彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第二章 魔法使いの追憶

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「――で、当然の如く道に迷ったわけなんだけど」


 その翌日。オル・フェーズにあるとある区画、オル・フェーズ王立アカデミーの内部で、カナタは手に持った地図を何度も見ながらうんうんと唸っていた。

 エーリヒに地図を渡され案内役を用意してあるからと言われてその場所に向かったのだが、アカデミー入り口の門をくぐってから目の前に広がる光景は珍しいものばかりで、あっちへこっちへと歩いている間に本来行くべき場所を見失っていた。

 カナタの中での学校のイメージは、精々自分が通っていた中学校より少し広いぐらいを想像していたのだが、学院の敷地の広さはその予想を遥かに超えていた。

 アカデミーは単なるその名の通りの学院ではなく、それ自体がオル・フェーズの中に作られた一つの街であり、そこでは日夜魔法技術の研究が進められていた。

 そのため内部の街は露店一つ冷やかすだけで退屈しそうにもないし、丸一日歩いたところで全てを見通すことなどできはしないだろう。

 とはいえ、目的の人物と合流できなくてはその人に申し訳がない。カナタは手に持った地図を見ながら、ふらふら、うろうろとその辺りを歩いていた。

 そうして無駄な時間を過ごすこと数分。いい加減に疲れて飲み物でも買おうかと財布を覗き込んだところで、何処からともなく情けない声が聞こえてきて、カナタはその方向に目を向けた。


「ど、泥棒だー! 頼む、誰か……誰かぁ! あそこには私の研究結果が……! あれがなくては次の学会で発表ができず、教授職を追われ、妻と娘に愛想を尽かされてしまううううぅぅぅぅぅ!」


 と、嫌に具体的な被害を述べるのは、如何にもひ弱そうな体格の中年男性で、その泥棒とやらを追いかけているのだろうがもうふらふらで走れそうにもなかった。

 カナタはまずそちらに駆け寄り、今にも崩れ落ちそうな細身を助け起こす。


「だ、大丈夫ですか!?」

「わ、私のことはいいんだ! それよりも奴等が盗み出した私の研究資料を……!」


 顔を上げれば、盗みを働いたと思しき男達が数名。門の壁を乗り越えて脱出しようともがいていた。


「判りました!」


 一気に駆け出し、人混みを通り抜けて彼等に追いつく。

 一方に逃げる側も、どうやらカナタが追いかけて来ることに気がついたらしい。それだけでなく、彼の声を聞いて警備の兵士達も集まってきた。


「ちっくしょう! このままじゃ追いつかれる! どうするよ?」


 リーダー格の男――モヒカンで入れ墨をして、棘付きの皮の服を着た一目見て「私は悪人です」と判る男が、隣で壁をよじ登ろうとする太った男にそう尋ねる。


「それではリーダー。ここは小生に任せるがよろしかろう!」


 太った男は自信満々に答えて、登ろうとしていた壁から飛び降りる。


「お、おう……。すまねえな、アツキ。お前のことは忘れねぇぜ」

「勝手に殺さないで欲しいな! ご安心くだされ、小生こういったときの決め台詞には詳しいので!」

「……なんでだ?」

「それは企業秘密でござる。さあ、リーダー。ここは小生に任せて先に行け! なぁに、心配するな、後から絶対に追いつくからよ。それと、この写真見てくれ。三歳になる俺の娘だ、可愛いだろ?」

「なんだ、その……。シャシンってのがそもそもなんだか判んねえが、ここは頼んだぜ!」

 そう言って壁から飛び去っていくモヒカン。

「あ、ちょっと!」


 慌ててカナタも壁に飛び乗ろうとするが、そこに立ちはだかるのは、アツキと呼ばれる太った男。背中には道具袋を背負い、頭には何故か鉢巻を巻いている。


「行かせないでござるよ! 小生とリーダーはここで出会った魂の友、つまりソウルフレンズ!」


「なに言ってるか判らないけど、泥棒は悪いことだからね!」

「ぐふふっ。怖がらなくてもいいでござるよ。そう、小生がここに残った理由は一つ! どことなく頭の弱そうな美少女と戦い、お互いに認めあう、そして芽生える恋心! しかし恋などしたことのない彼女は初めてのその想いに戸惑い、小生を見るたび謎の動悸と赤面を……って、何をするでござるか!」


 カナタはアツキを無視して横を通り抜け、今彼の元に殺到しているのは大量の警備兵だった。


「大人しくしろ!」

「……せーの!」


 アツキが取り押さえられている間に、カナタは足に力を込めて、地面を蹴る。同時に背中に翼上にセレスティアルを展開して、跳躍力を飛躍的に上昇させた。


「うほっ! 羽まで生えた! まさか、君は天使!?」


 一息に壁の上まで登り終えたカナタは、そこから眼下を見下ろす。王都の石造りの道の上を、人々の流れに逆らうように爆走する集団が見えた。


「あれだね……!」

 もう一度飛び降りるために翼を展開しようとするが、後ろから聞こえてきた兵士の悲鳴がそれを留まらせる。

 振り返れば、アツキは一瞬にして彼を取り押さえようとした警備兵を投げ飛ばし、無力化していた。


「うそっ、あんなに弱そうなのに!?」

「人は見かけによらないで、ござる!」


 背負った道具袋から取り出した、干し肉のようなものをアツキが齧ると、その足の辺りが蠢き、人でないものに変化する。


「なにあれ……? 魔物の足?」


 足だけを魔物のような形に変化させたアツキは、その跳躍力で、一足で壁の上のカナタの目の前に着地する。

 斯くして二人は、狭い足場の上で向かい合う形となった。


「ふひひっ。大丈夫だよー。小生は怪しくないでござるよー。少女には優しくするのがモットーでござるからねー」

「怪しいよ!」


 どうにも緊張感のないこの男だが、恐らくエトランゼ。そしてギフトはかなり厄介なものだ。


「小生としてはやはり少女に手を上げたくはないのだが、邪魔をするのならば仕方がない。少し大人しくしてもらうでござる」


「人を見た目で決めたくないけど……。この上なく身の危険を感じる……」

「それはメディアに踊らされ過ぎでござる。小生達に害はないでござるよ」

「いや、害あるから。泥棒だから!」

「問答無用! 拉致監禁から始まる恋もあるよね!」


 そう言って、アツキは跳躍する。

 カナタの頭上を飛び越えて、着地地点はその背後。

 勿論、その程度の単純な動きならばカナタとて読み切れている。


「ないよ!」


 甲高い音を立てて、セレスティアルの盾とアツキの拳が激突する。


「くぅ……!」


 見れば彼はまた違う何かを齧っており、今度は腕が先程までとは比べ物にならないほどに野太く変化していた。


「ぎゅふふっ! このオーガの剛腕、受けきれるでござるか!」


 ぶんまわされる両腕を、片方は盾で防ぎ、もう片方は身を低くして避ける。

 そのまま目の前まで接近して、セレスティアルの剣を手の中に作りだす。


「たあぁ!」


 下から上に、切り上げられた極光の刃がアツキの腹部を切り裂く。

 しかしそれには全く怯まず、強烈な回し蹴りが、直前までカナタがいた場所を通過していった。


「今の声、萌えたでござるよ! アンコールを所望するでござる!」

「……なんか調子狂うなぁ! でも、本当に厄介かも、多分ギフトだとは思うんだけど」

「ふひひっ、小生のギフトが知りたいでござるか? 仕方がないでござるねぇ、教えてあげてもいいけど、情報料が必要でござるよ」

「いや、いらない。なんか怪しいし」

「むほっ! ショック! しかし、聞かなかったことを後悔させてやるでござる!」


 剛腕と、変化した足による連続攻撃がカナタを襲うが、セレスティアルの壁はそんな攻撃ではびくともしない。

 反撃にと振るわれた極光の剣は、彼の言うオーガの剛腕であろうと容赦なく切り裂いた。


「ズルいでござる! チートでござるか!? 異世界チートってやつでござるね!」

「なに言ってるか判んないけど……!」

「目には目を、歯には歯を、チートにはチートを!」


 次に取りだしたのは、破片のような何か。見ようによってはイカの干物にも見える。

 それを大きな口で一口にする。


「うげっ、相変わらずまっずいでござる! しかーし!」


 アツキの周囲に展開する幾つもの魔方陣。


「うそ、魔法!?」


 薄紫色の球体が生成され、それらは合計三つ。一斉にカナタに向けて発射された。

 一発目こそ剣で弾いて防いだものの、二発目は避けきれずセレスティアルの盾にぶつかり炸裂。三発目はその足元に着弾した。


「うわっ……!」

「あり?」


 カナタが立っているのは細い壁の上。その足場が崩れることは即落下を意味する。

 決して高い壁ではないが、下は石畳。この無防備な態勢で落ちればただでは済まないだろう。

 カナタの小さな身体が、壁から投げ出される。

 浮揚感が全身を包み、続いて襲ってくるであろう痛みに備えて目を瞑る。


「小生、そんなつもりはなかったござるよー!」


 そんなアツキの声も遠く、カナタの身体は容赦なく地面に叩きつけられ「……大丈夫?」ることはなかった。

 カナタの身体は薄い膜のようなもので包まれ、空中で制止していた。そしてそのまま、ゆっくりと地面へと降りていく。

 無事に降り立ったカナタの目の前に、箒を持った少女が立っていた。

 魔法使いのローブを着ているが、サイズがあっていないのか裾が余っている。

 被っていたフードを外して現れたその人物には、カナタは息を呑む。

 太陽の光を反射する、金色の髪を眉の下あたりで切り揃えた短髪の少女。一見すれば髪型から少年にも見えるが、その整った顔立ちが醸し出す不思議な色香はまだ幼いながらも視線を捕らえて離さない。

 その少女の身長はカナタよりも更に小さいが、唇から発せられる声は思いのほか低く掠れている。

 眠そうな瞳でカナタを見つめる少女に、礼を言ってなかったことを思い出した。


「あ、ありがと……。君は?」

「話は後みたいね」

「少女が増えた! 小生の世の春でござる! その髪型でショタのようにも見えるが、小生の目は誤魔化せぬでござる!」

「……意味は判らないけど、苛立つわ。それよりも逃げていった連中を追いかけるのでしょう?」


 箒が横倒しになり、少女はそれに跨る。そればかりでなく、視線でカナタにも早くしろと訴えかけていた。


「……え、飛べるの?」

「飛べるわ」

「なんと、魔女っ娘でござるか!」

「早くして。あの不愉快な奴を視界に入れておきたくないの」

「う、うん……」


 それにはカナタも同意だったので、後ろに跨る。なんとなく自転車の二人乗りをしているときのような気分だった。

 ふわりと、その箒が二人の身体ごと浮かび上がる。


「うわわっ、飛んで……!」

「飛ぶための箒だもの。……あっちね」


 方向を見定めると、箒は一気に高度を上げる。


「あ、あれ! あの人どうするの?」

「ああ――始末しておくわ」


 既に眼下どころか、後方にあるアツキを振り返りもせずに、少女は小さな声で呪文を唱える。

 すると、その背後、丁度カナタの真横辺りに四つほど魔方陣が出現して、そこから放たれた雷が寸分違わずアツキを撃ち抜いた。


「やった! ……けど、」


 せめてもの反撃にとアツキが放った、あの紫色の光弾が箒に迫る。どうやら誘導効果があるようで、少し動いただけでは射線を外してはくれそうにない。


「『キャンセル』」


 霧のようなものが浮かび上がり、それに触れた魔法弾は、同じように霧散して消滅する。

 カナタが関心の言葉を口にするよりも早く、少女がそれを制した。


「名乗るのが遅れてごめんなさい。あの不愉快な物体は早く始末したかったものだから。わたしの名前はアーデルハイト。アーデルハイト・クルルよ。ようやく会えたわね、小さな英雄さん?」

「……え」


 カナタはその名前に聞き覚えがあった。

 懐にしまわれた紙に、その名前は書かれている。

 そう。

 カナタが今日、合流する予定だった案内役の名前は、そのアーデルハイト・クルルだった。
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