彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第三章 名無しのエトランゼ

3‐16

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「聖別騎士……!」


 以前ヨシツグが率いていたエトランゼの集団を襲い、単騎で大打撃を与えたその鎧姿が、再びそこにあった。


「こいつ、あの時の……!」


 かつて戦い、歯が立たなかった記憶を思い出してトウヤが起き上がりながら苦々しい顔をする。

 一方のヴェスターは最早考えることも阿呆らしいとばかりに、魔剣を振り上げて聖別騎士へと襲い掛かっていた。

 魔剣と聖別された剣がぶつかり合い、お互いが干渉して金属同士とは異なる音が鳴り響き、二つの間に力場が生まれては消えていく。


「ヨハン! 行けるのか……?」

「行ける。こいつがカーステンの切り札なら、こいつを仕留めれば勝てる」

「でも……!」

「聖別騎士を倒す。俺はそう判断した」


 そう宣言すると、トウヤはそれ以上は何も言わずに黙って頷く。

 そして今も切り結ぶヴェスターの援護をするべく、聖別騎士の側面から斬りかかり、炎を浴びせた。


「やっぱり……! 単純に炎だけじゃ効かない!」

「坊主! なんとか火力あげたりはできねえのか!」

「これでも前よりは上がってるんだよ!」


 回転するように聖別騎士が剣を振るい、二人はそれを回避するために同時に距離を取る。


「ちっ。硬てぇ!」


 精密に、それも恐ろしい速度で振るわれる剣を逸らし、本体に剣を叩きつけたところで、魔剣すらも弾く堅牢な装甲にはかすり傷程度しか付けることはできない。


「俺が足を止める! 坊主、お前の炎と剣で何とかしろ!」

「なんとかしろって言ったって!」


 ヴェスターが剣を弾き、攻撃をいなす。

 その間にトウヤは炎を全力で剣に纏わせて、聖別騎士の首辺りを狙って斬りかかる。


「このおおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 斬撃と熱の合わせ技が、じりじりと聖別騎士の装甲を溶かしにかかるが、相手もそれを待ってくれるほど悠長ではない。

