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物語の欠片
ラピスラズリの月光(ブラッディローズの約束の続き)
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翌朝、いつの間にか眠ってしまっていたらしい陽和は体を起こす。
ソファーに座ってリーゼの帰りを待っていたはずが、何故かベッドにいた。
「おはようございます」
廊下に出て声をかけてみたものの、返事が返ってこない。
ここはまだ夢の中なのかもしれない…そんなことを考えながら陽和は見知らぬ家を歩き回る。
突き当たりの扉を開けると、ソファーでリーゼが横になっていた。
美しさのあまり、見惚れて声をかけられなくなってしまう。
「……どうしてそんなに見つめるの?」
「あ、ごめんなさい!眠っているのを起こしたらいけないと思って、だけど綺麗で…ごめんなさい」
迷惑をかけてしまったらここにもいられなくなる…陽和の心にそんな恐怖が渦巻いているのをリーゼは知っている。
体をゆっくり起こし、陽和の頭を優しく撫でながら語りかけた。
「怒っているわけじゃない。朝早く起きるのが苦手だから、私が寝坊してしまっただけ。
起こしてくれてありがとう。それから…綺麗なんて言ってくれて、嬉しかった」
言葉にしなければ想いは伝わらない。…特に、相手の感情に敏感になりがちな陽和のような人には。
「ここに座ってて。食事を準備するから」
「私も、お手伝いを…」
「体中痛むでしょう?そういうときに無理をしたら傷が治らなくなる」
「は、はい。あの、リーゼさん」
「どうかした?」
「ありがとうございます」
一旦料理をしていた手を止め、リーゼは陽和に温度がない声で言った。
「お礼を言われるようなことは何もしていない。ただ、私がやりたいようにやっているだけだから」
平常心を保つため、一心不乱に包丁を振り続ける。
そうして完成した無心朝食を陽和に食べるよう勧める。
「足りなかったら言って。おかわりは沢山用意してあるから」
「本当に、食べていいんですか?」
「食べていい。それから、敬語なんて使わなくていい。きっと同い年くらいだろうから」
「話し方、昨日と少し違うんですね」
いつもの癖で外面で話してしまったのを思い出し、リーゼはなんとか誤魔化す。
「この家に泥棒が来たことがあったから、昔の貴婦人みたいに話してみただけ。素はこっち。
だから、陽和にも少しずつ敬語じゃない話し方をしてほしい」
「善処します」
陽和は本当に真面目な子だ。それは昔から変わっていない。
本人には言えない言葉を頭で整理しながら壁にかけてあるローブを羽織る。
「どこかへ、行っちゃうんですか?」
「心配しないで。すぐ戻るから。…ここでいい子にしていて」
「い、いってらっしゃい」
「いってきます」
誰かと挨拶をしたり、帰りを待っている人がいる暮らしは初めてに近い。
陽和のことを考えながら森のさらに奥深くへ進む。
そこでは1羽の烏が大人しく待っていた。
「…クロウ、手紙は持ってきてくれた?」
クロウと呼ばれたその烏は嘴に挟んでいた髪を渡す。
「ありがとう」
昼のさすような日差しが苦手なリーゼは、こうして太陽の光がほとんど届かない奥地で過ごすことが多い。
ただ、陽和をずっとひとりにしておいても大丈夫だろうか。
《蒼き月の君
今回の被害者は3人。全員に同じ噛み痕があり、同一犯であることは間違いない。
吸血鬼事件の再来と言われているが、君の意見を聞かせてもらいたい》
そう書かれた手紙への返事をすぐに用意する。
《白い月のお巡りさん
最近近くの村で人間を貪り食っているヴァンパイアがいることを確認。狙われているのが女性なら、恐らく紅き月のヴァンパイア。
高齢者が狙われている場合は50年以上100年以内生きているヴァンパイアの可能性が高い。分かったことがあれば連絡する》
「これをあの人に届けて」
一気に書き終えると、それをクロウに託して踵をかえして歩き出す。
