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十一月『羅刹女』
閑話:尾前一派
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尾前一族は帝国司書隊にて、主に禁書の研究に携わっていた家系である。かつての長・尾前春正は八田幽岳と共に帝国司書隊を築き上げた盟友であり、個人的な友好関係にもあった。その関係は帝国司書隊内の潤滑油としても有効に作用し、最初期の隊の和気藹々とした雰囲気に多大な影響を与えたともいえよう。
尤も、この二家が帝国司書隊に与えた影響というのは、先述した円満具足ぶりによる良好な雰囲気というよりも――これより後に起きる、ある事件を発端とした確執のほうが実は遥かに大きい。帝国司書隊発足時の尾前一族と八田一族、この両者の友好的関係が、今は跡形もないことだけは明確であった。
現在から三十年前――藤京禁書事件や鍔倉家惨殺事件が発生するよりもさらに二十年前――七本三八がまだ八田光雪として帝国司書隊に在籍していた時代に、事は起きた。
当時、総統補佐を勤めていた尾前春正が、何者かによって暗殺されたのである。実行犯こそ解明されることはついぞなかったが、しかし、現場に残された痕跡からして、帝国司書隊内部の者による犯行であることは明白であった。
「春正様を殺したのは八田一族だ」
「八田一族は帝国司書隊を掌握するつもりだ」
誰かが、唐突にそんなことを言った。初めの頃こそ、憶測に過ぎない発言に耳を貸す者はそう多くなかったが、少し後の時代の言葉を借りるならば『嘘も百回いえば真実になる』ということで。帝国司書隊はほどなくして、八田一族を擁護する者たちと、尾前一族を支援する者たちによって二分された。後の世にいう、『帝国司書隊内部抗争』である。
かつて手を取り合った両者は互いに衝突し合い、蹴落とし合い、果てには一部で殺し合いなども起こった――などという惨たらしいことこの上ない記録が残るに至った。
結果として、勝利を収めたのは八田一族であり、敗北した尾前一族の大半は反逆者として粛清、温情をかけられた者は追放となった。
さて、尾前一族と尾前一派――同じ名前を冠したこの両者は何が違うのか。それは、そもそもなぜこのような内紛が起きたのか、起きねばならなかったのか――という話をせねばならない。
帝国司書隊の内紛は簡単に言えばクーデターであった。それを起こしたのは、暗殺された尾前春正の長男――尾前冬嗣とその支援者であるとされている。というのも、冬嗣の抱いていた思想はまさしく、禁書を兵器として用いることで諸外国に対抗しようという突飛なものであった。禁書兵器の作成は現在に至るまで国際規定によって禁じられているのだが、そんなの知ったことか、というのがこの男の主張である。自身と相反する思想――禁書の脅威から人民を救わんと研究を重ねていた――父・春正を邪魔者として排除し、八田一族を槍玉に挙げることで内紛を起こし、帝国司書隊を自身の支配下に置こうとした、というのが現在の主な見解だ。
厄介なことに、この尾前冬嗣は粛清されなかった。自身の起こした抗争が不利になったと見るや、忽然と姿を消したのである。
そして現在――尾前一派と呼ばれる禁書の兵器化を目論む一団を率いた彼は、その二十年後に起きた鍔倉家惨殺事件や藤京禁書事件にも関与した疑いをかけられ、現在も帝国司書隊から行方を追われている――。
物語は、十二月に続く――
尤も、この二家が帝国司書隊に与えた影響というのは、先述した円満具足ぶりによる良好な雰囲気というよりも――これより後に起きる、ある事件を発端とした確執のほうが実は遥かに大きい。帝国司書隊発足時の尾前一族と八田一族、この両者の友好的関係が、今は跡形もないことだけは明確であった。
現在から三十年前――藤京禁書事件や鍔倉家惨殺事件が発生するよりもさらに二十年前――七本三八がまだ八田光雪として帝国司書隊に在籍していた時代に、事は起きた。
当時、総統補佐を勤めていた尾前春正が、何者かによって暗殺されたのである。実行犯こそ解明されることはついぞなかったが、しかし、現場に残された痕跡からして、帝国司書隊内部の者による犯行であることは明白であった。
「春正様を殺したのは八田一族だ」
「八田一族は帝国司書隊を掌握するつもりだ」
誰かが、唐突にそんなことを言った。初めの頃こそ、憶測に過ぎない発言に耳を貸す者はそう多くなかったが、少し後の時代の言葉を借りるならば『嘘も百回いえば真実になる』ということで。帝国司書隊はほどなくして、八田一族を擁護する者たちと、尾前一族を支援する者たちによって二分された。後の世にいう、『帝国司書隊内部抗争』である。
かつて手を取り合った両者は互いに衝突し合い、蹴落とし合い、果てには一部で殺し合いなども起こった――などという惨たらしいことこの上ない記録が残るに至った。
結果として、勝利を収めたのは八田一族であり、敗北した尾前一族の大半は反逆者として粛清、温情をかけられた者は追放となった。
さて、尾前一族と尾前一派――同じ名前を冠したこの両者は何が違うのか。それは、そもそもなぜこのような内紛が起きたのか、起きねばならなかったのか――という話をせねばならない。
帝国司書隊の内紛は簡単に言えばクーデターであった。それを起こしたのは、暗殺された尾前春正の長男――尾前冬嗣とその支援者であるとされている。というのも、冬嗣の抱いていた思想はまさしく、禁書を兵器として用いることで諸外国に対抗しようという突飛なものであった。禁書兵器の作成は現在に至るまで国際規定によって禁じられているのだが、そんなの知ったことか、というのがこの男の主張である。自身と相反する思想――禁書の脅威から人民を救わんと研究を重ねていた――父・春正を邪魔者として排除し、八田一族を槍玉に挙げることで内紛を起こし、帝国司書隊を自身の支配下に置こうとした、というのが現在の主な見解だ。
厄介なことに、この尾前冬嗣は粛清されなかった。自身の起こした抗争が不利になったと見るや、忽然と姿を消したのである。
そして現在――尾前一派と呼ばれる禁書の兵器化を目論む一団を率いた彼は、その二十年後に起きた鍔倉家惨殺事件や藤京禁書事件にも関与した疑いをかけられ、現在も帝国司書隊から行方を追われている――。
物語は、十二月に続く――
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