237 / 1,278
第三章 【王国史】
3-68 消えたパン
しおりを挟む女性から見逃してもらった恐怖の日から、一周間が経過する。
モレドーネから馬車が二台ほどで、物資の支給が届いた。
カイヤムは、相当急いで移動してくれたようだ。
今回はエフェドーラ家からノーブルが、やってきてくれた。
本当はノーランが来たかったようだが、もうノーランは重要な役目を担っており迂闊に危険な場所にさらすことはできないと説得し、ものすごい不満そうな顔で了承した様だった。
ハルナたちは、その話しを聞いてほんの僅かしか経っていないが、ノーランが変わっていなくてホッとした。
今回の問題が起きた商人から物資があてにできなかったため、この集落の食糧事情がひっ迫していると知っていた。
カイヤムが持ってきたわずかな食料とハルナたちの食料を分け与えながら、何とかこの一週間を乗り越えた。
だが、もうその心配をする必要はなくなり、集落も安堵の雰囲気が流れる。
そして、今回はマーホンの計らいでお試しで、最安値で提供していた。
今後の商人として出入りを認めてもらうことや、モレドーネに支店を置いて物資の定期提供やモレドーネの活性化も考えての案だった。
ただ、他の商人は排除せず誰もが自由にこの集落で商売ができ、発展していくことも願っていた。
それに続き、その二日後には警備隊が到着し今回の件の検証と当面この集落の警備を期間限定で行うことで調整された。
住人自身が自分の村を守り、負担を強いられるよりは、その道のプロに任せた方が住人のためとの判断だった。
ただ、あの女性のようなクラスの襲撃があった場合は太刀打ちできないが、せめて少しでも住人が助かるようになればともステイビルは考えていた。
その日からこの集落は、”町”として認められることになった。
とりあえず、この村の代表は二つの家で行われることが住民の総意で決まった。
徐々に、いつもの平和な暮らしがこの町に戻ってきた。
チュリ―もすっかり元気になり、また毎日ハルナたちに相手してくれるようにせがんでいた。
そして、アルベルトはその姿を横目で見ながらステイビルに告げる。
「やはり、問題はなぜ水が止まってしまったかですね?」
「そうだな。初めはあの商人がこの村を貶めるためにやったのではないかと思っていたが、あの最初に捕まえた者からはそういった情報は得られなかったな」
男たちから聞いた話からは、重要な情報は得られなかった。
だが、問題となった商人たちの活動時期と、水が止まった時期の関連性が薄いと感じていた。
しかも、もしもその商人たちが止めていたのならば、ただその場所を見つけて問題を排除すればよいだけだと考えていた。
(ただ、単純に終わればいいのだが……な)
ステイビルは窓の外を眺め、頭上に見えるグラキース山の姿を見つめていた。
ステイビルはその翌日から、本題の水が止められた調査に乗り出すことに決めた。
やはりこの問題が、この村にとって一番の不幸と考えたからだ。
調査は、最初に見た水が湧き出る泉の場所よりも高い位置の調査から始めていくことにした。
浅い場所であればエレーナの精霊のヴィーネが、その流れを探知できる。
なのでグラキース山のふもとを山の斜面に沿って横に探していき、徐々に上に上がっていくことにした。
時間はかかるが、一つずつ潰していくしかない。
それに、本来の水の大竜神”モイス”に繋がる場所の探索にも兼ねていた。
だが、三日目が過ぎて四日目に入り、ハルナたちの意欲も低下しつつあった。
何も反応もなく、手掛かりもなかったためだった。
「分かっては……いたけどね。でも、こうも進展がないとやる気がなくなるっていうか、お腹が空いたっていうか……」
愚痴なのか、何なのか良く分からないことを言い出したエレーナ。
「お腹が空いたならたべればいいじゃない……ホラ」
ハルナは呆れた顔で、背中に背負ったリュックを向ける。
この中には全員の昼食が入っていた。
「そうだな。あまり集中力がない状態で山を歩いても、見落とすだけじゃなく怪我をしてしまう可能性だってある。ここで休憩にしよう」
ステイビルの決断で、昼食をとることになった。
しかも、この場所は比較的平らな場所で、今はそんなに風も吹いていない時間だったので丁度良かった。
そして、ハルナとエレーナは地面にシートを広げ、アルベルトが作った食事を並べていく。
「……ソフィーネさん、大丈夫ですかね?あれから連絡もないですけど」
パンに自家製ハムと野菜を乗せて、簡単なサンドイッチを口に頬張りながら喋るハルナ。
あの事件の日から、ソフィーネは訓練がしたいと一人で山の中に入っていったのだった。
食事は簡単な調味料を持ち、これが切れる頃には戻ってくると言い一旦ハルナの護衛から外れることを詫びて出かけていった。
ハルナもあの時ソフィーネが何もできなかったことを責めていることでソフィーネが自分自身を責めていることに気付いていた。
「仕方がなかった……」誰もがそう思っていたが、ソフィーネはそんな自分が許せなかった。
(あんなことじゃ、メイヤに敵うはずがない……)
ソフィーネはそう思うと、自分の技を少しでも見直すことと気持ちで負けない様にするために山で訓練することを決めた。
だが、そろそろ心配になってきた。
(何か起きたのではないか……)
ハルナは、なるべくそう考えない様にしていたが、日が経つにつれそう考えることが多くなってきた。
「ねぇ、ハルナ。私のパン、取ったでしょ?」
「え?とってないわよ?」
「ここに置いてたんだからね、喉を潤してから食べようと思ってたのよ」
「い、いや。私じゃ……ない」
エレーナの剣幕に押され気味なハルナ、アルベルトが新しいパンをとって同じものを作り始めた。
『ハル姉ちゃん、誰かいる!!』
頭の中にフウカの声が響き渡った。
0
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ
あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」
学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。
家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。
しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。
これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。
「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」
王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。
どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。
こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。
一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。
なろう・カクヨムにも投稿
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる