168 / 385
夏彦ルート
第41.5話
しおりを挟む
…そう、あの家に家族なんて呼べる人間はもういない。
話しながら少しうんざりしてくる。
「それは、どういうことですか?」
月見ちゃんが不思議がるのも無理はないだろう。
今の発言だけでは、あまりにも言葉が足りなさすぎる。
「俺には、夏樹っていう名前の兄貴がいたんだ。俺があの家にいたのは兄貴がいたからで、あいつらの為じゃない」
話せば話すほど腹が立ってくる。
あの頃はまだ非力で何もできなかった。
俺のせいで兄は殺されてしまったようなものだ。
「それでは、その…お相手のことを人殺しと言っていたのは、お兄さんを殺した方だからなんですね」
「うん。俺は兄貴がいてくれれば、それだけで充分幸せだったよ」
…そう、ずっと幸せだった。
カルテットのなかには不遇だったメンバーが多い。
それもあって、あのなかではましな方だったと思う。
「だけど、その幸せは長くは続かなかった。…兄貴が仕事でいない日が増えて、ある日突然死んだって知らされたんだ」
「…それなら、どうやって殺されてしまったことを調べたんですか?」
月見ちゃんはぼんやりしているようで人のことをよく見ている。
今回もこちらの反応を時折確認するように窺っているが、そう簡単に表情を崩したりはしない。
…とはいえ、彼女は意識的に人の顔色を気にしているわけではないだろうが。
「兄が請け負っていた任務は、国家機密に関わるようなことだったらしい。
だから、詳細データは確認できなかったんだけど…本当は俺がやらないといけない仕事だったんだって」
「え…?」
「未熟者だし、失敗しても簡単に切り捨てられるからだったんだろうね。
だけど、俺はその事を知らなかった。…兄が俺に知らせるのを止めたから」
あの依頼を兄が受けたなんて、未だに信じられない。
だが、それはきっと……
「お兄さんの、優しさだったんですね」
「…俺もそう思ってる。あの頃は、あの家がそんな犯罪紛いのことをしているなんて思ってなかった。ただの情報収集が仕事だと思ってたんだ。
だから、その事実に嫌気がさして家を出た。…それで、あの人たちが沢山の人たちを傷つけてきた分、誰かの助けになろうと思って、今の状態を選んだんだ」
月見ちゃんは黙ったまま最後まで聞いてくれた。
俺は絶対に赦せない。
俺の幸せを奪ったあいつらも、欲望だらけのこの世界も…あまりに非力だった自分自身も。
だから、もしまたあいつがきたそのときは──
「あの…お兄さんの話を、もう少し聞いてもいいですか?」
「いいよ、自慢の兄貴だから!」
危うく無垢な彼女には聞かせられないような言葉が口から出てしまうところだった。
仕草に気をつけながら、兄について話してみることにする。
彼女は一体、どんな気持ちで聞いているのだろうか。
話しながら少しうんざりしてくる。
「それは、どういうことですか?」
月見ちゃんが不思議がるのも無理はないだろう。
今の発言だけでは、あまりにも言葉が足りなさすぎる。
「俺には、夏樹っていう名前の兄貴がいたんだ。俺があの家にいたのは兄貴がいたからで、あいつらの為じゃない」
話せば話すほど腹が立ってくる。
あの頃はまだ非力で何もできなかった。
俺のせいで兄は殺されてしまったようなものだ。
「それでは、その…お相手のことを人殺しと言っていたのは、お兄さんを殺した方だからなんですね」
「うん。俺は兄貴がいてくれれば、それだけで充分幸せだったよ」
…そう、ずっと幸せだった。
カルテットのなかには不遇だったメンバーが多い。
それもあって、あのなかではましな方だったと思う。
「だけど、その幸せは長くは続かなかった。…兄貴が仕事でいない日が増えて、ある日突然死んだって知らされたんだ」
「…それなら、どうやって殺されてしまったことを調べたんですか?」
月見ちゃんはぼんやりしているようで人のことをよく見ている。
今回もこちらの反応を時折確認するように窺っているが、そう簡単に表情を崩したりはしない。
…とはいえ、彼女は意識的に人の顔色を気にしているわけではないだろうが。
「兄が請け負っていた任務は、国家機密に関わるようなことだったらしい。
だから、詳細データは確認できなかったんだけど…本当は俺がやらないといけない仕事だったんだって」
「え…?」
「未熟者だし、失敗しても簡単に切り捨てられるからだったんだろうね。
だけど、俺はその事を知らなかった。…兄が俺に知らせるのを止めたから」
あの依頼を兄が受けたなんて、未だに信じられない。
だが、それはきっと……
「お兄さんの、優しさだったんですね」
「…俺もそう思ってる。あの頃は、あの家がそんな犯罪紛いのことをしているなんて思ってなかった。ただの情報収集が仕事だと思ってたんだ。
だから、その事実に嫌気がさして家を出た。…それで、あの人たちが沢山の人たちを傷つけてきた分、誰かの助けになろうと思って、今の状態を選んだんだ」
月見ちゃんは黙ったまま最後まで聞いてくれた。
俺は絶対に赦せない。
俺の幸せを奪ったあいつらも、欲望だらけのこの世界も…あまりに非力だった自分自身も。
だから、もしまたあいつがきたそのときは──
「あの…お兄さんの話を、もう少し聞いてもいいですか?」
「いいよ、自慢の兄貴だから!」
危うく無垢な彼女には聞かせられないような言葉が口から出てしまうところだった。
仕草に気をつけながら、兄について話してみることにする。
彼女は一体、どんな気持ちで聞いているのだろうか。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
従姉と結婚するとおっしゃるけれど、彼女にも婚約者はいるんですよ? まあ、いいですけど。
