落ち着けるように胸に手を当てると、「よし」と言って視線をあげた。
「はい、よろしくお願いします。アンクさま……!」
緊張して強張った声だったが、嬉しそうに笑った顔が何より彼女の感情を物語っていた。
「よろしく、レイナ」
ステージ上に立って彼女の両手を握る。
円になってクルクルと回るような形のこの国のダンスは、いわゆるワルツと似ている。決められたステップもなく、ただリズムに合わせて自分なりのステップを踏めば良い。
俺も踊るのは子どもの時以来だったが、この世界の両親に教わったステップはちゃんと身体に染みついている。
「俺が引っ張るからその方向に動いてみようか。リズムに合わせて……ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー……」
「ワン、ツー、スリー……」
「そうそう、うまいうまい」
最初はぎこちないステップだったが、もともと身体能力が高いことも合って、レイナはすぐに踊りを覚えた。1曲目が終わる頃には随分と様になっていた。
「なんだ、上手じゃないか」
「アンクさまの教え方がうまいのです。ワン、ツー、スリー……」
「褒めても何も出ないぞ。よし、次は少し速い曲だ」
打楽器隊が数を増やして、賑やかなアップテンポの曲を始める。速いステップはリズムにのってしまえば、この上なく楽しい。ホールからあがる熱気がライト照らされていて、暗くなり始めた夜空にぼんやりと輝いていた。
「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー」
「ワン、ツー、スリー……」
最初は自分の足元しか見ていなかったレイナだったが、曲が進むに連れて周りの光景に目をやる余裕も出来た。丁寧にステップを踏みながら、彼女は穏やかに微笑んだ。
「あぁ……これはとても愉快ですね」
「な、ダンスって意外と楽しいだろ」
「はい、来て良かったです」
踊りながら、頬を上気させたレイナに心臓が鼓動を高ぶらせる。繋いだ手は熱く、ひしと握られていた。
幸せだと思う。
心の奥底から湧き上がってくる多幸感に、知らず知らず笑いが込み上げてきていた。
そんな俺をレイナは不思議そうな顔で覗き込んでいた。
「どうしました?」
「いや、こんな日々がずっと続けば良いのにな、と思って」
「こんな……とは?」
「何も考えずに踊ること。難しいことを何も考えない、好きな人と踊る楽しい日々が続くことだよ」
レイナはパァッと顔を赤くした後で、嬉しそうに笑った。
「…………続きますよ、きっと」
「そうだな」
気持ちは膨れ上がるように高揚し続けた。
永遠に張り裂けることがない風船のように、果てのない幸せはいつまでも心に打ち寄せ続けた。それこそ、壊れてしまうんじゃないかと思えるくらいに。
今が最上の幸福だと思えたと同時に、その事実は俺を寂しくさせた。
きっと、きっと、これからもっと幸せなことがある。俺はその未来を焦がれるほどに、信じたいと思った。
「やっと、ですね」
朝から出てようやく、俺たちはカルカットにたどり着いた。
いろいろなことがあり過ぎて、ドッと疲れてはいたが、門をくぐり創立祭の賑わいと活気の中に入ると、再び高揚感が湧き上がってきた。
「これが創立祭か。想像以上だな」
「すごい人ですね」
カルカット創立祭の最終日となった今日は、昨日とは比べ物にならないほどに人で賑わっていた。
街のいたるところで、大道芸やイベントなどが催されていて、そこには沢山の人混みが出来ていた。歩くのもやっとというほどの大通りの中で、人々の楽しそうな声がサラウンドスピーカーのように至る所から聞こえてきた。
「前に進むのも大変です。あ、アンクさま、見てください。あそこで何か人が……人が真っ二つに……!」
「あー……手品だろ」
「も、元に戻りました……」
「な」
「は、はい……」
レイナはそんな光景を見ながら、終始、目を丸くしていた。見るもの全てに反応しては、立ち止まってあっけに取られていた。
海の向こうの異国から来たと思われる、派手やかな衣装の人も沢山歩いていて、異次元に感じられるほどの賑わいだった。
「この街は毎日こんな感じなのですか」
「俺もびっくりだ……昨日はこんなにいなかったけど、やっぱり最終日ってこともあるんだろうな」
「人がまるで洪水のようです。水の中を歩いていくみたいです」
「広場はこの道をまっすぐだから、なんとか歩いていこう」
「……はい、がんばります」
人の流れに沿って進んでいく。通勤ラッシュに近い人口密度だ。普通に歩いているだけなのに、なんども人にぶつかってしまう。
割と人混みに慣れている俺でさえそんな調子だったから、外出慣れしていないレイナはひとたまりも無かった。
「あ、あんくさまー……! ま、まってくださいー!」
遠くの方から叫び声が聞こえた。
後ろを振り向くと、何度も人にぶつかったレイナは、完全に混乱してしまい人混みの中で呆然と立ちすくんでしまっていた。
「レイナ、大丈夫か!?」
「大丈夫で……はありません。すいません、進めませんー!」
「今、いくから!」
人混みを逆走して、レイナの元まで駆け寄る。
行き来する人の中で、呆然としている彼女は罠に引っかかって捕まった小鼠のようだった。
「あわわわ」
行き交う人はレイナがパニックに陥っていることも気にせずに、どんどんと追い越して、ぶつかっていく。真っ青な顔をしたレイナがそのたびに、小さな声で謝っていた。
