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夏彦ルート
第42話
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夏彦の過去は、私が想像していたよりもずっと残酷だった。
昔話をする彼はなんだか寂しそうな瞳をしていたけれど、その色はやがて憎しみに変わってしまう。
誰に対するものなのかなんてすぐに分かったけれど、そこには触れずに別の話をしてもらうことにした。
「夏樹はすごい人だったんだ。沢山の人たちを救って…今でも俺の憧れ。
俺なんかよりずっとできることがあって、あんなふうになりたいって心のどこかで思ってる」
「たとえば、どんなことが得意だったんですか?」
「そうだな…料理は俺より上手かったし、裁縫もできた。
あとは、ギターが上手で周りの人たちをよく楽しませてた」
ギターというものが私にはあまり分からない。
ただ、難しいのだろうということはなんとなく理解した。
「それって、どうやって演奏するんですか?」
「…知りたい?」
「知りたい、です。本物は見たことがないから…」
何かの雑誌だったか、どこかのお店だったか。
【ハイドランジア】まで向かう道の途中で見かけたことはある。
ただ、どんな音が鳴るのかまでは全く知らない。
「俺はあんまり得意じゃないんだけど、ちょっとやってみるね」
本物の演奏を聴くのは初めてで、思わず見惚れてしまっていた。
夏彦から感じていたピリピリした空気さえも消しとんで、ふたり揃って楽しくなってきたみたいだ。
「…すごい。初めてだったけどわくわくした」
「あれ、それじゃあまた俺が月見ちゃんの初めてをもらっちゃったんだね」
彼の瞳からはすっかり怒りが消え失せていて、とても安心した。
あの勢いでは、本当に誰かを傷つけてしまいそうで…勘違いだったのかもしれないけれど、とにかく不安だったのだ。
「なんていう曲なんですか?」
「…『蕾』。兄貴はもっとすごかったんだけどね」
「本当にかっこよかったです」
「喜んでもらえたならよかった。…ただ、しばらく店は開けられないな」
「あの人たちがくると、大変なことになるからですか?」
「そう。もしあいつらが来たら、お客様にも迷惑をかけちゃうからね。
…もしかすると、引っ越さないといけないかもしれない」
そう話すと、夏彦は寂しそうに笑った。
どんなに大切なものでも手放さないといけない…そんな理不尽をずっと背負ってきたのだろうか。
「月見ちゃん、次の家が決まるまでは…」
私は、無意識のうちに夏彦を抱きしめてしまっていた。
彼の孤独に寄り添いたくて、ただ側にいたくて……もしも離してしまったら、光に溶けて消えてしまいそうな気がして。
「ごめんなさい…」
ここに私がいなければ、優しい彼を苦しめなかったかもしれない。
──あの人たちの言うとおり、私は周りに不幸をばらまいてしまうんだ。
昔話をする彼はなんだか寂しそうな瞳をしていたけれど、その色はやがて憎しみに変わってしまう。
誰に対するものなのかなんてすぐに分かったけれど、そこには触れずに別の話をしてもらうことにした。
「夏樹はすごい人だったんだ。沢山の人たちを救って…今でも俺の憧れ。
俺なんかよりずっとできることがあって、あんなふうになりたいって心のどこかで思ってる」
「たとえば、どんなことが得意だったんですか?」
「そうだな…料理は俺より上手かったし、裁縫もできた。
あとは、ギターが上手で周りの人たちをよく楽しませてた」
ギターというものが私にはあまり分からない。
ただ、難しいのだろうということはなんとなく理解した。
「それって、どうやって演奏するんですか?」
「…知りたい?」
「知りたい、です。本物は見たことがないから…」
何かの雑誌だったか、どこかのお店だったか。
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ただ、どんな音が鳴るのかまでは全く知らない。
「俺はあんまり得意じゃないんだけど、ちょっとやってみるね」
本物の演奏を聴くのは初めてで、思わず見惚れてしまっていた。
夏彦から感じていたピリピリした空気さえも消しとんで、ふたり揃って楽しくなってきたみたいだ。
「…すごい。初めてだったけどわくわくした」
「あれ、それじゃあまた俺が月見ちゃんの初めてをもらっちゃったんだね」
彼の瞳からはすっかり怒りが消え失せていて、とても安心した。
あの勢いでは、本当に誰かを傷つけてしまいそうで…勘違いだったのかもしれないけれど、とにかく不安だったのだ。
「なんていう曲なんですか?」
「…『蕾』。兄貴はもっとすごかったんだけどね」
「本当にかっこよかったです」
「喜んでもらえたならよかった。…ただ、しばらく店は開けられないな」
「あの人たちがくると、大変なことになるからですか?」
「そう。もしあいつらが来たら、お客様にも迷惑をかけちゃうからね。
…もしかすると、引っ越さないといけないかもしれない」
そう話すと、夏彦は寂しそうに笑った。
どんなに大切なものでも手放さないといけない…そんな理不尽をずっと背負ってきたのだろうか。
「月見ちゃん、次の家が決まるまでは…」
私は、無意識のうちに夏彦を抱きしめてしまっていた。
彼の孤独に寄り添いたくて、ただ側にいたくて……もしも離してしまったら、光に溶けて消えてしまいそうな気がして。
「ごめんなさい…」
ここに私がいなければ、優しい彼を苦しめなかったかもしれない。
──あの人たちの言うとおり、私は周りに不幸をばらまいてしまうんだ。
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