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春人ルート
第66話
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「こ、これがレストランなんですね…」
「こういうところ、やっぱり初めてなんだ」
「外から見たことはありましたが、入ったことがありませんでした」
美味しそうな料理に、笑顔になっていく人々…その光景に何度憧れたことか。
「好きな殿を頼んで。日頃のお礼も兼ねてだから」
「えっと…」
卵がふわふわのオムライスをお願いすると、どうしてか驚かれてしまった。
「君が食べたいものを食べていいのに」
「ここに来られただけで、充分奇跡なので…」
「…それじゃあ、後でデザートも注文すること。流石にそれだけじゃお腹が減るだろうから」
「わ、分かりました」
有無を言わさない表情でこちらを見つめている春人に対して、そう答えるのでせいいっぱいだった。
「あの…怪我は、」
「そんなに心配しなくても、順調に回復してる。そろそろ完治させておきたいところではあるけど、こればっかりはどうこうできる問題じゃないから…」
「休まなくても、大丈夫なんですか?」
「もうそこまで重傷じゃない」
少しだけ素っ気なく感じたけれど、心配をかけないように振る舞ってくれているのは分かる。
「…ごめん。俺もこういう場所はあんまり慣れてないんだ。ただ、君に少しでも喜んでもらえたらって…」
だんだん声が小さくなっていく春人の方を見ると、頬が少し赤くなっていた。
「俺は、誰かを喜ばせることなんて考えてこなかったから…。他のメンバーならきっともっと上手くやっていったんだろうね」
彼は少し寂しそうに笑っているけれど、私は今の時間があるだけで充分だ。
言葉にしないと噛み合わなくなってしまいそうで、頭を動かしながらゆっくり話した。
「私は、春人と一緒にいられるだけでいいんです。今こうして一緒に食事ができたり、少しずつでも話ができたり…。
前の私ならこんなこと考えられませんでした。それを今できるのは春人のおかげで、あなたがいなかったら私はどうなっていたか…」
まとまらない言葉を並べながら、ただ目の前の彼を見つめた。
「他の誰かじゃなくて、春人がいいんです。春人が考えてくれたことが嬉しいんです。…ありがとうございます」
しばらく沈黙が流れる。
やっぱり私の言葉なんてぼろぼろで、このまま崩れていくしかないのだろうか。
「…まさかそんな熱烈に言われると思ってなかったから、ちょっと吃驚した。俺だから、か…」
そのとき、優しく手が伸ばされる。
リュックにいるラビとチェリーを通り越えて、その手は私の髪に触れた。
「ありがとう。そんなことを言われたのは初めてだ」
この瞬間だけは狙われているとか事件のこととかすっかり忘れて、とにかく心が温かくなった。
春の陽だまりというのは、もしかするとこんな感じだったかもしれない。
「こういうところ、やっぱり初めてなんだ」
「外から見たことはありましたが、入ったことがありませんでした」
美味しそうな料理に、笑顔になっていく人々…その光景に何度憧れたことか。
「好きな殿を頼んで。日頃のお礼も兼ねてだから」
「えっと…」
卵がふわふわのオムライスをお願いすると、どうしてか驚かれてしまった。
「君が食べたいものを食べていいのに」
「ここに来られただけで、充分奇跡なので…」
「…それじゃあ、後でデザートも注文すること。流石にそれだけじゃお腹が減るだろうから」
「わ、分かりました」
有無を言わさない表情でこちらを見つめている春人に対して、そう答えるのでせいいっぱいだった。
「あの…怪我は、」
「そんなに心配しなくても、順調に回復してる。そろそろ完治させておきたいところではあるけど、こればっかりはどうこうできる問題じゃないから…」
「休まなくても、大丈夫なんですか?」
「もうそこまで重傷じゃない」
少しだけ素っ気なく感じたけれど、心配をかけないように振る舞ってくれているのは分かる。
「…ごめん。俺もこういう場所はあんまり慣れてないんだ。ただ、君に少しでも喜んでもらえたらって…」
だんだん声が小さくなっていく春人の方を見ると、頬が少し赤くなっていた。
「俺は、誰かを喜ばせることなんて考えてこなかったから…。他のメンバーならきっともっと上手くやっていったんだろうね」
彼は少し寂しそうに笑っているけれど、私は今の時間があるだけで充分だ。
言葉にしないと噛み合わなくなってしまいそうで、頭を動かしながらゆっくり話した。
「私は、春人と一緒にいられるだけでいいんです。今こうして一緒に食事ができたり、少しずつでも話ができたり…。
前の私ならこんなこと考えられませんでした。それを今できるのは春人のおかげで、あなたがいなかったら私はどうなっていたか…」
まとまらない言葉を並べながら、ただ目の前の彼を見つめた。
「他の誰かじゃなくて、春人がいいんです。春人が考えてくれたことが嬉しいんです。…ありがとうございます」
しばらく沈黙が流れる。
やっぱり私の言葉なんてぼろぼろで、このまま崩れていくしかないのだろうか。
「…まさかそんな熱烈に言われると思ってなかったから、ちょっと吃驚した。俺だから、か…」
そのとき、優しく手が伸ばされる。
リュックにいるラビとチェリーを通り越えて、その手は私の髪に触れた。
「ありがとう。そんなことを言われたのは初めてだ」
この瞬間だけは狙われているとか事件のこととかすっかり忘れて、とにかく心が温かくなった。
春の陽だまりというのは、もしかするとこんな感じだったかもしれない。
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