「レイナ!」
震える彼女の手を掴んで、自分の方へと引き寄せる。手を強く掴んだ瞬間、レイナは小さな声で叫んだ。
「わ、わ」
足元からバランスを崩した彼女を、胸で抱きとめる。不安で震えていた身体をしっかりと抱きとめて、腰の方を支える。
「あわわわわわわ」
俺の顔を見たレイナは、顔を真っ赤にして誤った。
「も、申し訳ありません。人混みは……苦手で」
「よし、もう大丈夫、しっかり掴まってろよ」
「はい……」
申し訳なさそうにレイナは下を向いた。広場まではまだもう少し歩かなければ行けない。だが、人混みはその広場の方まで続いていて、レイナは不安そうに視線を揺らしていた。
……かなり強引だけど、これを使った方が良さそうだ。
「固定」
目の前を横切ろうとした人たちの動きを止める。レイナと俺が通れる分の道を作って歩いていく。通り終わったところで解除、それから、すぐに前方の動きを止める。
「固定、固定、固定、固定、固定」
人が海ならば、海を割って道を作るしかない。我ながら魔法を悪用しているなぁ、と思いながらスルスルと蛇のようにくぐり抜けていく。
「どうだ?」
「はい、ありがたいのですが……止めてしまっている人々に申し訳ない気がします」
「良いよ良いよ。止まっていることに気づかなければ、止まって無いのと一緒だから」
「乱暴な理論ですね……でも、助かります。とても歩きやすいです」
レイナはホッとしたように息を吐いて、俺の手を握った。
魔法を使い続けて、少し疲労も溜まっていたが問題ない。楽団がコンサートをしている広場まで行くと、出店目当ての人混みは少しだけ落ち着いていて、円形のステージではたくさんの人が踊っていた。
演奏されている曲は、金管楽器によるテンポの良い曲だった。ズンと響く心地よい低音と、手数の多い打楽器のリズムにのって、人々はクルクルと花のように踊っていた。
「まだやっていて良かった。それにしてもすごい盛り上がりだな」
「綺麗ですね」
「さ、俺たちも行こう。次の曲が始まる前に少し踊り方を覚えよう」
いろとりどりの花が咲くそのステージへ、レイナの手を取って誘導する。
「え……と」
初めて見るであろう光景に目を輝かせたレイナは、いざ目の前まで来ると、ステージに上がるのをためらった。ステージに続く小さな階段の前で立ち止まった彼女は、自分の呼吸を落ち着けるように胸に手を当てると、「よし」と言って視線をあげた。
「はい、よろしくお願いします。アンクさま……!」
緊張して強張った声だったが、嬉しそうに笑った顔が何より彼女の感情を物語っていた。
「よろしく、レイナ」
ステージ上に立って彼女の両手を握る。
円になってクルクルと回るような形のこの国のダンスは、いわゆるワルツと似ている。決められたステップもなく、ただリズムに合わせて自分なりのステップを踏めば良い。
俺も踊るのは子どもの時以来だったが、この世界の両親に教わったステップはちゃんと身体に染みついている。
「俺が引っ張るからその方向に動いてみようか。リズムに合わせて……ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー……」
「ワン、ツー、スリー……」
「そうそう、うまいうまい」
最初はぎこちないステップだったが、もともと身体能力が高いことも合って、レイナはすぐに踊りを覚えた。1曲目が終わる頃には随分と様になっていた。
「なんだ、上手じゃないか」
「アンクさまの教え方がうまいのです。ワン、ツー、スリー……」
「褒めても何も出ないぞ。よし、次は少し速い曲だ」
打楽器隊が数を増やして、賑やかなアップテンポの曲を始める。速いステップはリズムにのってしまえば、この上なく楽しい。ホールからあがる熱気がライト照らされていて、暗くなり始めた夜空にぼんやりと輝いていた。
「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー」
「ワン、ツー、スリー……」
最初は自分の足元しか見ていなかったレイナだったが、曲が進むに連れて周りの光景に目をやる余裕も出来た。丁寧にステップを踏みながら、彼女は穏やかに微笑んだ。
「あぁ……これはとても愉快ですね」
「な、ダンスって意外と楽しいだろ」
「はい、来て良かったです」
踊りながら、頬を上気させたレイナに心臓が鼓動を高ぶらせる。繋いだ手は熱く、ひしと握られていた。
幸せだと思う。
心の奥底から湧き上がってくる多幸感に、知らず知らず笑いが込み上げてきていた。
そんな俺をレイナは不思議そうな顔で覗き込んでいた。
「どうしました?」
「いや、こんな日々がずっと続けば良いのにな、と思って」
「こんな……とは?」
「何も考えずに踊ること。難しいことを何も考えない、好きな人と踊る楽しい日々が続くことだよ」
レイナはパァッと顔を赤くした後で、嬉しそうに笑った。
「…………続きますよ、きっと」
「そうだな」
気持ちは膨れ上がるように高揚し続けた。
永遠に張り裂けることがない風船のように、果てのない幸せはいつまでも心に打ち寄せ続けた。それこそ、壊れてしまうんじゃないかと思えるくらいに。
今が最上の幸福だと思えたと同時に、その事実は俺を寂しくさせた。
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