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8.勇者様、重い足取り
しおりを挟む「何処でいつも食べているんだ?」
「彼処の書庫です」
「じゃあそこで食べよう」
「え!だだ、駄目駄目駄目!彼処は開けないでくださっ」
俺の制止は聞こえていないのか、彼は扉を堂々と開けてしまった。刹那、扉の中を見たジェイミー様は言葉を失い硬直した。
ま、不味い……。この書庫は俺とオリヴァーさん以外出入りしていない。俺達二人はこの書庫には誰も入れさせないようにしている。中には大切な商品となる本が保存されているから、という理由もあるがそれは建前で、本音は単に汚いからである。全く掃除もしていないしお蔵入りになった古い本が大量に積まれている為、兎に角不衛生。
余りの汚さにジェイミー様も唖然としている。そしてゆっくりと振り向いて口を開いた。
「此処でいつも食べているのか」
「あ、はは。えと、確かに汚く見えるかもしれませんけど居心地が良いので……あ、あの、ジェイミー様にはここより綺麗な場所に案内するのでもう行きましょう!」
乾いた笑いを張り付かせる。こんな汚い場所は清廉なジェイミー様には似合わない。
この場から離れようと足を動かしたが、それを逃がさないと言うばかりに彼は力強く肩を掴んだ。
「何故こんなに本があるんだ?これなんて破れているじゃないか。処分したらどうだ」
「あ、それは俺が今読んでて。本って案外高価ですけど店主がここにある本は全部読んでいいって言ってくれたんです」
オリヴァーさんの優しさを思い出し、自然と顔が綻ぶ。ジェイミー様が載っている雑誌を買うのが精一杯で本を買えない僕にオリヴァーさんは快く「好きに読んでいいよ」と言ってくれた。彼は本当に優しい人だと思う。
すると、ジェイミー様は顔を歪めた。この汚部屋を見た時でも変わらなかった顔が突然強張り、俺は畏縮する。
「そうか。取り敢えず場所を移そう」
こくこくと何度も頷き書庫から離れた。再び脚立の元へ戻ると、重い空気が流れていた。
「す、すみません。折角来て下さったのに迷惑ばかりかけて」
頭を下げるとずっと気難しい顔を浮かべていた彼は目が覚めたように目を開き、俺と同じように頭を深く下げた。
「私こそ悪かった。急な訪問で押し入ってすまない」
「いえそんな!ジェイミー様は謝らなくて良いですよ!」
まさか謝り返されるとは思わずあわあわと手を振る。ジェイミー様のような伯爵令息でありこの国の危機を救った勇者がこんな平民に対して頭を下げるなんて普通有り得ない話なのだ。
「えと、ど、どこで食べましょうか?広場とか?あ、でも鳥に奪われるかもしれませんね……」
「じゃあ、私の家で食べないか?」
「え」
家って言った?言ったよな。俺がジェイミー様の家に足を踏み入れる?うそ、死ぬ。
「家と言っても騎士団の寄宿舎で何も無い部屋だが。嫌ならば、食堂もある」
しょ、食堂だと!?
毎日俺が見ている新聞では端に「騎士のお気に入りメニュー」という小さな記事がある。そこでは毎週多数いる騎士の一人のお気に入りの食堂のメニューを紹介しているのだが、もしや今日ジェイミー様が紹介していた肉肉サンドイッチを間近で見れるかもしれないってこと!?
こんなチャンス逃さない訳にはいかない。
「食堂に行きたいです!」
「……私の部屋は嫌か?」
「そんな!滅相もないです!ただ食堂に興味があって」
ジェイミー様は小さく頷き、早速食堂へ足を進めた。
何だか夢の中にいるような心地だ。基本食堂は騎士しか入れないレアスポットなのに俺がそこに足を踏み入れるなんて!
胸が高まり足取りが軽やかになる。ジェイミー様は何故か重い足取りだった。
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