裏世界の蕀姫

黒蝶

文字の大きさ
169 / 385
夏彦ルート

第42話

しおりを挟む
夏彦の過去は、私が想像していたよりもずっと残酷だった。
昔話をする彼はなんだか寂しそうな瞳をしていたけれど、その色はやがて憎しみに変わってしまう。
誰に対するものなのかなんてすぐに分かったけれど、そこには触れずに別の話をしてもらうことにした。
「夏樹はすごい人だったんだ。沢山の人たちを救って…今でも俺の憧れ。
俺なんかよりずっとできることがあって、あんなふうになりたいって心のどこかで思ってる」
「たとえば、どんなことが得意だったんですか?」
「そうだな…料理は俺より上手かったし、裁縫もできた。
あとは、ギターが上手で周りの人たちをよく楽しませてた」
ギターというものが私にはあまり分からない。
ただ、難しいのだろうということはなんとなく理解した。
「それって、どうやって演奏するんですか?」
「…知りたい?」
「知りたい、です。本物は見たことがないから…」
何かの雑誌だったか、どこかのお店だったか。
【ハイドランジア】まで向かう道の途中で見かけたことはある。
ただ、どんな音が鳴るのかまでは全く知らない。
「俺はあんまり得意じゃないんだけど、ちょっとやってみるね」
本物の演奏を聴くのは初めてで、思わず見惚れてしまっていた。
夏彦から感じていたピリピリした空気さえも消しとんで、ふたり揃って楽しくなってきたみたいだ。
「…すごい。初めてだったけどわくわくした」
「あれ、それじゃあまた俺が月見ちゃんの初めてをもらっちゃったんだね」
彼の瞳からはすっかり怒りが消え失せていて、とても安心した。
あの勢いでは、本当に誰かを傷つけてしまいそうで…勘違いだったのかもしれないけれど、とにかく不安だったのだ。
「なんていう曲なんですか?」
「…『蕾』。兄貴はもっとすごかったんだけどね」
「本当にかっこよかったです」
「喜んでもらえたならよかった。…ただ、しばらく店は開けられないな」
「あの人たちがくると、大変なことになるからですか?」
「そう。もしあいつらが来たら、お客様にも迷惑をかけちゃうからね。
…もしかすると、引っ越さないといけないかもしれない」
そう話すと、夏彦は寂しそうに笑った。
どんなに大切なものでも手放さないといけない…そんな理不尽をずっと背負ってきたのだろうか。
「月見ちゃん、次の家が決まるまでは…」
私は、無意識のうちに夏彦を抱きしめてしまっていた。
彼の孤独に寄り添いたくて、ただ側にいたくて……もしも離してしまったら、光に溶けて消えてしまいそうな気がして。
「ごめんなさい…」
ここに私がいなければ、優しい彼を苦しめなかったかもしれない。


──あの人たちの言うとおり、私は周りに不幸をばらまいてしまうんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...