 剣を手放し体術でトウヤを引き剥がしにかかると、すぐさま地面に落ちている剣を拾い上げながら縦に振り上げる。

 そうすることでヴェスターと距離を離しながら、取りついていたトウヤを遠ざけた。


「おい、ヨハン!」

「判ってる」


 既に装填は完了。

 砲身の先は聖別騎士を向いている。

 無茶な動きで二人を引き剥がした奴は、咄嗟に避けることもままならない。


「大口径の徹甲弾だ。こいつなら聖別騎士の装甲も撃ち抜ける」


 耳をつんざくような射撃音と、両腕に伝わる膨大な衝撃で放たれた弾丸は、真っ直ぐに聖別騎士の胴体へと吸い込まれていく。

 鎧に施された魔法の防御を貫き、堅牢な金属の守りをぶち抜いて、その弾丸は内部にいる人間の身体へと飛び込んでいった。

 肉が裂ける音がして、弾丸によって穿たれた穴から血が飛び散る。

 間違いなく、致命傷を与えた。


「おぉ! やるじゃねえか!」

「まだだ!」


 それでも聖別騎士は止まらない。

 剣を振り上げて、目下の脅威となったヨハンへと地面を蹴った。

 それを咄嗟に、ヴェスターとトウヤが目の前に立って押し留める。

 邪魔者を蹴散らそうと振り下ろされた剣を受け止めながら、ヴェスターは苦しそうな声を上げた。


「おぉい! なんで顔面を狙わなかったんだよ!」

「狙ったが外れたんだ!」


 がちゃりと、空になった薬莢が放出される。


「なら次だ!」

「痺れが取れるまで時間を稼いでくれ」


 次弾の装填は済んでいるが、絶大な反動がもたらす痺れはしばらくヘヴィバレルを持つことすらできないほどだった。


「マジかよ! 肝心なところで使えねえな!」

「文句言ってる暇あったら……!」


 ヴェスターに支えを任せて、トウヤは聖別騎士の足元に潜りこむ。

 剣を足を払うように振るい、相手の態勢を崩させた。


「やるじゃねえか坊主!」


 その間にヴェスターは飛び上がり、脳天に斬撃を叩き込む。

 ガキンと弾かれる音はしたが、衝撃自体は充分に内部に伝わったようで、一瞬聖別騎士はよろめいた。


「このまま倒しちまうぞ!」


 続いて胴体に剣を押し付けるようにしてその身体を地面に押し倒す。

 腹に風穴が空いた聖別騎士は踏ん張ることができず、そのまま仰向けに倒れた。


「ここは俺に!」


 左手を押し付けて、トウヤが全力で炎を放つ。

 鎧全体を包み、内部まで焦がすような炎が赤々と燃え盛っていく。


「仕留めたか!?」

「いや、まだ生きてる!」


 炎の放出を終えたトウヤが飛び退りながらそう返事をした。


「マジかよ……。中に入ってるのって本当に人間なのか!?」


 トウヤの言葉通り、まだ聖別騎士は生きていた。

 起き上がり、地面に落ちていた剣を掴むと再度ヨハンに向けて進行を開始する。


「内部に施された魔法によって、戦いながら傷を癒すこともできるんだろう。それどころか、時間をかければ鎧自体も自己修復することができる」

「お前よぉ、冷静に分析してる場合じゃねえだろ」

「……判ってる」


 ヘヴィバレルを持ったヨハンが前進。

 幸いと、聖別騎士はそれを迎え撃つべく剣を構える。

 そこに両側から、ヴェスターとトウヤが攻撃を仕掛ける。

 すぐさま迎撃する聖別騎士だが、ヴェスターはその剣を巻き込むように器用に絡め捕りその腕から取り落とさせた。

 反対側のトウヤは胴体に鋭い踏み込みからの一撃を叩き込み、その身体をよろめかせる。

 その隙に、ヨハンは聖別騎士のすぐ傍に立っていた。

 ヘヴィバレルを斜め上に構え、照準はその心臓へ。


「この距離なら外さん」


 再度襲いくる衝撃と共に放たれた弾丸は、今度こそ聖別騎士の心臓に吸い込まれ、巨大な穴を穿った。

 どれほど堅牢な鎧に護られていても、心臓を撃ち抜かれて生きていける生き物はいない。

 聖別騎士はぐらりと揺れると、轟音を響かせて仰向けに倒れた。


「お見事です! ここは我々にお任せを!」

 ちょうど追いついてきた兵達が、士気も高くそう声を掛ける。

「遅せえんだよ! ここは任せた!」

「後は……!」


 追いついてきた後続達と改めて連携を取る形を造り、そのまま敗北する敵兵に追撃を掛ける。


「死にたくなければ武器を捨てろ!」


 トウヤの炎が掠められた敵兵が戦意を失い、武器を捨てて投降する。


「き、貴様等! 武器を捨てるとは何事だ! エトランゼの混血の軍如きに……!」


 そう叫ぶカーステンは、もう既にすぐ傍にまで近付いて来ていた。

 彼等が陣を張ったネフシルまではまだ距離がある。最早、逃げ切ることは叶わないだろう。

 健気にもカーステンに従い、最後まで抵抗の意を示す兵達は、神々の名を口にしながら武器を前に突きだしてくる。


「エイスナハルのご加護を!」

「あんたらは馬鹿かよ! こんなところに、こんな地獄を神様が見てるわけないだろうが!」


 熱を持った剣がそれを薙ぎ払う。

 その目に怒りを宿したトウヤは今、カーステンの目の前に立っていた。


「穢れた者共が……!」


 吐き捨てるような言葉には、何の感情も抱かない。

 最早彼に対しての感情の針は振りきれていた。

 戦いに対して未だ躊躇いを持つトウヤも、この時ばかりは全くそれを見せずに、剣を振り上げる。

 その一撃は、小さな抵抗としてカーステンが構えた剣を弾き飛ばす。

 続く刃がその胴体を狙う。

 しかし、トウヤの刃はカーステンに触れることはなかった。

 目の前に何者かが立っている。頭に血が上っていたとはいえ、気配すら感じなかったその事実に、トウヤは本能的に危機感を覚えてその場から後退る。


「――ほう。勘は良いようだ。退かぬようなら首を飛ばしていたところだ」


 不可思議な光景だった。

 その男の格好には見覚えがある。元に居た世界にあったものだ。

 だが、余りにも非日常的な服装。

 着物に袴。その上に羽織を着込んだ風袋に、長い髪を髷に結ったその姿はまるで時代劇の中の人物のよう。

 そして二本の刀を帯びに差したその姿は、間違いなく元の世界のドラマの中で目にしたことのあるそれだった。


「さ、侍……?」

「はじめてそう呼ばれたが、存外に嬉しきことよ。拙も憧れからその真似をしているならばなおのこと」

「……やっぱり現代人なんだな? 俺と同じように、エトランゼとしてこの世界に来ちゃった」

「如何にも。元はつまらぬ男だった。普通に生きて、死ぬだけのな」

「エトランゼならなんであいつの味方をするんだよ! あいつが、カーステンが何をしたのか判ってるのか?」

「判っているとも。実に不満なことだ。だが、拙はそちら側についただけの話。その程度の些事で付く方を変えていては、世は成り立たぬ」

「だからって……!」

「おい! 貴様はホーガン卿子飼のエトランゼだな!? 本来ならば私を助けるという栄誉を与えられることすら勿体ないというのに、何を敵と喋っている!? 貴様なんぞは……!」


