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第三章

第49話 視線と鼓舞

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 翌朝、駐屯地では早朝から慌ただしく準備が始まっていた。
 霧大蝮ネーベルバイパーは基本的に夜行性なので、日中に討伐するのがセオリーだ。

 中庭には大量の討伐用道具が運ばれている。
 俺とレイは中庭の士官用テントに入った。

「レイ様、アル殿、おはようございます」
「トレバー、おはよう」
「おはようございます」

 挨拶を交わすと、トレバーはレイに書類を渡した。

「すでに斥候を出していて、密に連絡を取っています」
「住処は分かったの?」
「ハッ! 昨日のポイントのすぐ近くで洞窟を発見しました。間違いなくネーベルバイパーです」
「じゃあ、あとは討伐だけなのね」
「ハッ! 作戦通り行けば問題ないかと」
「ええ、油断せず遂行しましょう」

 トレバーが俺のところへ来た。

「アル殿もよろしくお願いします」
「はい、お願いします。あ、トレバーさん」
「なんでしょう?」
「俺は一介の冒険者ですし、まだ駆け出しです。敬称も敬語も不要です。偶然レイが師匠というだけなので」
「アッハッハ、レイ様が師匠というだけで、私たちは信じられないんですよ。でも、分かりました。……では、アルと呼ぼう」
「はい、お願いします」

 トレバーは、レイの顔色をうかがうように目線を移す。

「レイ様、よろしいでしょうか?」
「私に聞かなくてもいいわよ。好きになさい。ふふふ」

 準備が完了し、討伐隊は日の出と共に出発。
 四十人の小隊だ。

 三十人が乗馬。
 残りの十人は二台の荷馬車に乗車。
 荷馬車には大量の道具や医療品、食料が積載されている。
 小隊は順調に街道を進む。
 だが、俺は少し気になることがあった。

「レイ、どうも視線を感じるんだ」
「どういうこと?」
「いや、確証はないんだけど、視られてるというか、監視されているような気がする」
「私は特に感じないけど。トレバーは?」

 レイが前方にいるトレバーに声をかける。

「ハッ! 私も特には感じません」
「アルの勘違いじゃなくて?」

 レイやトレバーは何も感じていないようだ。
 もしかしたら、俺の勘違いかもしれない。

「うーん、勘違いならいいんだけさ。俺はいつも山の中に一人でいたから、気配はすぐに分かるんだよね」
「そうね、あなたの能力は特別だし……。エルウッド、何か感じる?」

 レイがエルウッドに尋ねると、エルウッドは立ち止まり周囲を見渡す。
 次に目を閉じ、匂いを嗅ぐ仕草をした。

「ウォウ」

 エルウッドは小高い丘の方向を見て小さく吠える。

「トレバー! 斥候を! あの丘の上だ!」
「ハッ! 直ちに!」

 トレバーが部下に指示を出す。

 ◇◇◇

 小高い丘の茂みの中に、小型の望遠鏡を覗いている男が二人いる。
 一人は小柄な男。
 もう一人は筋肉質で、かなり大きな体格の男だ。

 小柄な男が、大男に話しかける。

「なあ、あれ見えるか?」
「声出すな」
「小さい声で話してるだろ」
「ちっ。で、なんだ?」
「あれってよ……。もしかして、レイ・ステラーじゃね?」
「は? 何言ってるんだ。なぜレイ・ステラーがこんな田舎にいる?」
「でもよ、あれほどの美人で、金髪の長髪を後ろで結わってる女なんてレイ・ステラーしかいないだろ?」
「だとしたら、なぜ騎士団と一緒にいる? 退団したはずだぞ?」
「そうなんだけどよ。やっぱどう見てもレイ・ステラーだろ」
「ちっ。どれだ。……なっ! た、確かにレイ・ステラーだ!」
「大きい声出すなよ」
「す、すまん。しかしなぜレイ・ステラーがこんなところに……」
「分かんねーけどよ。俺さ、前の組織、あいつに潰されたんだぜ」
「俺もだ」
「あれからよー、あの綺麗な顔が好きになっちまってよ」
「バカか?」
「もう、あの綺麗な顔をグチャグチャに切り刻んでやりてーんだよ。くっくっくっ」
「ちっ、変態め」
「おまえも恨みがあるだろ?」
「もちろんだ。今の組織に拾われなければ、野垂れ死んでたからな。恨みしかない」

 二人の男は望遠鏡を覗きながら会話を続ける。

「ってか、あのレイ・ステラーの横にいる男。なんかよー、俺たちの監視に気付いてねーか?」
「バカな! 五百メデルトは離れてるぞ!」
「大きい声出すなって」
「す、すまん。……騎士ではなさそうだし、冒険者か? しかし、名のある冒険者は大体知ってるぞ」
「あ、もしかして……。昨年な、冒険者ギルドの共通試験で満点出したやつがいるんだよ」
「はあ? あの試験で満点取れるやつなんているのか?」
「ああ、レイ・ステラー以来の満点らしい。だた、冒険者カードはEランクって話だぜ」
「満点取ってEランク? 頭おかしいのか、貧乏なのかどちらかだな」
「この話は情報屋から買ってるんだがよ。確か狼牙も連れてたって話だ」
「そんな細かい話に金払ってるのか」
「情報は命だぜ? それに、将来の敵は早めに摘むタイプなんだよ。俺は」
「ビンゴだな。あいつ狼牙を連れている」
「ヤベーな。狼牙ならこっちに気付くかもしれねーぞ」
「そうだな。監視は中止だ」
「しょうがねーなー。霧大蝮ネーベルバイパーはもう諦めるか」
「騎士団、レイ・ステラー、そして満点男と狼牙では無理だな」
「あー、ボスに怒られちまうぜ」
「仕方がない。戻って報告だ」
「あ! 狼牙が気付いたっぽいぞ! ヤバいヤバいヤバい! 引くぞ!」

 ◇◇◇

 俺はエルウッドと顔を見合わす。

「エルウッド、気配消えたよね?」
「ウォウ」

 エルウッドが頷いた。

「レイ、もういなくなったよ」
「分かったわ。エルウッド、ありがとう」
「ウォン!」

 一連のやり取りを見ていたトレバーが、不思議そうな顔をしている。

「アルよ、おまえはエルウッドと話ができるのか?」
「エルウッドは人語を完璧に理解してるんです」
「なに! では、アルだけではなく私の言葉も分かるのか?」
「ええ、そうですよ」
「狼牙は飼い主とだったらある程度コミュニケーションを取れると聞いていたが、ここまで普通に会話ができるとは。この狼牙は凄いな」

 トレバーはとても驚いていた。

「あら、トレバー。エルウッドはヴィクトリア女王陛下とご友人なのよ? 話し方に気をつけなさい」
「な、なんですと! へへへ、陛下と! エ、エルウッド殿、大変失礼しました!」
「ウォン!」

 エルウッドの自慢げな表情を見て、俺とレイは笑った。
 そして、俺とエルウッドが、昨年ヴィクトリア女王陛下に直接お会いしたことを伝えた。

「そうだったのか。まさか、アルとエルウッドが女王陛下とも面識があるとは……」
「偶然です。レイと師弟関係にあったら、お茶に誘われただけです」

 騎士にとって、女王陛下は最上位の存在だ。
 突然陛下の名が出て、トレバーは驚きを隠せない様子だった。

 街道を進む小隊。
 当初はリラックスしていたが、現場へ近付くにつれ少しずつ緊張感が高まっていた。
 そこへ斥候が帰還し、トレバーへ報告。

「……分かった。ご苦労だった」

 トレバーの表情が固くなる。

「やはり、丘の上の茂みに痕跡があったようです。対象はすでに消えてましたが、二人分の痕跡でした」

 トレバーが報告内容を教えてくれた。

「アル、あなたの能力にはもう驚かないつもりだったけど、この距離で監視に気付くって、どう考えてもおかしいわね」
「それって褒めてる?」
「もちろん褒めてるわよ。ふふふ。さて……」

 ここまで余裕があったレイの表情が引き締まる。

「トレバー、私が鼓舞トールする。いいか?」
「え? あっ! は、はい! もちろんです! ぜひ! ぜひともお願いいたします!」
「アル、ここから切り替えなさい」

 そう言ってレイは隊列の前方に出る。
 全員が見える位置まで進み、馬を回転させこちらを向く。

 レイが拳を握り右手を掲げた。
 小隊にどよめきが起こるも、すぐに切り替え、凄まじい勢いで一糸乱れぬ隊列を組んだ。
 レイが小隊を見渡す。

「全員気を引き締めよ! これからネーベルバイパーを討伐する! 各自警戒を怠るな!」
「おおおお!」

 レイが大きく息を吸った。

戦いの琵音を奏でよフォン・ライ・アシュデル! 勝利の笛を鳴らせシュー・アーズ・ベル! 右手に剣レーム・カイ左手に福音持てキリエ・クライフト! 進め騎士たちよクォーズ・ド・エージュ! 我らの道に光差すアズ・セム・ウォー! 皆に祝福をリ・エス・クロトエ!」
我らの道に光差すアズ・セム・ウォー! 我に祝福をリ・アン・クロトエ!」

 小隊全員が大声で応えた。
 凄まじい迫力で、地面が揺れるような錯覚を受ける。
 騎士団の小隊四十人全員の空気が一気に変わった。

「これがクロトエ騎士団の戦いの儀式か……。す、凄い……」

 俺は初めてのことで驚いたが、鼓舞トールと呼ぶそれは美しく響き渡る歌だった。
 レイの美しく凛とした威厳のある声は、全員の士気を一瞬で最高潮まで引き上げる。
 さすがは最強騎士団の中でも、歴代最高の団長と呼ばれただけある。
 何も知らない俺でさえ、身体の中から熱い感情が込み上げてきて勇気が湧いて来るほどだ。

 鼓舞トールを終え、レイが戻って来た。

「トレバー、ありがとう」
「ううっ」
「トレバー?」

 トレバーが涙を流している。

「私はレイ様の鼓舞トールがあったから、あの戦場でも生き残れたのです。またこの時が来るなんて……」
「全員で勝利するぞ」
「ハッ!」

 最強騎士団の隊列は街道を南に進む。
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