彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

文字の大きさ
113 / 178
第三章 名無しのエトランゼ

3‐14

しおりを挟む
 ヘルフリート軍によって虐殺の限りを尽くされたネフシルの街。

 そこに足を踏み入れる一人の男と、その背後に続く軍勢の姿があった。


「……ひでえ有り様だな、こりゃ」

「ハルデンベルク卿……。彼等は自国民なんですよ? ここまでする理由があるのでしょうか?」


 彼の隣で軍旗を掲げる若い兵士が、兜の下から震える声でそう絞り出す。

 その意見は彼だけのものではないようで、彼の旗下にある兵達は皆、同じように憤怒とも呆れともつかない表情で破壊され尽くした街を見ていた。

 ラウレンツ・ハルデンベルク。

 無精髭を生やし、鎧を纏った中年の男はエーリヒの部下であり今回の件を任された大隊長である。

 彼は何度かこのネフシルに訪れたことがある。

 特別に見るところはないが、オルタリア南部の特徴である広大な農地による農耕や畜産が盛んだった街で、確かその時は肉を大量に買い付けて部下と酒盛りをした記憶があった。

 今や建物は尽く破壊され、瓦礫の山の中に未だ人の死体がそのまま放置されている。

 女子供にも全く容赦はなく、それらも打ち捨てられるようにその辺りに転がされていた。

 これはある意味では、戦いの生み出す狂気以上に狂っていた。


「……せめてまだ、自分の欲望のためとかなら納得もできるんだけどな」


 子供を攫い、女を犯し、財産を奪う。

 勝利の饗宴とも呼べる略奪ならば、ラウレンツの個人的な感情はともかくとして、戦いである以上仕方がないと割り切ることもできた。勿論、それでも自国民にやるようなことではないが。


「尽くが、殺戮の憂き目に。中には乱暴を受けた者もいるようですが、彼等の指揮官はそれを許さず、ただ殺せと命じたようです」

「だろうな。建物まで派手にぶっ壊しやがってまぁ……。復旧にどんだけ掛かると思ってんだか」


 視線は唯一無事な建物を捉えて、ラウレンツはより気落ちした表情になる。


「ご丁寧にエイスナハルの教会は残してやがる。ってことは神父ぐらいは生き残ってるんじゃないのか?」

「調べさせます」


 部下に指示し、それを受けた兵達が数人列から離れて教会の方へと走っていく。

 歩きながら喋っていた一行は、やがて街の中心部へと辿り付く。街を治める町長の家も無残な姿で、家の壁が崩れてそこから撃ち込まれた矢でざっと見て十人の死体があった。


「……聖別騎士を使いやがったな。いよいよもって殺しに手段を選んでねえ。指揮官のカーステンってのはどんな野郎だ?」

「噂によればですが、以前エレオノーラ様を追撃した際に、エトランゼによって手痛い反撃を受けていると」

「恨み返しってことか? やり過ぎだろう」

「元々、差別主義者ではあったようです。エトランゼに対して」

「いや、それにしてもだぞ。これじゃあこっちの連中はより俺達に対して恨みを募らせる。もしこれ以上内部に進軍しても、現地民の協力はほぼ得られんだろうな」

「同じ国民という言い訳が完全に潰されてしまいましたからね」

「やれやれ。戦う前から味方に足を引っ張られるとはな」


 溜息を吐き、地面にどっかりとラウレンツは腰を下ろす。


「お前等も楽にしとけ! 斥候が戻って来てから今後のことは決めるから、それまでに体力を……」


 言いかけたところに、正面から馬に乗った兵士が走ってくる。その鎧には見間違いようもなく、先日斥候として派遣してた兵だ。


「ラウレンツ様! こちらにお付きでしたか!」


 斥候は馬から飛び降りて、地面に胡坐をかくラウレンツの前に膝をつく。


「おいおい、もうちょっと空気読んでくれよ」

「どういうことでしょうか?」

「いや、こっちの話だ。で、前線はどうか? こんなことをやらかす馬鹿野郎だが、勢いはあるし聖別騎士もいる。そろそろ一個ぐらいは街を突破したところか?」

「いえ、それが……」


 言いにくそうに、伝令は顔を落とし、一度唾を飲み込む。

 それから重々しくその報告を開始した。


「敵の新兵器により、エルプス方面に進軍していたカーステン卿の部隊、その先鋒が大打撃を受けて潰走。特に騎馬隊と魔法兵は手酷くやられ、当分使い物になりそうにはありません」

「……なんだと? で、当の大将はどうなった?」

「カーステン卿は東側の砦へと兵を進めていたのですが……。敵の偽報を受けてエルプスへと合流。そのまま妨害を受けて足を止められ、攻撃を受けています!」

「なん……ってこった!」


 ラウレンツは思わず拳で地面を叩いていた。


「新兵器は仕方ねえが、偽報に引っかかるとは阿呆か!」

「相手側が一枚上手だったとしか……。それを仕掛けた工作部隊はカーステン卿の後方に破壊工作を仕掛け補給の妨害もしていったようです」

「ちっ。思った以上に手練れが多い……。だからといってここでカーステンとやらを見捨てりゃ、ヴィルヘルムの名前に傷がつく」


 手を伸ばし、横の兵から軍旗をむしるように奪い取る。

 立ち上がったラウレンツは、その旗の柄で地面を強く叩いた。


「来たばかりで悪いが、出撃だ! 目的は敗走してくる味方部隊の撤退の援護、そしたら俺達はフィノイ河まで後退するぞ!」

「せっかくここまで来たのにですか?」

「城壁も何もなもぶっ壊された街でどう護るんだよ? 聖別騎士と合流すりゃ、相手の新兵器とやらも何とかなる。後詰が来るまで耐えりゃいい。準備を急げ!」


 若い兵士は短く返事をして、その場から立ち去っていく。

 代わりに横に現れたのは、風変わりな格好をした一人の男だった。


「拙の出番かな?」


 この辺りでは滅多に見ない羽織りに、袴と呼ばれる東方の衣服。加えて伸びた頭髪を纏めて髷と呼ばれる形にしている。


「そうなるな。エトランゼの相手は、エトランゼに限る」

「どのような敵が出てくるか、楽しみよ」


 男の口が歪む。

 それはまだ見ぬ強敵を夢想しての、まるで子供が楽しみしていた日の前日に見せるような、無邪気な笑顔だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...