彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第二章 魔法使いの追憶

2‐24

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 王宮の外に出てから、ヨハンは一度大きく伸びをした。貴族招集の会場のような堅苦しさはなかったが、あのルー・シンという男は近くにいるだけで精神力を消耗するような気がする。

 背後には巨大な門。そしてその先には天高く聳えるオルタリアの城が見える。

 王宮の門の前は大きな広場になっており、中央の噴水を中心として石畳がずっと広がっていた。

 周辺の区画はオル・フェーズに住む特権階級、貴族達の住居となっているため治安はよく、他の区画に比べてもずっと静かだった。

 ちょうど目の前に馬車が通りかかったのでそれに乗って、異なる区画へと足を延ばす。エレオノーラにキメラ事件の解決を要求された以上、やるべきことは幾つもあった。

 貴族達の住む区画を離れ辺りには人の数が増えて騒がしくなってくると、そこで不意に馬車が止まった。


「どうした?」

「いえ、ちょっと人通りが多くてこれ以上は進めそうにないので。ここまででよろしいですか?」


 言葉とは裏腹に通りは確かに人は多いが、通れないほどではない。事実、馬車は走っているしすれ違えるだけの空間も充分にある。

 つまり、理由を付けてこれ以上ヨハンを乗せていたくないだけなのだろう。エトランゼであることに気付いたか、それとも他に何かあるのか。

 詳細は判らないが、こういったことは珍しくはない。サービス精神旺盛ではないので機嫌が悪ければ運転も荒いし、世間話から喧嘩に発展すれば放り出される。

 そんなものなのかと、特に考えもせずにヨハンは馬車を降りて、代金を支払うためにローブの懐を探る。

 財布代わりの小袋の口を緩めてそこから掌の上に乗せた銀貨を差し出すと、御者の上から差し出されたのはそれを受け取るための手ではなく、鈍色に光る刃だった。


「なっ……!」


 その剣はヨハンに触れる前に、自動的に目の前に展開された光の壁に阻まれて真っ二つに折れ飛ぶ。

 先日、カナタのセレスティアルのバリアを自分なりに解析して防御機構として組み込んでおいたことが幸いした。もっともそれ自体は彼女のものより遥かに強度も低く、充電した魔力を使って発動するため一日一回しか使えないのだが。

 御者の男は舌打ちをすると、御者席から飛び降りてヨハンの目の前に着地する。そのまま次の剣を取りだして、何の躊躇いもなく振り切った。

 その一撃を避けて咄嗟に放り投げた目晦まし用の閃光弾が炸裂し、目の前の男の視界を奪う。

 そのまま逃げおおせるべく駆けだすヨハンだが、その読みが甘かった。

 悲鳴を上げる民達を避けるために路地裏に駆け込むべく走りだした方向、その建物の影、あらゆる場所から黒服の男達が顔を覗かせる。

 足を止める間もなく投擲されたダガーが身体に突き刺さり、その衝撃でヨハンは動きを鈍らせた。

 その間に他の者達が包囲を狭め、何の装飾もされていない、その道の者達が好む短めの剣で襲い掛かってくる。

 胸に当たったダガーはローブに何重にも織り込んだ防御術式が防ぎきってくれた。続く刃も道具を駆使し、どうにか切り抜けて、突然の凶行に悲鳴を上げる人々を背にして路地裏に飛び込むことに成功する。

