鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

犬斗

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第三章

第51話 騎士の責務と交換条件

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 ラダーの街を出た俺たちは、本来であれば冒険者ギルドの試験会場があるアセンの街へ向かうはずだった。
 アセンは、ラダーから北へ真っ直ぐ三百キデルトの距離にある。

 しかし、霧大蝮ネーベルバイパー討伐の件で、騎士団九番隊隊長へ直接説明を行うことになった。

 クロトエ騎士団は、一番隊から十二番隊に分かれている。
 一番隊は王都イエソン、二番隊はロンハー地方と、王都や地方を各隊が守護。
 さらに王室警護の近衛隊がある。

 俺の故郷ラバウトや、ラダーがあるこのカトル地方は九番隊が守護担当だ。
 街や村には小隊や分隊があり、本隊はその地方の最大都市に配置されている。
 九番隊の本隊はカトル地方最大都市タークに在中。

 タークはイーセ王国とエマレパ皇国の国境近くにあり、地政学的にもかなり重要な要塞都市だ。
 ラダーから西へ約二百キデルトの距離にあるターク。
 ラダーを出て四日、俺たちはようやくタークに到着した。

 タークは要塞都市というだけあって、今まで見たことのない高さの城壁で囲まれている。
 城壁の高さは二十メデルトはあるだろう。
 城門をくぐると、壁の厚さは約十メデルトもあることに驚いた。
 その城壁は街の周囲を数十キデルトも囲っている。

「こんな都市は初めて見たよ。この城壁、まさに要塞だね」
「王国は百年ほど前までエマレパ皇国と戦争をしていたわ。エマレバ皇国が攻め込んできたの。そこで当時の国王陛下が国境にこの要塞を建設したのよ」
「歴史の本で読んだことがあるよ」
「あなたは勉強家ね。この要塞都市のおかげで、王国は戦線を東へ押し出し領地を拡大。エマレパ皇国との国境はもっと東になったのよ」
「なるほど。だから国境ではないここに、これほど立派な要塞があるんだね」
「ええ、そうよ。ここがまだ国境だった頃、この付近はかなりの激戦区だったそうよ」

 俺とレイは、タークの石畳の街道を進む。
 比較的新しい建物は木造や洒落た建築物が多いが、古い建物は全て強固な石造りだ。
 城や街攻めでは、火をつけた燃石を投石器で飛ばす。
 そのため、破壊と火災対策として石造りが採用されている

 しばらく進むと、街の中心地にあるターク城に到着。
 このターク城が九番隊の駐屯地になっている。
 城と呼ばれているが巨大な砦だ。
 高さは四十メデルトはあるだろう。

「す、凄い。重厚というか……岩山のような印象だよ」
「そうね。王国で最も強固な砦と言われているわ」

 俺が城を眺めて驚いていると、レイはターク城の城門で隊員に用件を伝えていた。

 通常はいきなり隊長に面会を申し込んでも、却下されるのが当たり前だ。
 しかも、今回は面会予約すら取っていない。
 だがそこは元騎士団団長のレイである。
 隊員は驚き、即座にレイと俺を城内に通してくれた。

 応接室で九番隊隊長を待つと、一人の男性が入ってきた。
 年齢は三十歳から四十歳くらいで、身なりのいい知的な印象の男性だ。
 小隊長のトレバーより歳上に見える。
 武官ではなく、どちらかというと文官のような印象を受けた。

「これはこれは。レイ・ステラー前団長。お久しぶりです。いががされましたか?」
「久しぶりね、ジル・ダズ。あなたなら私が来た意味は分かってるでしょう?」

 この人が九番隊隊長のジル・ダズか。

「ラダーの件ですか?」
「ええ、小隊長のトレバー・レビンに無理を言って、討伐に参加させてもらったのよ。なので、全ての責任は私にあるわ。トレバーを責めないで」
「責任と言われましても、あなたはもう退団されているんですよ? どう責任を取ると?」
「クッ」

 レイが珍しく言葉に詰まっている。

「とはいうものの、見事な討伐ではないですか。確かに犠牲者は六人出てますが、霧大蝮ネーベルバイパーの討伐では被害ゼロ。そして討伐日数、経費、どれを見ても驚くほど優秀です」
「ええ、そうね」
「むしろ感謝しかありません。お気になさらず」
「あなた、本当にそう思ってるの?」
「全く。前団長様は疑り深いですね」
「だって、あなたのことだから」
「おや? 私、信用されてませんか?」
「そんなことはないわよ。むしろ、私の後任として団長に推したのは私だもの」
「そうでしたね。本当に嬉しかったです」
「あなた、仕事はできるから。仕事は」
「そんな褒めていただかなくとも」
「褒めてないわよ! この昼行灯め!」

