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6・御剣走小学五年生、只今3級。

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帰宅した俺は風呂と夕飯の準備が整うまでの間、呼ばれるまで自分の部屋にこもる事にした。


「走、今日の内にちゃんと宿題済ませてしまいなさいよ!」


夕食の準備を始めたお母さんが、二階に上っていく俺に声を掛ける。


「するー!」


おざなり程度に返事をして部屋に入った俺は、担いだリュックを部屋の隅に下ろして即、ベッドにダイブした。

手には俺のスマホ。
ベッドにうつ伏せに寝転がり、すぐにお母さんから送って貰った真弓の写真を確認する。


黒いタンクトップ姿の大きな真弓の胸に抱きかかえられた俺の写真をスマホの画面に出す。

コレ…俺…半目開いていて口も半開きだし、かなり変な顔をしている。
そんな俺を横抱きした真弓は、困ったように苦笑した顔をしていた。
凶悪な見た目なクセに、物凄く優しい顔をして笑っている。

……カッコいい……て言うか……何か可愛い?



「真弓、腕ふッと…たくましいなぁ…
マッチョって、こーゆうの言うんだっけ?」



お母さんが送ってくれた写真は、真弓の膝下までが写っている。
画面を指でスイスイと動かし、画像を拡大して真弓の顔をアップにして見た。
苦笑している真弓は目が細くなり、俺の好きなあの灰水色の瞳は見えない。
これはこれで、貴重な密着ツーショットなんだけど。


俺は改めて、真弓が自撮りしてくれた写真を開いた。



「!!ひぐっ!!!」



思わずおかしな声が出た。
構えていたハズなのに、画面いっぱいに現れた真弓のどアップ写真に強い衝撃を受けてしまう。

カメラに向けた真弓の目線は画面越しに俺に向けられており、水色と灰色の混ざった様な両方の目が俺を見詰めているみたいだ。

緩く波打つ金髪と、肌をうっすらと覆う色素の薄いうぶ毛やヒゲまでよく見える。
口に咥えたタバコだけが、プラプラ揺らされていたせいかブレており、思わず笑ってしまった。


「真弓って……オッサンなんだなぁ……」


当たり前の事を口に出しながらも、だから興味が無いなんて思えない自分が居る。
幼かった頃の様に、お嫁さんにしたいなんて思うのは非現実的だとも分かっている。

それでも、それに近しい感情は今も捨てきれてない。

いや、違う。

ラファエル皇子がオッサンになっていたのを知り、俺は自分の恋は終わったと思った。

今あるこの気持ちは、今の真弓を見て今の真弓を好きになった。
きっかけはラファエル皇子でも、ラファエル皇子だから真弓が好きなわけじゃない。

俺は……きっと、本気で真弓が好きだ。


ムクリとベッドで身体を起こし、勉強机前のコルクボードに貼った真弓に貰ったWラファエル皇子二人のピース写真を見る。


隣でピースしている大人のラファエル皇子、主人公の城之内ヤスヒロの存在が、何だか鬱陶しくウザい。
ハッキリ言えば邪魔。


俺は城之内ヤスヒロの姿を隠す様に、最近撮った俺の写真を上に重ねてピンで留めた。

実際には20年も昔の俺が生まれる前に撮られた写真だと分かっていたけど、神鷹真弓の隣には誰にも並んで居てほしくなかった。


ピースするキレイなラファエル皇子の隣に、同じ様に俺がピースする写真を貼った俺は変な満足感を得た。


「よし!」


よし!なんて言ったけど、誰かに見られたらイタイって言われそうだよな、これって…。

自分の行動が少し恥ずかしくなって、俺はまがい物のツーショット写真から目を逸した。



明日は日曜日……お父さんは休みだ。
土曜日の今日が休みだった真弓は明日、仕事なのだろうか。
何の仕事をしているんだろう。
悪いとは思ったけど、真弓の名前をスマホで検索してみた。
子役とか、ラファエル皇子の少年時代役といった俺も既に知っている昔の情報は少しだけ出るけど、画像も出ないしコレと言った情報は他には出ない。

だから、俳優は……今はしていないっぽい。


「あまりお金持ってるように見えなかったもんな……
服は着物かタンクトップだし…
家も古いショーワの家だし…
昨日は休みだって言ってたけど、ちゃんとした仕事してないのかな……。」


毎日暇なら、会いに行っても大丈夫だろうか?

でも明日は俺が……忙しい。
真弓に会いに行きたいのに、行けない。



「しっ、しつこい男は嫌われるってなんかで聞いたし!
昨日会ったばかりなのに、3日連続で会いに行ったら嫌われるかも知んないし!!」


俺は自分に言い聞かせる様に口に出して言う。
我慢する理由を自分の耳で聞いて納得するために。


でも……メッセージ送る位ならしてもいい…かな…?



「今日でなくて!
今日は会ったからしないけど!
明日なら……だ、大丈夫かな……?」



「らーん、宿題済んだぁ?
ご飯出来たから降りてきなさーい。」



階下から、お母さんが俺を呼ぶ声がした。



「い、今行く!宿題は風呂入ってからー!」



真弓にメッセージを送るか送らないかで悶々としていた俺は、焦ったようにベッドの上にスマホをポンと投げて、慌てて部屋を出た。










夢で逢えたら━━そんな言葉を聞いた事がある。

夢に見るほど好きだとか、よく聞くんだけど……

俺は恋に落ちた小学一年生の頃から今日に至るまで、残念ながら夢の中でラファエル皇子に会った事が無い。

もう、ラファエル皇子は夢に出なくていい。


真弓が夢に出て来てくれないかな…どんなに態度悪くてもいい。
例えば、こんな風に悪態をついて…

「ナニ見てやがんだ!クソガキ!」なんて言ったり


「ヘイヘイ、ナニ見てんだ?こんガキゃあ」なんて言ったり


………思いつく悪態の種類が少ないな。
しかも俺、ガキって言われてんのばかり。


でも……やっぱり似合うな、ガラの悪い真弓も。


もっと他の悪い感じ、何か無いのか?