 屯っていた男達、言葉巧みに客引きをする商売女、病気か怪我か寝込んでいる老人を上手く避けて、その奥へと入り込んでいく。

 それこそが、連中の狙いだった。

 奴等の方が地の利に長けているのは当然で、撒いたと思えば正面から現れる。それに気付いて道を変えても、確実に彼等はヨハンを追撃し続けた。

 そして遂に正面から二人、背後から三人に挟まれてヨハンの足が止まる。

 全身を黒装束で包み、顔を仮面で隠しているこの者達は表情一つ変えることなく、それでもヨハンの繰り出す道具に警戒しているのか、じりじりと距離を詰めて来ていた。


「しがない男一人のつもりだが、この警戒は誰に言われてのものだ?」


 投げかけた言葉には誰も答えない。当然といえば当然なのだが。


「……やるしかないか」


 袖から取り出した短剣を、無造作に敵陣へと放り投げる。

 彼等は弾くまでもなくそれを最低限の動作で避けたが、その短剣は空中で向きを変えるとその中の一人の背中に突き刺さった。

 苦悶の声を上げて一人が倒れ、もう一人が慌ててそれに対処する。

 その間に背後から来た三人は各々にダガーを放り投げる。

 風の加護が封じられた水晶を、地面に叩きつけて砕く。すると不自然に相手の方向に向けて向かい風が吹いて、飛んできたダガーは勢いを失って地面に落ちた。


「次から次へと面妖な手を」

「お互い様だとは思うがな」


 誘導する短剣を剣で打ち落とした正面の、恐らくはこの中のリーダーであろうその男は呟いてから、視線だけで部下に合図する。

 三人は武器を抜き払い、同時にヨハンに襲い掛かった。

 ヨハンは慌てず、今度は液体が入った瓶を放り投げる。

 避けることはく一人がそれを空中で斬り落とすと、そこから溢れた液体は空気に触れることで急激に体積を広げ、まるでとりもちのようにその中の一人に覆いかぶさって自由を奪う。

 残る二人の斬撃を片方は上手く避けて、もう片方は回避すると同時にその腕を取って態勢を変え、放り投げるような形で地面に叩きつける。

 だが、相手もただでは転ばない。投げられながらも至近距離で放ったダガーが、ヨハンのローブの守りを貫き身体にまで達した。

 致命傷ではないが、その痛みで次の行動が遅れた。そしてその間のほんの一秒にも満たない時間は、彼等がヨハンを殺すには充分すぎる時間だった。

 リーダー格の男は音もなく、それこそ全くの気配すらも感じさせずヨハンの目の前までやってくると、正面からその剣を振り下ろす。

 いや、厳密には振り下ろそうとした、だった。

 固い金属音が響き、リーダー格の男の手から剣が離れて地面を転がる。

 続けて聞こえてきたのは、何処か気怠そうな男の声だった。


「不用心にもほどがあるぜ、まったく」


 声と同時にもう一発放たれた矢が、背後からヨハンを襲おうとしていたもう一人の襲撃者を射抜く。

 それが倒れる音を聞いて、リーダー格の男はこれ以上の戦いは不利と判断したのか、一歩後退る。


「どうする? 俺はやりあってもいいが、多分お前等よりも強いぜ?」


 答えず、黙ってリーダー格の男はとりもちで拘束されている部下に、口封じのためにとどめを刺してから黙ってその場から溶けるように消えていった。


「よぉ。大変だったな」


 振り向いたヨハンの前に、男が一人立っている。

 長身と整った顔立ちに、外套を纏った男。

 彼には覚えがあった。


「超銀河伝説紅蓮無敵団の男か。すまない、助かった」

「気にすんなよ。こっちのボスの命令だからよ」

「ボス? グレンとかいう男のか?」

「そうそう。鬱陶しいモヒカンに空っぽの頭だが、義理には煩くてね。どうせ仕事もないし、しばらくはそっちに出張しろってさ」

「……取り敢えず、歩きながら話そう」


 周囲に人が集まってきたので、ヨハンはそう提案する。

 二人は足早に路地裏を抜け出して、人通りが多い個所を歩く。

 辺りから聞こえてくる客引きの声を無視しながら、この偉丈夫の話をヨハンは聞くことにした。


「そういや名乗ってなかったな。俺の名前はゼクス。元々はアサシンで、今はグレンのところで用心棒みたいなことをやってる」

「アサシン? 随分と物騒なものだな」


 喋りながら、一度ゼクスの姿が消える。

 戻ってきた時には両手に屋台で売っているワッフルのような焼き菓子を持っており、その片方を差しだしてきた。

 そして今気が付いたが、戦いのどさくさでルー・シンに持たされたお土産のケーキは全て台無しになっていた。


「俺はアサシンだったんだけどさ、今は組織を辞めたからフリーなわけ。で、食い扶持もなくて行き倒れてたところをグレンに拾われたんだけど……」

「組織を辞めた理由は?」


 アサシンと一口で言うが、それらを初めとする暗部組織は多数存在する。規模や受ける仕事の内容こそ違うが、それらに共通していることは、辞めた人間、情報を漏らしかねない者には相応の制裁が待っているということだ。

