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第九章

第141話 アルの苦手なもの

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 翌日の早朝、朝もやがかかる中、俺たちは草原から雑木林へ入った。
 御者席に座るシドと俺。

「アル。君も寝台で寝ていていいぞ。操縦は私一人で十分だ」
「そうは言ってもシドはずっと操縦してるじゃん? 付き合うよ」
「君はいいヤツだな。ハッハッハ」

 雑木林とはいえ木々の間隔は広く、寝台荷車キャラバンでも進むことができる。
 こういったルートを選択するシドの運び屋としての能力は一流だ。
 シドと他愛のない話をしながら進む。

「うわっ!」

 俺は思わず叫んでしまった。

「アル、どうした!」
「ご、ごめん。あれを見たら声が出てしまった……」

 俺は斜め前方を指差す。

「ん? 何かあるのか? よく見えないが」
「うわっ、また動いた!」
「君は相当目がいいな。私には見えないぞ」

 もう少し進んだところでシドも気付いた。

「あれは……。毒甲百足アロプレラか!」

 百メデルト先にある大きな木に、一匹のアロプレラが止まっていた。
 樹液を飲んでいるのだろう。

 アロプレラはモンスターの分類学上、節足型蟲類に属するDランクモンスターだ。
 体長は二メデルトほどあり、その名の通り脚の数が百本以上ある。
 黒光りする甲殻には、毒々しい赤いラインが縦長に二本入っている。
 脚は鮮やかな黄色で、その色が不快感に拍車をかけるのだった。

 そしてアロプレラは毒を持っている。
 強靭な顎や無数の脚には細かい毒針がついており、獲物を襲うと麻痺性の毒を注入する。
 麻痺して動けなくなった獲物を、生きたままゆっくり喰らう。
 捕獲された獲物の唯一の救いは、毒で痛みを感じないことだろう。
 アロプレラは、動物や小型モンスター、そして人間を襲う。

 シドが寝台荷車キャラバンを停止させた。

「何だアル。君は蟲類が苦手なのか?」
「苦手というか気持ち悪いじゃん? 俺が住んでいた山にはいなかったからさ」
「ふむ、標高五千メデルトに蟲類は生息できないからな。しかしアルよ、アロプレラは君の……」

 その時、寝台からオルフェリアの声がした。

「アロプレラじゃないですか! アル、狩猟してください!」
「え? 狩猟するの? あれを?」
「はい! アロプレラの毒は精製すると麻酔薬になります。現在の医療では欠かせない薬品なので、アロプレラの需要は高いのです」
「そ、そうだったんだ。……分かったよ」

 オルフェリアがさっそく準備に取りかかった。
 先程、会話が途切れたシドが俺の肩を叩く。

「アルよ。アロプレラから麻酔薬を作ったのは君の父、バディなんだぞ?」
「え! 父さんが?」
「息子の君がアロプレラを怖がるなんてな。ハッハッハ」
「こ、怖がってなんかないよ! 気持ち悪いだけだって!」

 まさか父さんが麻酔薬を作ったとは知らなかった。
 あのアロプレラを研究したのか。
 尊敬する。
 すると、騒動で起きたレイが顔を出す。

「こらこらシド、人には苦手なものがあるのよ。煽らないの。アル、これを使いなさい」

 レイは弓を持っていた。
 この弓は猛火犖バルファの角から作られたもので、昨日シドにプレゼントしてもらったものだ。
 ネームドから作られており、破損しても自己修復する超特殊な再生機能が備わっている。

「アル、頭を狙ってください。毒を生成する毒腺は第三体節と第四体節です。そこは絶対に傷つけないでくださいね」
「わ、分かった」

 オルフェリアから説明を受けた。

 俺は寝台荷車キャラバンを降り、約五十メデルトまで近付く。
 これ以上近付けば逃げられるだろう。

 俺はこれまでほとんど弓を使ってこなかった。
 理由はすぐに壊してしまうから。
 だが、この弓は俺の力で引いても折れそうにない。
 もし折れても自己修復するので安心だ。

 弓はレイのほうが遥かに上手いのだが、これは俺の練習の意味もある。
 プレッシャーを感じながら、アロプレラの頭部に狙いを定め弓を放った。

 発射された矢は、唸りを上げ空気を切り裂く。

 雑木林に破裂音が響いた。
 見事に頭部へ命中。
 アロプレラは木から落下し、小刻みに痙攣している。

「ふうう、頭部に命中したよ。良かった」

 注文通りの射撃ができて俺は安心した。

「いやいや、アルよ。的が爆発したぞ?」
「アロプレラの頭がなくなってしまいました」
「あのねえ、いくら威力があっても普通は頭部を貫通して木に刺さるだけよ。アロプレラの頭部を爆発させて、木の幹にも大きな穴が開くってどういうことよ?」
「ウォウォウォ」

 なぜか、皆に文句を言われた。

「な、なんでだよ! 注文通り仕留めたじゃん!」

 全員大笑いしていた。
 そして、俺とオルフェリアはアロプレラの解体を始める。

「頭部が全て吹き飛んでる……。アルが射ると弓が弓ではなくなりますね。フフ」

 オルフェリアは笑いながらも、凄まじいスピードでアロプレラを解体していく。

「オルフェリアは気持ち悪くないの?」
「まあ私は解体師ですから。モンスターは別になんとも思いませんよ?」
「そうなんだ。凄いね」
「フフ、アルにも苦手なものがあるんですね。かわいい」
「いや……あの……」

 何も反論できなかった。

「アル、アロプレラを触る時はグローブをつけてください。死んでも毒は残ってますから」
「分かった。ありがとう」

 俺は厚手の革グローブをはめ、オルフェリアが解体した素材を麻袋へ入れていく。

「オルフェリアは毒も平気なの?」
「私たち解体師は毒の耐性をつけています。とは言え、私たちも素材に触る時は厚手のグローブをしますし、モンスターによっては防毒マスクを被ります」

 オルフェリアと初めて会った時は、モンスターの素材でできた不気味な防毒マスクを被っていた。
 そのため、俺はオルフェリアを男性だと思っていたほどだ。

「ね、ねえ。念のために聞くけど、アロプレラの毒の耐性ってどうやってつけるの?」
「フフ、食べるんです」
「え! こ、これを!」
「はい。毒針を抜いた脚を焼いて食べるんです。見た目はこれですが、カリカリして意外と美味しいんですよ? しばらく口の中は麻痺しますけどね。フフ」

 オルフェリアが一本の足を手に取った。

「食べます?」
「俺は……無理だな」
「フフ、そうですね。ウグマのギルドでは解体師を目指す若者が増えましたが、毒耐性の面で断念する者たちもいるんですよ。こればかりは仕方がないですが」
「やはり解体師は過酷な仕事だよね。解体師がいるから俺たちは素材を売ることができるし、安心して狩りができる。それを忘れてはいけないよなあ」
「そうやって理解してもらえて嬉しいです。これまでは仕事内容すら把握せずに、解体師というだけで差別されてましたからね」
「これも全てオルフェリアのおかげだね!」
「何を言ってるんですか! アルのおかげですよ!」

 解体が終わったアロプレラを麻袋に入れ、俺たちは寝台荷車キャラバンへ戻った。
 このアロプレラはラダーのギルドで売却する予定だ。

 オルフェリア曰く、アロプレラの毒腺は銀貨五枚ほどの価値がある。
 比較的硬い甲殻は鎧に使われ、体節五枚前後で銀貨一枚になるという。
 Dランクモンスターの中ではトップクラスの高値で取引されるアロプレラ。
 今回狩猟した素材で、金貨一枚の値はつくだろうとのことだった。

 素材を売って旅費を稼ぐ。
 普通の冒険者はクエストランクや狩猟制限があるので、この方法は難しい。
 Sランクだからこそ可能な稼ぎ方だ。
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