裏世界の蕀姫

黒蝶

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夏彦ルート

第92話

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「…何してる」
「アッキー、なんでそんなに怒ってるの?」
夜、ふと目が覚めて窓辺から見える星を数えていると、何かを話す声が聞こえた。
「あの…入っても、いいですか?」
扉をたたいてみたものの、中から返事はない。
流石に何も持たずに行くのは申し訳なくて、冬真さんにお願いして持ってきてもらった茶葉を取り出す。
「…ソルトはここにいて」
起きあがろうとする猫にそう話しかけて、そのまま部屋の扉を開ける。
「すみません、お茶は…」
そこまで話して、私は固まってしまった。
夏彦の腕に巻かれていたのは見たことがない包帯で、留め方も冬真さんとは違う。
「悪いな、お嬢ちゃん」
「ごめんなさい、お邪魔しました…」
「いやいや、全然邪魔じゃないよ!寧ろ、ちょっと休憩を挟もうと思っていたところだったんだ。
ありがとう。声がしたから人数分淹れてきてくれたんでしょ?」
「あの、えっと…」
寝てなかったことを咎められるのではと思っていたけれど、夏彦はただ微笑んだ。
「やっぱり月見ちゃんは優しいね」
彼の声はいつもより少し弱々しくて、見ているだけで心配になる。
それに、あの腕の包帯は自分ひとりで巻くことはできないはずだ。
…秋久さんは、夏彦が怪我をしているのに気づいて注意していたのかもしれない。
「腕、どうしたんですか?」
「…ちょっと、転んじゃったんだ」
夏彦は今嘘を吐いた。
口角が片方しかあがっていないことに、彼はきっと気づいていない。
「そうか。…で、本当はどこで怪我したんだ?」
「ちょっとアッキー」
「転んだだけで火傷にはならないだろ?」
「それは…」
「…やかん、ひっくり返しちゃったんですか?」
秋久さんがふっと笑ってこちらを見るのとほぼ同時に、夏彦は顔色ひとつ変えずにこちらを見つめる。
「どうしてそう思ったの?」
「…顔や足にかからないように腕で庇うと、丁度そのあたりに火傷の傷ができるからです」
あの人たちに熱いやかんを押し当てられたことがある。
そのとき傷ができたのは、今夏彦の腕に包帯が巻かれているあたりだった。
……また嫌なことを思い出す。
「お嬢ちゃんは名探偵だな」
「そ、そんな、ことは…」
「月見ちゃん?」
あの人たちがやってきたらどうしよう…なんて考えても仕方がないのに、どうしても思い出してしまう。
…息が苦しい。頭がふらふらして、その場に倒れこみそうになる。
「…アッキー、ちょっと出てて」
「呼ばなくて大丈夫か?」
「うん。対処法なら春人に教えてもらったことがあるから」
上手く呼吸ができなくて、秋久さんが部屋を出ると同時にその場に崩れ落ちる。
杖だけで体を支えるのは限界だった。
「月見ちゃん、そのままゆっくり呼吸できる?」
「わ、私、大丈夫…です」
「本当に大丈夫なら、そんなに真っ青な顔にはならないよ」
そう言葉をかけられたかと思うと、夏彦に優しく抱きしめられる。
「…大丈夫だよ、俺が側にいるから」
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