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第三章  【王国史】

3-136 村長との交渉

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「わかりました……ここでお待ちしています」





ステイビルのその言葉に頷いて、マルスは背中を向けて奥へと歩き始めた。






それから待つこと、三十分。
その間……




『これからどんな展開が待ち受けているのか……』

『村長とはどのような人物なのか……』

『エルフと揉めたりしないだろうか……』




――など、様々な思いを頭の中で巡らせていた。







しかし、そんな緊張も長くは持たなかった。








エレーナが真っ先にお茶にしようと、声をかけた。

お茶といっても、とっても簡素なものだった。
持ち歩いている水だけでは味気なく、せめて茶葉で味や香りをつけてリラックスしようというエレーナの提案だった。

ステイビルもその案に賛成した。
ずっと緊張していては、動きたいときに疲れてしまう。
休めるときに休むことも、必要だとエレーナの案を承諾した。






アルベルトが手早く、火を起し湯を沸かす。
そのポットの中に葉を入れて、しばらく置いた。


すると辺りに紅茶の良い香りが広がり、先ほどまでの緊張を和らげてくれた。





「あー、いい香り……」




ステイビルがカップにお茶を注いでいき、温度が丁度良い飲み頃になった頃、カップをみんなに手渡していく。







しかし、その空気も今までに聞いたことのない声によって終わりを迎えることになった。








「……我らの領域の中で、ずいぶんと余裕な態度だな。人間どもよ」


「もしかして、エルフの……村長殿か?」






ステイビルは姿なき声に向かって、その正体を問いかける。





空気が揺らぎ、その場所に姿を見せた。

見たことのない老いたエルフの後ろには、先ほどまで一緒だったマルスの姿がある。




「ふん、”ドルエル”の娘も一緒か……よくもここに戻ってこれたものだな」





ナルメルは村長の言葉に顔を背けかけたが、強い意志で村長の顔を見る。

村長はそんな顔に動じず再びステイビルに話しかけた。







「それで……この私に何か話があると、うちのマルスから聞いているのだが。一体、何のご用ですかな?」





腰掛けていたステイビルは立ち上がり、東の国の代表として毅然とした態度でエルフの村長と向かい合った。





「これはご挨拶が遅れまして、大変失礼しました……エルフの村をまとめる長よ」



「フン……人間のこざかしい言葉などいらぬよ。私は忙しいのだ、早く要件を述べるがいい」




「そうか、では本題に入ろう……」





そういうと、ステイビルは今までのことを話し始めた。





――水の問題は、ドワーフの町で水を堰き止めたことにより起きたこと。

――それによってエルフの村、人間の町にまで被害が及んだこと。

――ドワーフの町で起きた問題は置いておき、人間と共存する道を選んだこと。




「……で、元いたエルフの村の問題も解決しそうのだ。できれば、そこからグラキースの山の種族で協力し合えないかと考えているのだが」









エルフの村長は、その言葉を聞いても、特別に驚いた様子も見せない。





「……?」





ハルナたちもエルフの村長の反応を見る。

だが、目の前の決定権を持つエルフは目を開けたままステイビルの顔をじっと見つめているだけだった。






「いかがお考えか?エルフの長よ……」





「そうだな……」





ステイビルは、エルフは”少し考えさせて欲しい”という返答であるだろうと推測していた。
その返答も、もちろん”構わない”と答えるつもりであった。

そのためにドワーフとの協議でも、エルフの村は元に戻るために力を貸すことで意見を一致させたのだった。






「こちらからは”二つ”お願いしたいことがある。これができたのなら、考えてやってもいい……」





「……?なんでしょうか」






エルフの長は腕を組み、長いグレーの顎髭を触りながら告げた。




「一つ。ドワーフどもに、この数年で枯れた森を全て元通りにさせること。もう一つは”今後一切我々にかかわらないで欲しい”ということだ……どうだ、簡単だろう?」






「……村長!!」




ナルメルが、その言葉を聞いて勢いよく立ち上がった。








「ナルメル、お前は村の掟を破り出ていった……しかも自分の犯した過ちによって、長年代々暮らしてきた村を捨てなければならなくなった……誰のせいだと思ってるんだ?」





「そ、それは。あなたの決定がエルフのみんなの命を……」



「みんな……だと?自分の娘だけを考えていたんじゃないか?お前が村の掟を破り飛び出して、何が変わった?お前が一体何を変えた!?……お前は何もしていないじゃないか。やったのはこの愚かな人間どもとにっくきドワーフだけだ。しかも自分たちの価値観を、我々エルフに押し付けてきよる……ふん、話し合いにもならん」






サナはステイビルの後ろで、落胆していた。

こればブウムと争っていた他種族と交流することを勧めていた結果だった。




今回の問題の発端は、どう見てもドワーフにある。
枯れた森を元通りにするなど数百年以上の時間がかかる。
いや、それ以上に完全に元に戻すことなどできないだろう。


森は様々な植物や動物が生きており、それらの微妙な生態系のバランスによって構成されている。

サナが生きてきた……エルフたちの寿命よりも遥かに長い時を掛けて出来上がっていたものだ。



それをまた全て元通りにすることは到底不可能な注文だった。



サナは自分たちが犯してしまった過ちに、顔を両手で覆った。





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