 言い負かされたレイが、疲れた表情を浮かべている。

「遊びはいいのよ」
「もう終わりですか?」
「あなたと話すのは疲れるのよ! もう」
「ははは」
「で、報告書は確認したの?」

 ジル・ダズの表情が引き締まった。

「ハッ! どうやら新しい組織が誕生したようです」
「ネーベルバイパーを捕獲できる組織って、かなりの規模でしょ?」
「はい。この規模の組織編成は、我が国では珍しいかもしれません」
「大きいところは、ほとんど潰したものね」
「はい。もしかしたら残党が新たな組織を作った可能性や、他国からの進出もあるかと」
「はああ、次から次へと」
「それに、ネーベルバイパーの毒は麻薬がかかわってきますので、放置はできません」
「そうね。すでに抽出されてるみたいだもの。どれほどの量になっているか分からないけど、その調査も頼むわよ」
「ハッ!」 
「そうそう、討伐前に監視もされてたわ」
「報告書で読みました」
「これも新組織に関係あるかもしれないから、こちらも引き続き調査を頼むわね」
「ハッ! かしこまりました」

 これまでレイに教わった話によると、イーセ王国は騎士団の影響力が非常に大きい。
 そのため、他国に比べると高い治安を誇っているそうだ。

 犯罪組織から見ると、取り締まりが厳しいイーセ王国での活動はデメリットしかない。
 他国の巨大犯罪組織も、イーセ王国への進出は難しいとのこと。
 ただ、どの組織も全く展開できていない分、犯罪市場は未開拓であった。

 また、騎士団がモンスターまで討伐するので、冒険者もイーセ王国だとあまり活躍できないらしい。
 王国出身の高ランク冒険者の多くは、近隣国で活動するそうだ。

 だが国民からすると、高い料金を支払って冒険者ギルドに討伐依頼を出す必要がない。
 騎士団は王立なので、運営は全て国費だ。
 騎士団へ依頼すれば無料でモンスターを討伐する。
 そういった理由から、イーセ王国では騎士団の人気が驚くほど高い。
 団長だったレイは、今でも国民から尊敬されているため、この国で冒険者の活動は無理があった。 

「ところでレイ様、これからどうされるんですか?」
「私は冒険者に戻る」
「Aランクでしたからね。しかし、この国では活動できないでしょう?」
「そうね、だから国外へ出るわ」
「なるほど」
「この、アル・パートと行くのよ」

 突然俺の名前が呼ばれて驚いたが、すぐに自己紹介をした。

「アル・パートです」
「これはこれは、ご丁寧に。ジル・ダズと申します。……パートさん」
「アルで結構です」
「アルさん。あなた、ちょっと普通じゃないですね?」
「え?」

 ジル・ダズの言っている意味が分からず困惑。
 すると、レイが呆れた表情を浮かべていた。

「アル。この男は見ただけで、相手の筋力や力量が分かる変態なのよ」
「変態とは酷いですね。それにしても、……こんな人間、……いないというか。ちょっ、ちょっと、あなた本当に人間ですか? 失礼ですが、何をやられていたのですか?」
「鉱夫です」
「鉱夫! ただの鉱夫が? オホン、……失礼。しかし、人がこれほどの力を持つのですか?」

 俺は自分の採掘やトレーニングの話をした。

「きゅ、標高九千メデルトでトレーニング? い、いやいや、それはもう人じゃないですよ? 知ってますか? 標高九千メデルトだと、人は呼吸すらできないんですよ?」

 驚愕の表情を浮かべるジル・ダズ。

「もしかして、報告書に記載があったネーベルバイパーを一矢で葬ったのは、あなたでしたか!」
「そ、そうです」
「信じられなかったので、トレバーを追求しようと思ってましたが……。これは納得ですね。ところで、アルさんの冒険者ランクは?」
「Eランクです」
「E! これまた驚きましたね」

 レイが苛ついた表情ヘと変わった。

「だから、これからアセンに行ってランクを上げるのよ。本当はラダーから真っ直ぐアセンへ行くつもりだったのに、あたなのせいでタークまで来なければいけなくなったの! 一週間以上も無駄にしたわ!」
「あらあら、私のせいにしないでくださいよ」
「もう、これだからあなたに会うのは嫌だったのよ!」 
「そんなに嫌わないでくださいよ」

 もしかしてこのジル・ダズは、騎士団で唯一レイをおちょくることができる人間なのではないだろうか?

「ところで、レイ様。もしかして、ヴィクトリア女王陛下から、何かの許可をいただいてませんか?」
「クッ」
「図星ですね。いくら元団長だからって、退団した者がここまで入って来るのはおかしいですし、先程も責任を取ると仰ってました。退団しても騎士団への関わりが残ってるのでしょう。ということは、女王陛下から正式に許可を得てるんじゃないかと」

 俺は事態を飲み込めず、思わず疑問を口に出す。

「え? ど、どういう意味ですか?」
「アルさんに説明しても?」

 俺の質問に対して、ジル・ダズがレイに問いかけた。

「……よい」
「アルさん。恐らくですが、レイ様は退団する際に騎士の責務と交換条件アズ・イノー・ディグレスが発動されたのでしょう」
騎士の責務と交換条件アズ・イノー・ディグレス?」
「これは有能だった騎士団団長に対してのみ発動されると言われている契約で、退団を認める代わりに国からの要請を断れない。その代わり、様々な権限の行使が許されるというものです。ただ、これの発動自体初めて聞きました。さすがは歴代最高の団長様です」