チカフジ ユキ
恋愛
ヴィオレッタはとある理由で、侯爵令息のフランツと婚約した。
しかし、そのフランツは従姉である子爵令嬢アメリアの事ばかり優遇し優先する。
アメリアもまたフランツがまるで自分の婚約者のように振る舞っていた。
目的のために婚約だったので、特別ヴィオレッタは気にしていなかったが、アメリアにも婚約者がいるので、そちらに睨まれないために窘めると、それから関係が悪化。
フランツは、アメリアとの関係について口をだすヴィオレッタを疎ましく思い、アメリアは気に食わない婚約者の事を口に出すヴィオレッタを嫌い、ことあるごとにフランツとの関係にマウントをとって来る。
そんな二人に辟易としながら過ごした一年後、そこで二人は盛大にやらかしてくれた。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする
冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。
彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。
優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。
王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。
忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか?
彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか?
お話は、のんびりゆったりペースで進みます。
怒れるおせっかい奥様
asamurasaki
恋愛
ベレッタ・サウスカールトンは出産時に前世の記憶を思い出した。
可愛い男の子を産んだその瞬間にベレッタは前世の記憶が怒涛のことく甦った。
日本人ので三人の子持ちで孫もいた60代女性だった記憶だ。
そして今までのベレッタの人生も一緒に思い出した。
コローラル子爵家第一女として生まれたけど、実の母はベレッタが4歳の時に急な病で亡くなった。
そして母の喪が明けてすぐに父が愛人とその子を連れて帰ってきた。
それからベレッタは継母と同い年の義妹に虐げられてきた。
父も一緒になって虐げてくるクズ。
そしてベレッタは18歳でこの国の貴族なら通うことが義務付けられてるアカデミーを卒業してすぐに父の持ってきた縁談で結婚して厄介払いされた。
相手はフィンレル・サウスカールトン侯爵22歳。
子爵令嬢か侯爵と結婚なんて…恵まれているはずがない!
あのクズが持ってきた縁談だ、資金援助を条件に訳あり侯爵に嫁がされた。
そのベレッタは結婚してからも侯爵家で夫には見向きもされず、使用人には冷遇されている。
白い結婚でなかったのは侯爵がどうしても後継ぎを必要としていたからだ。
良かったのか悪かったのか、初夜のたったの一度でベレッタは妊娠して子を生んだ。
前世60代だった私が転生して19歳の少女になった訳よね?
ゲームの世界に転生ってやつかしら?でも私の20代後半の娘は恋愛ゲームやそういう異世界転生とかの小説が好きで私によく話していたけど、私はあまり知らないから娘が話してたことしかわからないから、当然どこの世界なのかわからないのよ。
どうして転生したのが私だったのかしら?
でもそんなこと言ってる場合じゃないわ!
あの私に無関心な夫とよく似ている息子とはいえ、私がお腹を痛めて生んだ愛しい我が子よ!
子供がいないなら離縁して平民になり生きていってもいいけど、子供がいるなら話は別。
私は自分の息子の為、そして私の為に離縁などしないわ!
無関心夫なんて宛にせず私が息子を立派な侯爵になるようにしてみせるわ!
前世60代女性だった孫にばぁばと言われていたベレッタが立ち上がる!
無関心夫の愛なんて求めてないけど夫にも事情があり夫にはガツンガツン言葉で責めて凹ませますが、夫へのざまあはありません。
他の人たちのざまあはアリ。
ユルユル設定です。
ご了承下さい。
【完結】公爵令嬢ルナベルはもう一度人生をやり直す
金峯蓮華
恋愛
卒業パーティーで婚約破棄され、国外追放された公爵令嬢ルナベルは、国外に向かう途中に破落戸達に汚されそうになり、自害した。
今度生まれ変わったら、普通に恋をし、普通に結婚して幸せになりたい。
死の間際にそう臨んだが、気がついたら7歳の自分だった。
しかも、すでに王太子とは婚約済。
どうにかして王太子から逃げたい。王太子から逃げるために奮闘努力するルナベルの前に現れたのは……。
ルナベルはのぞみどおり普通に恋をし、普通に結婚して幸せになることができるのか?
作者の脳内妄想の世界が舞台のお話です。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】
皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」
お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。
初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。
好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。
******
・感想欄は完結してから開きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる