彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第一章 エトランゼ

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「御使い、悪性のウァラゼルが率いる異形の軍団はイシュトナル要塞を出発。進行方向にある集落を襲いながら各所へと侵攻しています」


 ディッカーの屋敷、その三階にある会議室に兵士の声が響く。

 それを聞くのはエレオノーラ、ディッカー、トウヤとカナタの四人だった。他の者達は御使いの侵攻によって生まれた難民の救助や防衛部隊の編成に掛かりきりで、手が空いていない。


「ウァラゼル本体はどうしている?」


「今のところ、姿を確認したという話は聞いておりません。恐らくはイシュトナル要塞に残っているものかと思われます」


「……そうか。ご苦労だった。下がってよいぞ」

「はっ!」


 兵士がその場を去り、一度沈黙が訪れる。


「……ウァラゼルがいないのが、せめてもの救いか」

「どうかな。あいつは俺達の考えを遥かに超えた、規格外の化け物だ。その気になればすぐに最前線に来ても不思議じゃない」


 エレオノーラの楽観を、トウヤが否定する。

 イシュトナル要塞での戦いから既に一週間が経過している。

 どうにか逃げ出したエレオノーラ達は、戦力の再編をするためにディッカーの屋敷へと辿り付いた。

 ウァラゼルの放つ異形達は大地を蹂躙し、人工物や人間を容赦なく襲うが、その進行速度はあまり早くない。

 先程話にも出た通り、彼女が前線に現れないこともあってかどうにか防衛線を構築して護れているような状況だった。


「ですが、あれらが無限に増えるようならば、この地が陥落するのも時間の問題でしょうな」

「ディッカー!」

「申し訳ありません、エレオノーラ様。しかし今はそこから目を逸らしていられる場合ではないでしょう。加えて、北上している異形達が防衛線を突破すれば王都が危険に晒される」