 自分が有利になったと見るや、横合いから喚きたてていたカーステンの声が止まる。

 いつ抜刀したのかも見えないような速度で、その首筋には鈍色に光る片刃の刃が、触れるか触れないかの位置に制止していた。


「静まれよ、貴族殿。今自分で言っただろう? 拙もエトランゼであると。だとすれば同胞を殺された恨みを、理性で抑え込んでいるとどうして想像できぬ? そして余計な一言がその壁を決壊させ、戦場につまらぬ事故を生むことがあるという事実も」

 刃がゆっくりと退けられる。

 そこから納刀までの流麗な仕草に、思わずトウヤは見惚れていた。


「退かれよ、貴族殿。拙はそれが仕事故ここに来た。戻ってもらわねば不愉快な気分を押してきた意味がない」


 舌打ちを一つして、カーステンは転がるように逃げ去っていく。

 それを追おうとしたトウヤの目の前には、今しがた収めたばかりの刃が、陽の光を反射して存在を強調していた。


「死合う前に、お互いに名乗るとしよう」

「……トウヤだ」

「いい名だ。拙の名はコテツ。では、始めるとしよう。ここは戦場、手間を食っては最上の獲物を奪われるとも限らん」


 背筋を駆け上がるような悪寒があった。

 咄嗟にトウヤはその場から飛び退き、コテツと距離を取る。

 つい先程、一瞬前までトウヤの首があった場所を、音もなく、流れるような動きでその刀身が通過していったのが見えた。


「なっ……!」

「やはり戦場となれば首を狙ってこそ、よな」


 左手に炎を集める。

 それよりも早く、コテツの影が目の前に迫っていた。


「はやっ……!」


 無我夢中で差し出した剣が、コテツの刀を弾く。


「くはっ」


 コテツが笑った。

 その太刀筋はまるで鳥が空を飛ぶように、魚が悠々と水を泳ぐように、ありのままで、美しい。

 が、それだけではない。

 重い。流麗な見た目とは裏腹に、これまで受けたどの攻撃よりも重く、受けただけでトウヤはよろめき、反撃の息を吐く暇もない。

 小さな火花が二人の間に弾ける。


「ほう」


 それを避けるためにコテツは一歩退いた。

 その間隙を逃すわけにはいかない。

 トウヤは剣を構え直し、前に踏み込む。

 コテツの身体を肩で押し込むようにして距離を取って、炎の軌跡を纏った剣を振るうが空を切る。

 たった半歩身を逸らしただけで、それを回避して見せた。


「そんな……!」

「悪くはないぞ、その太刀筋。そして踏み込みに至る決断力、見事だ」

「くそっ」


 闇雲に炎を放つ。


「無粋、と言うつもりもないが」


 触れれば火傷は必至の炎の塊。

 トウヤの放つギフトを前にしても、コテツは一切焦った様子もない。

 それどころかゆったりとした、とも見える仕草で刀を構えると、その炎を一刀のもとに切り捨てて見せた。


「些か弱い。必殺であるならば相応の時にすべきだな。このように」


 ――その刹那、間違いなくトウヤは死んでいた。

 一寸の乱れもないコテツの太刀は、一切の慈悲もなく、トウヤの首を斬り落としていたところだった。

 ――彼が、何を思ったのかその手を止めてさえいなければ。


「いや、やはり気が変わったな」

「何のつもりだ……!」


 気付けばトウヤは尻餅をついていた。死への恐怖からか、無意識に身体も震えている。

 そんなものは既に克服したはずだった。冒険者として戦いに出て、それなりに修羅場をくぐってきた自負もある。

 そればかりか、今は戦場に立っているのだ。そんなものに今更怯えていては、トウヤという人間は成り立たない。

 だが、それを超えるほどの圧倒的な死の恐怖。

 御使いの非現実染みた力とはまた違う一つの頂を目の前にして、トウヤは確かに畏怖を覚えていた。


「そうしてしまえば震える子供よ。その首に価値はない」

「馬鹿にするな!」

「そうやって吠えるだけが何よりの証。斬る価値もない、と言ったところよな。それにどうやら、時間切れのようだ」


 いつの間にか辺りには味方の兵が多数集まり、この辺りにいたカーステンの部下は大半が捕虜となっていた。


「ではな。少年、また会おう」


 踵を返し、コテツは戦場から去っていく。

 そうして間もなくして、辺りからは勝利を知らせるための鬨の声が上がった。

 寡兵での勝利、それも敵の先陣に大打撃を与えたこの快挙に多くの者達は喜び、明日まで命が繋がったことを隣の仲間達と噛みしめる。

 一先ずは大勝利、作戦は成功と言っていいだろう。少し離れたところにいるヨハンも、ヴェスターに肩を叩かれ嫌そうな顔をしながらも、その表情からは張りつめたものは消えている。

 しかし、とてもではないがトウヤはそこに混ざり合う気分にはなれそうになかった。
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