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第三章

第52話 再会そして告白

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 俺たちは、カトル地方の最大都市タークから、キーズ地方の最大都市アセンへ向かっていた。

 カトル地方からキーズ地方に入ると、すぐに山岳地帯が始まり街道は峠道となる。
 場所によっては断崖絶壁となり、落石もあるので注意が必要だ。
 実際に昨年ここを通った時は、落石で道が塞がれていた。
 そこで偶然、アセンの商人カミラさんと出会う。
 落石や鉱石詐欺を解決した結果、カミラさんが経営する一流宿に泊めてもらったのだった。

 そして、ファステルの件では大変お世話になった。
 あれから一年以上経っている。
 カミラさんもファステルも元気だろうか。

「アル、どうしたの?」
「昨年のことを思い出してたんだ」
「王都へ行く途中にアセンへ寄ったのね?」
「うん。この先の崖で落石があって道が塞がれていた。俺が全部どかしたんだけど、そこで知り合ったカミラさんという商人にお世話になったんだ」

 レイにカミラさんとの出会いを話す。
 レイは「あなたのあの力が役に立ったのね」と笑っていた。

 しばらく進むとアセンに到着。
 カミラさんとファステルに挨拶するため、そのまま高級商業地区にある宿へ向かった。
 宿の前まで来ると、レイが驚いた顔をしている。

「あら? アル、私ここに泊まったことがあるわよ?」
「あ、そういえば、カミラさんもそんなようなことを言ってたな」

 建物に入り、受付でカミラさんに取り次いでもらう。
 俺の顔を覚えていた従業員が、すぐに話を通してくれた。

 しばらくすると、カミラさんが出てきてくれた。

「アルさん! お久しぶりです!」
「カミラさん!」
「お元気でしたか!」
「はい、もちろんです! 今日は挨拶」
「ウフフフフ、ちょっと待ってくださいね」

 カミラさんが俺の言葉を遮る。
 その意味が分からなかったが、奥から女性の声が聞こえた。

「アル!」

 一人の女性が物凄い勢いで走って来た。
 その勢いのまま俺に飛びつく。

「アル! アル!」
「ファステル! 元気だった!?」
「ええ! もちろんよ! アナタのおかげよ!」
「良かった!」

 ファステルは俺の胸に抱きついたまま、首の後ろに両腕を回している。

「あの時どうして黙って行っちゃったのよ!」
「ご、ごめん。騎士団試験もあって急いでたんだ」
「もう、本当に悲しかったんだから! でも、こうしてまた会いに来てくれたから許すわよ」

 俺とファステルが話していると、レイが咳払いをした。
 ファステルが気付き、俺から離れてレイに会釈。

「失礼しました。私はこの宝石店で働いているファステル・エスノーです。アルには本当にお世話になりました」
「この宿を経営しているカミラ・ガーベラです。アルさんには本当にたくさん助けていただいてます」
「アルと冒険者をやっているレイ・ステラーです」

 カミラさんが驚いた表情を浮かべている。

「え? レイ・ステラー様って、あのレイ・ステラー様で……いらっしゃいます……よね?」

 レイは騎士団の鎧を着ていないが、レイの名前とその容姿を見て、カミラさんは思い出したようだ。

「ええ、そうですね。恐らくそのレイ・ステラーだと思いますわ」
「し、失礼いたしました! レイ・ステラー様。まさか、クロトエ騎士団の団長様がいらっしゃるとは」
「え! 騎士団の団長さん?」

 ファステルまで驚いている。

「ふふふ、元よ、元」

 凄いことになっている。
 絶世の美女レイに、上品で可憐な美女ファステル、知的で大人の魅力溢れる美女カミラさん。
 この世の美女がここに集まったかのような光景だ。
 宿のロビーにいる客たちは男女問わず、この三人の姿に見惚れている。