 橋を突破され、ソーズウェルが戦火に包まれれば、犠牲になる人の数は今の比ではない。

 そうなる前にどうにかウァラゼルを倒し、異形達の侵攻を食い止めなければならないのだが。


「ないんだよな、あいつを倒す方法」


 トウヤの呟きが全てだった。

 悪性のウァラゼル。ありとあらゆる攻撃を遮断するセレスティアルを持つ彼女を倒す手段は存在しない。

 例え異形の群れを駆逐したところで、彼女を倒すことができなければ意味がない。


「で、伝令!」


 荒々しい足音と共に飛び込んできたのは、全身傷だらけになり、最早壊れかけで役目の殆どを失った鎧を身に纏った兵士だった。

 エレオノーラがその無事を心配する暇もなく、彼は己の役割を果たすためにその場に膝を折り、口を開く。


「モルコの集落が突破され、これにより北上する異形達を押し留める拠点はすべて失われました!」

「……なんだと! 早すぎる! モルコの集落には避難誘導も兼ねて、充分な数の兵士を派遣したはずだ!」

「イシュトナルから引き上げた兵の中には負傷しながら参戦した者も多く、彼等も奮闘したのですが……力及ばず」

「……そうか」

「エレオノーラ様! お願いです、エトランゼの力をお貸しください! ギフトを持つ彼等ならばあの異形達に対抗できるはず!」


 そう請われ、エレオノーラの表情が強張る。


「……判った。妾から彼等に打診してみよう。おぬしはゆっくりと傷を癒せ」

「はっ! ですが、傷が治り次第すぐに前線に戻るつもりです!」


 そんな頼りがいのある言葉を残して、伝令は去っていく。

 後に残されたエレオノーラの、固く唇を噛んだ表情を見ることはなく。


「トウヤ。エトランゼ達の様子はどうか?」

「どうもこうも、みんな完全に心を折られてるよ」


 元暁風のメンバーは、リーダーであるヨシツグをが裏切った衝撃と、彼でも敵わなかった敵がいるという事実に、すっかり戦意を喪失していた。


「一先ずは、フィノイ河周辺の防備を固めるべきでしょうな。エレオノーラ様。このディッカーにその任をお与えください」

「何を言うディッカー! 今北部に向かうことの意味が判らぬわけではあるまい!」

「だからといって、そちらの防備を手薄にしておくこともできないでしょう」

「しかし……!」


 エレオノーラの言いたいことは、ディッカーには伝わっていた。

 どうしてソーズウェルを、そしてオルタリア本国を護るための兵を、彼等に追われていたはずのエレオノーラ達が派遣しなければならないのか。

 本来ならば自分達の身には自分達で護らせるのが道理であると。

 そう思いながらも、頭では判っている。

 犠牲になるのはエレオノーラの兄のヘルフリートでも、五大貴族でもない。

 真っ先に命を落とすのは、その途中に住む集落の民だ。

 本来ならば貴族や兵士、そして王族達が命を賭けて守らなければならない人達だ。


「俺も行きます」


 トウヤが手を上げながらそう言った。


「トウヤ君、といったかな? フィノイ河周辺は死地となるぞ。エトランゼである君が来る理由には……」

「このままここにいても状況は悪化するだけでしょう。だったら一人でも多くの人を助けられた方がいい」


 半分は本当で、半分は嘘だ。

 これ以上ここにいて、日に日に悪くなっていく現状を憂うのならば、いっそ最前線で戦っていた方が気持ちも楽になる。


「ふ、二人とも……。妾から、離れていってしまうのか?」

「エレオノーラ様。心苦しいですが、ここにいて私がこれ以上できることはないでしょう」

「……俺も、一緒っす」


 エレオノーラが答えに詰まっていると、がたりと音が立つほどの勢いで、先程まで黙っていたカナタが椅子から立ち上がった。


「……大丈夫! 大丈夫です。こっちの守りはボクが頑張るから。姫様も安心してください」

「……カナタ殿。もしもの時はエレオノーラ様をお願いできますかな? 最悪ここを放棄して、何処か他の地に逃れてでも」

「もしも、なんてないです! 絶対に無事に戻ってくれますから! ……戻って、来ますから」


 誰が見ても一目で判るような無理な笑顔を張り付かせて、絞り出すような陽気な声で、カナタはそう言った。

 不安を押し込めるようなその表情は余りにも痛々しく、エレオノーラは彼女の顔を直視することもままならない。

 ――もし、自分があの場に居なければ、カナタがこのような表情をすることもなかったかも知れないのに。


「取り敢えず、色々準備があるから。俺、失礼します」

「それでは私も一度失礼しましょう」


 耐えられなかったのは二人も同様だった。トウヤとディッカーが立ち上がり、部屋を後にする。

 扉が閉まる音が消えたころに、エレオノーラは立ち上がったままぼうっとしているカナタへと改めて視線を向けた。


「妾は、どうすればいい? 妾にこの状況で何ができるというのだ?」

「ごめんなさい。ボク、判りません。……馬鹿だから」

「……すまぬ」


 もう我慢ができなかった。

 彼を犠牲にしてしまったその罪を、誰かに裁いてほしかった。罵倒の言葉が聞ければそれで自分を責めて、少しでも楽になろうとしてした。

 それが、過ちであることにも気付かずに。


「謝らないで、ください。ボクに謝られても何も言えない、何も言ってあげられません!」

 これまで彼女からは聞いたことのないほどに悲痛な声。

 ハッとしてその顔を見れば、大きな眼には涙を溜めて、泣きだすのを必死にこらえている彼女がそこにいた。


「カ、カナタ……。その、妾は……」


 口元を抑えて、カナタは部屋から駈け出して行く。

 本当はエレオノーラに対して言いたいこともあっただろう。それでも彼女はそれを堪えた。一度決壊してしまえばもう止められないと判っているから。

 開け放たれたままの扉を見て、エレオノーラは顔を伏せる。


「……何が馬鹿だからか……。妾の方が余程の大馬鹿者ではないか……!」
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