まずはどんなことを話せばいいだろうと考えながら、ゆっくり家に戻った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
リーゼを待つ間、陽和は部屋の隅々まで掃除していたらしい。
「ありがとう。最近掃除をしていなかったから助かった」
「私にできるの、これくらいしかないから…」
「すごく助かった。お茶を淹れるから座ってて」
紅茶の用意をするリーゼに陽和は尋ねた。
「リーゼさんは、何かお仕事をしているんですか?」
「一応、探偵みたいなことをしている。森の中で自給自足には限界があるし、今の仕事は楽しいから」
「私にも、何かお手伝いできませんか?」
「あなたにはここにいてほしい。仕事は傷を治してから考えよう」
「分かりました」
陽和をしょんぼりさせたくないと考えたものの、リーゼにはこう答える以外の方法が分からなかった。
気づけばあたりはすっかり暗くなっていて、空にはほんの少し欠けた蒼い月が浮かんでいる。
「もう少ししたら夕飯にしよう」
「リーゼさんも、一緒に食べてくれますか…?」
「…分かった。ふたりで食べよう」
ぱっと明るくなる陽和の足元を見て、リーゼは心で小さく息を吐く。
蔦の痣がくっきり見えて、凝視しないように気をつけながら鉢植えを渡す。
「あの、これは…」
「あなたの仕事。これのお世話をしてほしい。今度少し遠い街にでかけてくるから、そのときにもう少し種類を増やす」
「が、頑張ります」
嬉しそうに植木鉢を見つめる陽和を見ていると苦しくなる。
それは蒼い月のせいなのか、喉が渇いてきたからか…今はそれ以外の答えを出したくない。
──3人の贄にはそれぞれ得意分野があると言われている。
炎の痣を司る贄は困っている人々に灯火を分け与えられる。
雫の痣を司る贄はいつでも実りの雨を降らせられる。
そして、蔦の痣を司る贄はどんな植物も満開にする。
それを知らない愚かな人間共、勘違いで自らの首を絞めてきたことを思い知れ。
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ブラッディローズの約束の続きを綴ってみました。
ソファーに座ってリーゼの帰りを待っていたはずが、何故かベッドにいた。
「おはようございます」
廊下に出て声をかけてみたものの、返事が返ってこない。
ここはまだ夢の中なのかもしれない…そんなことを考えながら陽和は見知らぬ家を歩き回る。
突き当たりの扉を開けると、ソファーでリーゼが横になっていた。
美しさのあまり、見惚れて声をかけられなくなってしまう。
「……どうしてそんなに見つめるの?」
「あ、ごめんなさい!眠っているのを起こしたらいけないと思って、だけど綺麗で…ごめんなさい」
迷惑をかけてしまったらここにもいられなくなる…陽和の心にそんな恐怖が渦巻いているのをリーゼは知っている。
体をゆっくり起こし、陽和の頭を優しく撫でながら語りかけた。
「怒っているわけじゃない。朝早く起きるのが苦手だから、私が寝坊してしまっただけ。
起こしてくれてありがとう。それから…綺麗なんて言ってくれて、嬉しかった」
言葉にしなければ想いは伝わらない。…特に、相手の感情に敏感になりがちな陽和のような人には。
「ここに座ってて。食事を準備するから」
「私も、お手伝いを…」
「体中痛むでしょう?そういうときに無理をしたら傷が治らなくなる」
「は、はい。あの、リーゼさん」
「どうかした?」
「ありがとうございます」
一旦料理をしていた手を止め、リーゼは陽和に温度がない声で言った。
「お礼を言われるようなことは何もしていない。ただ、私がやりたいようにやっているだけだから」
平常心を保つため、一心不乱に包丁を振り続ける。
そうして完成した無心朝食を陽和に食べるよう勧める。
「足りなかったら言って。おかわりは沢山用意してあるから」
「本当に、食べていいんですか?」
「食べていい。それから、敬語なんて使わなくていい。きっと同い年くらいだろうから」
「話し方、昨日と少し違うんですね」
