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第四章 【ソイランド】
4-41 グラム・チェリー
しおりを挟むクリアは、ハルナの腕の中に抱かれていた。
ハルナはクリアを抱いたまま上半身を前後にゆりかごのように揺らす。
その安らぎの空間と、ハルナから伝わってくる温かいぬくもりの中で、クリアは幼い少女らしく静かに寝息をたてて眠っていた。
その周りには、ソフィーネが呼んできてくれたエレーナ達も合流し、何があったのかソフィーネから説明を受けていた。
ハルナの前にはステイビルとチェイルが向かい合って座っている。
ステイビルは、チェイルから話を聞いていた。
「その時は既にユウタさんの住処にお世話になっていましたので、クリアもそこで一緒に面倒を見ることにしたんです」
「もしかしたら、その盗みの技術を教えたのは……お前か?チェイル」
ステイビルはチェイルに冷たい声で話しかけ、その答えには無言で一度だけ頷いて見せた。
「ですが……それはクリアが一人で生きるために……そう思って……ですが!あの日から変わったんです」
「……あの日?」
「はい!この町を救ってくれるかもしれない方に出会ったんです」
ステイビルの頭には、ハルナと同じ世界から来たあの男の顔が浮かぶ。
あの男からはそんなに重要な人物であるようには感じられなかったし、その上いまはヴェスティーユに連れられて行ったまま行方不明だ。
「それは、まさか……ユウタという男か?」
「いえ……違います。ですが、ユウタさんとも関わりのあった方です」
「……誰だ?」
「グラム……”グラム・チェリー”さんです」
その名を聞き、パインと関わりがあることがわかっていたが、その人物を思い出すために人差し指を額に当てて目を閉じる。
「グラム……チェリー……あぁ!パイン殿のご主人か!?……生きていたのか」
チェイルはこの廃墟でユウタと共に過ごしてきた。
そんなある日、ユウタの元に一人の男が訪ねてきた。
その男は自らを、”グラム・チェリー”と名乗った。
チェイルはグラムからユウタへの取り次ぎをお願いされ、仕方がなくユウタの部屋へ向かう。
チェイルはその男の名をユウタへと伝えると、いままで生気を感じなかったユウタの目の奥に力が宿るのを見た。
チェイルは言われるままに、グラムをユウタの元へ案内した。
ユウタから頼まれたチェイルは、グラムへ貴重な飲み物までも出すように指示された。
その場で聞いた話は、ユウタとグラムは既知の仲で、二人は魔物の襲撃によって半壊したとき、その場にいたということだった。
――『グラム・チェリー』
ソイランドの一般的な町民の出身で、自身の家は貧しくはなかったが楽な暮らしぶりでもなかった。
家族と自分の育った町を守りたいと、若くしてグラムは警備兵への入隊に志願した。
その才能と身体能力の高さが認められ、グラムは同期の中でもトップクラスの速さで昇進していく。
グラム人望も厚く、警備兵の中でも優秀とされる人物であった。
ある日グラムは隊の上の者勧めによって、ソイランドの名家の一つであったチェリー家の娘を紹介された。
その娘の名は――パインといった。
ソイランドでは、名家と警備隊の優秀な者が引き合わされる慣例がよくあった。
普通の町民出身のグラムだが、チェリー家は将来有望な警備兵であることから快くグラムを受け入れてくれた。
だが、家の名を継がなければならないためグラムには婿養子としてチェリー家に入ってもらうことになった。
グラムはパインと一緒になり、警備兵の中でも中堅の役割を与えられる人物となった。
めでたく、一人娘も生まれ順調な人生を送ることができた。
しかし、グラムは隊の組織の中に入り込んで行くほど、自分の正義感からこの町の在り方について疑問を感じていた。
だが、当時それを口にすることはチェリー家に迷惑がかかるため、誰にも言うことはできなかった。
そして魔物の襲撃事件が起きる……
グラムはその時見ていた、魔物が”ユウタだけ”外して攻撃していることを。
その後、隊は解散されてユウタは追い出されてしまったために、その時のことを聞くことが出来ずにいた。
グラム自身は隊の解散に反対していたが、何かを消そうとしているようにも見える上層部の決定に、自分の中で溜まっていた不信感が我慢が出来なくなってしまった。
グラムは隊を抜けることを決意した……自分が貫くべき正義の輝きが疑念の霧によってその光を見失ってしまったからだ。
グラムは自分が下した決定を、パインと小さな娘メリルに詫びる。
だがパインは自分の正義を見失ったグラムよりも、何かを成し遂げようとするグラム方が素敵だと笑って賛同してくれた。
こうしてグラムは、この町の汚れてしまった状況を変えるために廃墟の中に潜り込むことを決めた。
その時期、丁度良いタイミングでパインは王宮から呼び出しがあり、王子の養育係の打診を受けた。
”グラムの行動の邪魔にならないためにも……”と、パインはその話を受け幼い娘と二人で王都へ向かった。
グラムは廃墟の薄汚れた建物の中で、この町のことを調べ続けることにした。
そんなある日、同じ隊にいた”ブロード”からユウタが廃墟のなかにいるという情報を手に入れることができた。
あの後もブロードはユウタから調理について、教わっていたという。
その情報を得て、グラムは決意する。
あの時の疑問を解消するために――
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