他にも真弓に似合う…
ヒーローものに出る悪い役だけどカッコいい。
ダークヒーローのような……

あ、それも何かカッコよくて絶対に似合う!



思考が脱線した俺は、一晩中真弓の色んなアレコレを考え過ぎて、眠れなかった。


夕飯を食べた後に風呂に入って、さっさと宿題を済ませてベッドに入ったものの、色々考え過ぎてちゃんと寝れなかった…。


目覚ましが鳴る前にベッドから出た俺は、寝不足気味でふらふらになりながら階段を降りて行く。

階下のキッチンで、朝食の支度を終えたばかりのお母さんが俺の姿を見て声を掛けて来た。



「おはよー走。
やだ!走!ふらふらじゃない!
アンタまさか、緊張して眠れなかったの!?」



「うん…考え事していたら寝れなかった…。」



「考え事?試験の事?ちょっとー。
そんなので、今日の試験は大丈夫なの?」



「試験の時は、気合入れて頑張る。」



俺は今日、習っている少林寺拳法の昇給試験を受ける。
現在3級の俺は、今日2級の試験を受けるのだ。


特撮ヒーローが好きな俺は小さい頃、やんちゃを通り越してかなり乱暴者だったらしく……

ヒーローの真似をして何にでも飛び蹴りを食らわせるのが好きな、おバカな幼稚園児だった。

そんな俺を、いつか怪我をするのじゃないかと心配したお父さんと
そんな俺に、庭に植えたばかりの桜の木をキックで折られてブチ切れしたお母さんが、
正しい身体の動かし方云々と礼節を身に着けさせるために俺に少林寺拳法を習わせる事にしたんだそうだ。


小学一年生になってから通い始め、今は普通に楽しくなって通い続けている。



「ホントに大丈夫なのー?」



「大丈夫。小学生の内に黒帯になりたいから、頑張る。」



俺はパジャマ姿のまま「クワァ」と欠伸をしてダイニングテーブルの席につき、お母さんが出してくれた野菜オレンジジュースを飲んだ。


左手にはスマホを握って。


携帯には、今日同じく試験を受ける仲間達からのメッセージも入っていた。



━━緊張する!
━━ヤバい!宿題の作文ぜんぜん自信無い!
━━オレも!!なぁ、走は?



それらのメッセージを既読スルーして俺は真弓のページを開く。


まだ互いに一回もメッセージのやり取りをしていない。



━━おっ…!!おはようって真弓にメッセージ送りたい…!
今、何してる?って聞きたい!
いや、まだ寝てるだろ!!朝の6時だし。
でも…でも!!せっかく連絡先教えて貰えたのに!━━



「ねぇお母さん!!
おはようって、メッセージ送ってもいいかな!!」



「え?誰に!?あ、まさか神鷹さん!?
やめときなさい!
こんな朝早くに迷惑でしょ!
あんた、ファン熱が度を越していて怖いわよ!」



一人で考えても埒が明かない事に我慢が出来なくて、思わず「いいんじゃない?」との同意を求めて、お母さんにメッセージを送って良いか聞いてしまった。

誰にとは言わなかったのにお母さんは、俺が真弓にメッセージを送りたがっていると、すぐ気づいた。

で……怖いと言われた……。


俺、真弓に「コワっ」って思われるかも知れなかったんだ……


俺はスマホをテーブルに置いた。
そのスマホを、ほっぺたをテーブルに張り付かせるように顔を置いた俺が暗い顔をして眺める。


俺の行動がいつ、真弓に「コワっ」て思われるか分からない。
俺にとっては、大好きな真弓ともっと仲良くなりたい、繋がりたいと思っての行動が、真弓には面倒で鬱陶しいと思われるかも知れない。
俺の行為は真弓からしたら、ただの病的なファンの暴走。


何気にショックだった……。



「ちょっと……走、あんた本当に大丈夫なの?
そんな死にそうな顔して……試験ちゃんと受けれる?」



声を出す気力も無くした俺は無言で、頷くように首を一回動かした。




ブブッ


スマホが短く振動し、テーブルに頬を張り付かせた俺の耳に煩い程の振動音が入った。


黒く閉じた状態だった俺のスマホの画面が明るくなり、開いたままの真弓のページに、第一号の新しいメッセージが届いていた。



━━━おはよーさん



たった6文字の短いメッセージ。それだけなのに……

真弓からメッセージが来ただけで、こんなにも幸せだと思えるなんて。
テレビなんかの受け売りじゃないけど、幸せを感じ過ぎて、俺生まれてきて良かった!って思ってしまうなんて。

自分でも信じられない位に、スマホを握りしめ浮かれている俺がいる。



「真弓から、おはよーってメッセージ来たぁ!!
ヤバい!お母さん、どうしよう!」



「……どうしようって、おはようございますって返せばいいでしょ?
あ!そうだ!
今から試験だから、応援してて下さいって送ったら?」



「真弓が俺を応援!?
そんなのもぉ、絶対合格するしかないじゃん!」



お母さん!ナイス!!


俺はスマホを持ち、真弓にメッセージを打ち始めた。


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