 ということは、レイは今でも騎士団と繋がりがあるということか。

「ふうう、本当にあなたは嫌な男ね」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「褒めてないわよ!」

 また翻弄されているレイ。

「正確には違うわ。騎士の責務と交換条件アズ・イノー・ディグレスの内容はジル・ダズの言う通りだけど、この権限って実は今まで一度も発動されたことがないのよ。先王が団長時代、皇太子から即位なされた時、しばらく騎士団団長も兼務されていたことに由来されるの。なので、これはただ名前が残ってるだけの、いわば都市伝説みたいなものよ」

 レイの説明が続く。
 とても興味深い話だ。

「今回の私の退団が異例中の異例なの。過去最も若い現役の騎士団団長が、存命のまま退団。それも冒険者になるなんて、これまで一度もなかった。女王陛下は無条件で私の退団を認めてくださったけど、元老院は私が国家機密を知ってることや、騎士団への高い影響力を含めて放置できないと主張してきたの。何度も話し合ったわ」

 確かに言われてみると、元老院の言い分も分かるような気がする。

「女王陛下と、私と、元老院が歩み寄った結果、退団の条件が三つできたの。一つ、国家の危機や女王陛下からの呼び出しには必ず応える。呼び出しに応じない時は謀反とみなし逮捕状を出す。二つ、常に騎士団及び国家のために行動すること。もし国家機密を漏洩した場合は逮捕状を出す。三つ、私の行動は、その全てを女王陛下が認める。期限は次期団長が決定し、騎士団の運営が安定するまで、というものなのよ。簡単に言うと国家とのギブ・アンド・テイクね」

 騎士団団長ともなると、国家機密などから退団するのも本当に大変のようだ。
 むしろよく退団が認められたと思う。
 きっと昨年の事件で、女王陛下もレイに対して心を痛めて特別に許可したのだろう。

「レイ様、ありがとうございます。理解しました。確かに隊長クラス以上になると、国家機密を持って裏切ることができますし、実際に過去何度か暗部が動いたという話もありますからね」

 レイの説明でジル・ダズは納得した様子だ。
 そして、レイは真剣な表情で俺を見つめてきた。

「アル、確かに私は今でも騎士団に影響力があるのは認めるわ。私も何かあったら力になりたいと思っている。でも国外へ行けば、私の影響力はないわよ」
「いやいや、レイ様は他国でも影響力と人気をお持ちですよ?」

 答えたのはジル・ダズだった。

「うるさい!」

 俺もレイの説明は納得できるが、一つ心配事があった。

「レイ。俺が心配なのは、騎士団と関係を残しておくと、また国に翻弄されるのではないかということだよ」
「また?」

 レイよりも先にジル・ダズが反応していた。

「ジル・ダズは黙っていて」
「はいはい」
「アル、大丈夫よ。そこはヴィクトリアも分かってくれている。私と彼女は昔からお茶友達なんだから」

 ジル・ダズが苦笑いしている。

「女王陛下を呼び捨てでご友人なんて言えるは、この国ではレイ様くらいですよ? 本当に凄いお方ですね」
「バカね、ジル・ダズ。女王陛下とご友人は、このエルウッドもそうよ」
「ウォウ」
「こ、これは失礼しました。エルウッド殿」

 ジル・ダズに対し、レイが勝ち誇った顔をしている。

「さて、話は通したわ。必要ないことまで話してしまったけど、あなたはゆくゆく団長になるのだから、遅かれ早かれ知ることになるでしょう」
「なりませんよ?」
「ふふふ。私の予想だと、長くはないわよ」
「ま、まさか!」
「あの代理がいつまで続くのやら」
「リマ・ブロシオン団長代理ですか」
「リマがいつまで頑張るかしらねえ。彼女だって、やりたくてやってるわけじゃないもの。そういう決まり事だからやってるのよ?」

 リマ・ブロシオンは、昨年の王都の事件で最後に俺の味方をしてくれた女騎士だ。
 確か近衛隊の隊長だったというが、今は団長代理だったのか。
 知らなかった。

 いずれにしても、俺は自分のできることをやるしかない。
 国家レベルの話なんか、ついていけないのだから。

「さて、私たちは城下町で一泊して、明日アセンへ旅立つわ」
「ハッ! 承知いたしました。久しぶりにお会いできて嬉しかったです」
「ふふふ、心にもないことを。ではジル・ダズ卿。あなたの団長就任の未来に祝福をリ・クロトエ
「クッ。レ、レイ様とアルさんの旅に祝福をリ・クロトエ

 俺たちはターク城を出発した。

 ◇◇◇

「今回はレイ様に負けてしまったようです」

 窓の外を見るジル・ダズ。

「レイ様と冒険者か……。アルさんが羨ましいです。きっとトレバーも同じ気持ちだったでしょうね」

 アルとレイ、そしてエルウッドが城を出て行く様子を楽しそうに、どこか羨ましそうに眺めていた。
 そしてジル・ダズは自分の机に戻る。

「さて、仕事をしましょう。まずは麻薬関連を追跡しますかね」

 ◇◇◇
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