「こんなところで立ち話もなんですので、お部屋を用意します」
「お気遣いありがとうございます」

 レイが答えた。

 俺たちはカミラさんが用意してくれた部屋に移動。
 そこは高級な調度品が並ぶ、最上級の部屋だった。

「ここは……。懐かしいわね」
「そうでしたね。レイ様はこの部屋でお仕事をされたことがありましたね」
「ええ、先王陛下の警備でした」

 レイの顔が懐かしそうだ。
 先王は昨年の事件で死亡した。
 色々あったが、レイは今でも先王を尊敬している。

「それで、アルさん。今日はどうされたんですか?」
「はい、アセンの冒険者ギルドに試験を受けに来ました」
「そうだったのですね!」

 冒険者試験を受けに来たこと、今後はレイと冒険者になることなど、俺たちの予定を伝えた。
 カミラさんは団長だったレイが冒険者になることや、俺がレイと知り合いだったことにとても驚いていた。
 そして、カミラさんが宿泊をするように申し出てくれた。

「アルさん、レイ様。お部屋を用意します。今日はここに泊まってください」
「い、いや、そこまでお世話になるのは」
「アルさん、いつも言ってるではないですか。あなたは私に幸運をもたらせてくれています。少しでも恩を返させてください」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
「お部屋は一つでよろしいですか?」
「アル、二つよね?」

 なぜかファステルが答える。

「そ、そうだね。二部屋でお願いします」
「ウフフフフ、分かりました。二部屋用意させますわ」

 夕食は相変わらず豪華な食事を用意してくれた。
 カミラさんとファステルも一緒だ。
 そこでカミラさんが、現在のファステルの様子を語ってくれた。

 ファステルは昨年ここで働き始めてから、見る見る頭角を現した。
 確かな鉱石の鑑定眼で信頼と安心を勝ち取り、可憐な美貌はアセンでかなりの評判になった。
 そこに目をつけたカミラさんが、ファステルを自店の宝石モデルにしたところ、宝石の売り上げが倍増したそうだ。
 今やファステルが身につけた宝石は、アセンで流行になるほどの人気となる。
 さらにはそれを聞きつけ、別の街からもファステル目当ての客が来ているとのこと。

「ファステル! 本当に凄いよ!」
「これも全てアルのおかげよ!」
「ウフフフフ、ファステルは本当に凄いんですよ」

 ファステルの活躍は、俺も自分のことのように嬉しい。
 カミラさんには本当に感謝しかない。

 食事を終えるとレイが話しかけてきた。

「アル、私は先に部屋に戻ってるわ。ファステルと話もあるでしょう? ゆっくりしてきなさい」
「私も少し仕事が残ってるので戻りますね。ファステルは久しぶりに会ったのだから、アルさんと散歩でもしてきたらどうですか?」

 大人たちの気遣いが凄い。
 その言葉に甘え、俺とファステルは宿の中庭へ移動。
 中庭は宮殿のような美しい庭園になっていた。

 月光が照らす花を眺めながら、ファステルと遊歩道を歩く。
 そして、庭園の中心にあるガゼボのベンチに座る。

「ファステル、弟のデイヴは元気かい?」
「ええ、手術は成功して、今はカミラさんの宝石店で専属鉱夫として働いてるわ」
「それは凄い!」
「あの子、カミラさんのことが好きみたいでね。一生懸命アプローチしてるわよ。ふふ」
「へええ、カミラさんか。上手く行くといいね」
「これも本当にアルのおかげよ。今の私たち姉弟は、お金の心配もなく幸せに暮らしているの」
「うん、良かった」
「アルがいなかったら、私たちは死んでいたもの」
「そ、そんなことないよ」
「いいえ。カミラさんを紹介してくれなければ、間違いなく命はなかったわ」

 言葉では否定したが、当時のファステルは本当に危機的な状況だった。

「家が燃えた時ね。正直あの時、もう諦めたの。死のうと思って……」
「ファステル……」
「アルにあの時もらった金貨で弟は助かったの。本当に感謝してるわ。そして、アルにもらった緑鉱石をね、指輪にしたの。これ見て?」

 ファステルは、繊細な彫刻のような美しい指と、その指の美しさを引き立てる小さな指輪を見せてくれた。
 その手は、以前のツルハシを握って汚れた手ではなかった。

「とても綺麗な指輪だね」
「ええ、宝石店の職人さんが特別に作ってくれたの。まるでアルのように純粋で、透き通った美しさの指輪よ。世界に一つだけの、私の本当に、本当に大切な宝物よ」

 ファステルは大切そうに、指輪をさする。

「あのね。一年前から、ずっとあなたに伝えたいことがあったの」

 月光が照らすファステルは、まるで月の妖精のような美しさだった。
 俺はその姿に見惚れていた。

「アル、あなたを愛してるわ」

 沈黙が流れる。
 俺はどう答えていいのか分からず、正直に伝えることにした。

「あの……ファステル。俺も……ファステルのことはとても大切だよ。ただ、俺はずっと山で一人暮らしをしていたから、その……恋愛というものがまだよく分からなくて……」

 夜風がファステルの美しい銀髪を揺らす。

「伝えられただけで嬉しいわ。だって、あの時はいなくなっちゃったから」
「あの時は……その、本当にごめん。騎士団の試験もあったし、ファステルを見ると分かれるのが辛くなっちゃうから……」
「もう、その言葉をあの時聞きたかったわ。そしたら全力で引き止めたのに。ふふ」

 俺は困惑したが、ファステルは笑顔だ。

「ねえ、アル。レイさんって信じられないくらいの美人よね」
「そうだね。俺もそう思う」
「宝石店で一年働いてるけど、あんな美人は今まで見たことないわ」
「ファステルだって! ……と、とても綺麗だよ」
「ありがとう」

 雲が月光を遮る。
 ファステルの表情が一瞬見えなくなった。

「アルはレイさんのことが好き?」
「うん。……正直恋愛かどうかは分からないけど、俺にとって特別な存在だよ」
「レイさんのためなら死ねる?」
「もちろん」
「私のためだったら?」
「当たり前じゃないか!」
「……ありがとう。アル、ちょっと目をつぶって?」

 目を閉じると唇に柔らかい感触。
 ファステルにキスをされた。
 思わず目を開けてしまう。

 そのまま三十を数えただろうか。
 時が止まったかのような錯覚。
 そして静かに、静かに風の音が流れ出す。
 雲の切れ目から月が姿を現すと、ファステルの唇が離れた。

「アル、私はあなたを愛してる。そして、いつまでもあなたを想っているわ」

 ◇◇◇

 宿の窓から、その光景を偶然見かけてしまったレイ。

 そっと窓から離れた。

 ◇◇◇

 ファステルと別れた後、俺はレイの部屋の前に来た。
 明日のこともあるし、レイと少し話そうと思ったからだ。
 レイの部屋をノックする。

「アル、もういいの?」
「うん。……レイ、今日は付き合ってくれてありがとう」
「ふふふ、私の知らないアルが見られて良かったわ」
「ちょ、ど、どういうこと?」
「カミラさんにファステル。二人ともとても綺麗なのに……。アル、あなたはモテるのね」
「そ、そ、そんなんじゃないよ!」

 ソファーに座ると、レイが珈琲を淹れてくれた。

「レイ、俺とファステルはたった数日間だったけど、本当に、本当に色々なことがあったんだ」

 俺は当時の出来事を全て話した。

「そんなことがあったのね。大変だったわね」
「ファステルにとっては悲しいことがたくさんあったけど、今は弟のデイヴと幸せに暮らせてるって。本当に、……本当に良かった」

 俺はなぜか涙が出ていた。
 ファステルの境遇に自分を重ねていたこともあったし、何よりファステルは不幸すぎた。
 だから、百倍も千倍も幸せになって欲しい。

 涙を見られたくなくて、俺は窓の方に歩いた。

「アルは……優しいのね」

 レイが俺の背中に抱きつく。

「ふふふ、アルも好きなように生きていいのよ? わ、私と無理に……冒険者をしなくても大丈夫よ……」
「何言ってるんだよ、レイ」

 俺は振り返りレイの顔を見る。
 レイの表情はとても不安そうだった。

「アル?」
「レイは俺の師匠だし、俺に生き方を与えてくれた特別なひとだよ。レイと冒険者になることは俺の意志だ」
「ありがとう。今はそれだけで十分よ。嬉しい。ふふふ」

 レイが俺の胸に額をそっと当ててきた。

「今日はもう寝ましょう」
「……うん、そうだね。移動の疲労もあるし寝ようか」

 俺は自分の部屋に戻った。
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