 当然、それは本人だけでなくその周囲にも及ぶ。そんな理由があってか、一度組織を辞めたものが新しい場所で腕を振るうことは滅多にない。


「まー、解雇ってやつだな。本来ならありえないんだけどな、うちの上層部が今の王様に買収されてよ。新しい組織に改編するっていうから、俺みたいな下っ端は切られたってわけさ」

「よくそれだけの事情があって無事で抜けられたものだな。下手をすれば関係者は皆殺しだろうに」

「それなりの人数はやられたぜ。俺は本当に、下っ端の下っ端だからよ。有能ってわけでもなかったし、覚えられてなかったんじゃないのかね?」


 自嘲気味にワッフルを齧るゼクスだが、その発言を全て信用するのは危険だった。


「そうは思えないが」

「お、褒めてくれてる?」


 擦れ違う人々を、流麗な足捌きで避け、また老人や子供には気さくに挨拶を交わし、女性を見れば軽口を叩く。

 外見も相まって一見すれば好青年だが、アサシンという肩書きを聞かされれば、その全てが偽りにすら見える。


「アサシンっていってもあくまで組織の方針だっただけで、俺の仕事は主に内偵や破壊工作、機密の奪取とかが主だったな。そりゃ、暗殺もたまにはやったけどな」


 ワッフルもどきを齧りながら、どうしたものかと思案する。


「超銀河なんとか団はいいのか?」

「ぶっちゃけ仕事ないのよ、あっちにいるとさ。グレン団長もそれは判ってるみたいで、キメラの件が片付くまではそっちに協力してろってこと」


 ワッフルの最後の一口を放り込み。ゆっくりと味わいながら飲み込む。思えば今日は甘味ばかりを口にしていた。

 超銀河伝説紅蓮無敵団についてはカナタから話を聞き、研究資料の話をするためにリーダーと少し話しただけだが、五分程度話をしただけで頭痛がしてくるほどに壮絶な人物だった。

 二人はいつの間にかもう一つの広場に差し掛かっていた。

 ここを西側に抜ければエーリヒから借りている屋敷につく。もう危険もないだろう。


「一先ずはそういうことだから。よろしく頼みたいんだが……。まだ警戒してるみたいだね?」

「そうだな」

「あー、まぁ、そうだよな。本当のこと言うしかねえか」


 後頭部を乱暴に掻きながら、ゼクスは観念したようにそう言った。


「命を助けられたからだよ。あんたの恋人のお嬢さんに」

「それは先日のキメラ襲撃の話か?」

「そうそう。別に俺はよかったんだ。超銀河なんとか団には恩もあるし、俺自身大層な人間じゃねえ。連中のために死んでやってもいいかなって思って囮を引き受けたんだよ。ところがよ、あのお嬢ちゃんは何の躊躇いもなくこっちに突っ込んできやがった。死んでも何の影響もない俺なんかを助けにな」

「で、なんで俺なんだ?」

「そりゃ、あの子が英雄やってる理由があんただからだろ? 界隈じゃそれなりに有名だぜ、エレオノーラの腹心のエトランゼと、その子飼の英雄ってな」

「そんな噂があるのなら、その情報網の精度もたかが知れてるな。第一、俺とあいつは恋人でも何でもない」

「何でもないってこたないでしょ」


 それは情報でも何でもなく、ゼクスはあの時同じ戦場を共にしただけで、二人の間にある信頼関係を見抜いていた。これはゼクスが特に敏いと言うわけではなく、誰が見ても明らかだったからではあるが。


「ってわけで、どうだい?」

「取り敢えずは断る理由もないな。短い間の付き合いになるだろうが、宜しく頼む」

「助かるぜ。これで団長に顔向けできる」

「用があれば呼び出す」

「あいよ。色々便利に使ってくれて構わないぜ」


 その言葉を最後に、ゼクスはまるで風のようにその場から消えていった。

 彼が消えてから、ヨハンは家に戻ろうとして、一つ思い立って向きを変える。

 その足は、魔法学院へと向いていた。
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