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第十章

第153話 生活感のある旅

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 軽い空気があれば、空の移動が実現できるかもしれない。
 それはオルフェリアの夢であり、俺たちパーティー全員の夢になっていた。

 軽い空気を探す旅は、フォルド帝国のウグマを出発してから約一ヶ月が経過。
 先程、俺の故郷であるイーセ王国のラバウトを出発。
 これで目的地のアフラ火山まで、全行程の約三分の二を進んだ。
 アラン山脈の峠道を進みながら、シドが地図を出す。

「ラバウトがあるこのアラン山脈から西へ進むと、サルガという国境の街がある。そこで最後の補給だ」
「ああ、予定通りだね」

 国境の街サルガ。
 この国境を越えると、ついに人類の領地ではなくなる。
 そのため、俺たちパーティーにとってサルガが最後の補給地だ。

「ラバウトからサルガの距離は約五百キデルト。ここは街道を使うのが最も早い。寝台荷車キャラバンで進めば三日で到着するだろう」
「街道を通るのか。じゃあ安全だな」
「うむ。王国の街道は本当に快適だからな。だが、宿場町には寄らんぞ? 時間優先だ。ノンストップで行く」
「了解。スケジュールはシドに任せるよ」

 イーセ王国の街道は安全だ。
 常に騎士団や自警団が巡回している。
 恐らく治安の良さは世界一だろう。

 ――

 ラバウトを出発して二日が経過。
 アラン山脈の峠道から、平地の街道に入っていた。
 俺は肌寒さを感じながら目を覚ます。
 寝台のベッドから、御者席のシドに目を向ける。

「シド、おはよう」
「起きたか寝坊助」
「え? 早起きしたつもりだけど」

 外を見ると、太陽はまだ昇ったばかりだ。

「まだ早いじゃん」
「レイもオルフェリアも起きてるぞ」

 寝台を見渡すと誰もいない。
 御者席もシドだけだ。

「あれ? 二人がいないよ?」
「補給地のサルガまであと一日だが水が余るんだ。だから、組み立て風呂を荷台で使えるか実験してる。今は荷台で風呂に入っているぞ」
「荷台で風呂? 凄いね」
「これまでも寝台荷車キャラバンを停めずに調理はしていたが、風呂にも入れれば最高だろう?」
「そうだね。それこそ旅の革命だ」

 寝台荷車キャラバンは先頭部分から御者席、座席兼寝台、荷台と三つのスペースに分かれている。
 それぞれのスペースは壁で仕切られており、御者席と寝台には窓が装備。
 ドアもあるので寝台と御者席の移動は簡単だ。 

 寝台と荷台の壁には窓がなくドアのみ。
 走行中に、そのドアから寝台と荷台の行き来が可能。
 荷台はトーマス兄弟が発明した折りたたみ機構が仕組まれている。
 そのため、寝台荷車キャラバンの全長は五メデルトから最大十二メデルトまで拡張可能だ。

 荷台ではいつもオルフェリアが折りたたみのキッチンで調理する。
 今回は組み立て風呂だ。
 もはや動く家と言える寝台荷車キャラバンだった。

 しばらくすると、寝台と荷台を仕切る壁のドアが開く。

「あらアル。起きたのね。おはよう」
「アル、おはようございます」

 湯上がりのレイとオルフェリアが寝台に入ってきた。

「お、おはよう。レイ、オルフェリア」

 美人二人の湯上がりの姿だ。
 朝から緊張する。

「水が余るからお風呂に入ったのだけど、これは凄く良いわね」
「ええ、本当にそうですね。まさか移動中に入浴できるとは思いませんでした」
「気持ち良かったわ。アルも入りなさい」

 レイに勧められたので、俺も風呂に入ることにした。

「アルが入ったら、簡易風呂を片付けて朝食を作ります。どうせシドは風呂なぞ入らんと言うでしょうから」
「聞こえてるぞ、オルフェリア。まあその通りだがな。ハッハッハ」

 俺は着替えを片手に荷台へ入る。

「上がったら風呂の湯は捨てて片付けておくよ」
「あ、待ってくださいアル! やっぱりそのお湯で洗濯もしたいです!」
「分かった。俺も風呂から出たら手伝うよ」

 オルフェリアが嬉しそうだ。
 オルフェリアは高級宿に宿泊するよりも、こういった日常感溢れる旅のほうが落ち着くと言っていた。

「キャラバンの旅に生活感が出てきたな。ハッハッハ」
「まあいいんじゃない? それに普通の冒険者は、移動中に入浴や洗濯なんてできないもの。ふふふ」
「そうだな。私が寝台荷車キャラバンを設計した時は、ここまでするとは考えてなかった。だが、これはこれで快適だ。ハッハッハ」

 俺は風呂に入り、その後オルフェリアとレイと三人で洗濯。

「騎士団団長のレイも洗濯をするのですね。フフ」
「それはそうよ。それに私は元々冒険者よ? 何でもするわ。野宿なんて普通だったし、一週間以上お風呂に入らないなんて当たり前。泥水だってすすってたわよ」
「え! レイがですか?」
「もちろんよ。自分で言うものなんだけど、これでも私はAランク冒険者だったのよ」
「ええ、知ってます。レイのクエストにも同行したことがありますから」
「そうだったわね、ふふふ」

 レイが俺の顔を見て、少し意地の悪い表情を浮かべている。

「当時の私は世界最高の冒険者なんて言われていたけど、それでも数々の苦労をしたわ」
「まさかレイがそんなに苦労していたとは思いませんでした」
「Aランクのクエストは常に命がけだもの。ただ、私が冒険者に復帰してから、そういった苦労がなくなったのよ。なぜなら、誰かさんがすぐに討伐するから。いつもあっという間にクエストが終わってしまうのよねえ」
「フフ、そうですね。その通りですね」

 オルフェリアまで意地悪な表情を浮かべ、俺の顔を見ている。

「あのねえ、俺も苦労してるんだよ? 意地悪な美人二人の態度にね」
「アルも言うようになったな。ハッハッハ」

 シドが大笑いしている。
 この旅で、レイとオルフェリアはとても仲良くなっていた。
 オルフェリアとレイは三歳差だが、オルフェリアは年下のレイをとても尊敬している。

 街道をノンストップで進む寝台荷車キャラバンは、ラバウトがあるカトル地方から、イーセ王国の最南西にあるマグニ地方へ入った。
 マグニ地方もカトル地方と同じく温暖な気候だが、さすがに冬の朝は冷える。
 御者台ではシドが毛布にくるまって操縦していた。

「シド、大丈夫?」
「ああ、少し寒いが平気だ」
「休む時は言って。代わるから」
「うむ、すまんな。ありがとう」
「サルガまではあとどれくらい?」
「ノンストップで残り一日だ。明日の昼には到着するだろう」

 そんなやり取りをしながら街道を進むと、街道の様子が変わり始める。
 騎士団の姿を多く見かけるようになっていた。

「レイ、ちょっと様子がおかしくない?」
「そうね。街道警備とはいえ、これほどの騎士団が動くことは珍しいわ。何かあったようね」

 しばらく進むと、百人ほどの騎士団の隊列に遭遇。

「ん? あれは……」

 レイが呟く。

「シド! 停めて!」
「ん? 分かった」
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