いつもの癖で外面で話してしまったのを思い出し、リーゼはなんとか誤魔化す。
「この家に泥棒が来たことがあったから、昔の貴婦人みたいに話してみただけ。素はこっち。
だから、陽和にも少しずつ敬語じゃない話し方をしてほしい」
「善処します」
陽和は本当に真面目な子だ。それは昔から変わっていない。
本人には言えない言葉を頭で整理しながら壁にかけてあるローブを羽織る。
「どこかへ、行っちゃうんですか?」
「心配しないで。すぐ戻るから。…ここでいい子にしていて」
「い、いってらっしゃい」
「いってきます」
誰かと挨拶をしたり、帰りを待っている人がいる暮らしは初めてに近い。
陽和のことを考えながら森のさらに奥深くへ進む。
そこでは1羽の烏が大人しく待っていた。
「…クロウ、手紙は持ってきてくれた?」
クロウと呼ばれたその烏は嘴に挟んでいた髪を渡す。
「ありがとう」
昼のさすような日差しが苦手なリーゼは、こうして太陽の光がほとんど届かない奥地で過ごすことが多い。
ただ、陽和をずっとひとりにしておいても大丈夫だろうか。
《蒼き月の君
今回の被害者は3人。全員に同じ噛み痕があり、同一犯であることは間違いない。
吸血鬼事件の再来と言われているが、君の意見を聞かせてもらいたい》
そう書かれた手紙への返事をすぐに用意する。
《白い月のお巡りさん
最近近くの村で人間を貪り食っているヴァンパイアがいることを確認。狙われているのが女性なら、恐らく紅き月のヴァンパイア。
高齢者が狙われている場合は50年以上100年以内生きているヴァンパイアの可能性が高い。分かったことがあれば連絡する》
「これをあの人に届けて」
一気に書き終えると、それをクロウに託して踵をかえして歩き出す。
まずはどんなことを話せばいいだろうと考えながら、ゆっくり家に戻った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
リーゼを待つ間、陽和は部屋の隅々まで掃除していたらしい。
「ありがとう。最近掃除をしていなかったから助かった」
「私にできるの、これくらいしかないから…」
「すごく助かった。お茶を淹れるから座ってて」
紅茶の用意をするリーゼに陽和は尋ねた。
「リーゼさんは、何かお仕事をしているんですか?」
「一応、探偵みたいなことをしている。森の中で自給自足には限界があるし、今の仕事は楽しいから」
「私にも、何かお手伝いできませんか?」
「あなたにはここにいてほしい。仕事は傷を治してから考えよう」
「分かりました」
陽和をしょんぼりさせたくないと考えたものの、リーゼにはこう答える以外の方法が分からなかった。
気づけばあたりはすっかり暗くなっていて、空にはほんの少し欠けた蒼い月が浮かんでいる。
「もう少ししたら夕飯にしよう」
「リーゼさんも、一緒に食べてくれますか…?」
「…分かった。ふたりで食べよう」
ぱっと明るくなる陽和の足元を見て、リーゼは心で小さく息を吐く。
蔦の痣がくっきり見えて、凝視しないように気をつけながら鉢植えを渡す。
「あの、これは…」
「あなたの仕事。これのお世話をしてほしい。今度少し遠い街にでかけてくるから、そのときにもう少し種類を増やす」
「が、頑張ります」
嬉しそうに植木鉢を見つめる陽和を見ていると苦しくなる。
それは蒼い月のせいなのか、喉が渇いてきたからか…今はそれ以外の答えを出したくない。
──3人の贄にはそれぞれ得意分野があると言われている。
炎の痣を司る贄は困っている人々に灯火を分け与えられる。
雫の痣を司る贄はいつでも実りの雨を降らせられる。
そして、蔦の痣を司る贄はどんな植物も満開にする。
それを知らない愚かな人間共、勘違いで自らの首を絞めてきたことを思い知れ。
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ブラッディローズの約束の続きを綴ってみました。
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