美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ

秋津冴

文字の大きさ
10 / 12

第九話 身代わりと結婚と

しおりを挟む
「我が女神ラーダの神殿は王都の結界を管理する役割を国王陛下から命じられている。だが、それの維持には莫大な費用が必要となるのだ。近年、導入した魔導具のお陰で人員を整理できたが、結界を維持するために必要な魔力を生み出すための魔鉱石が値上がりしていてな……」
「はあ……?」
「まあそんなことはどうでもいい。とにかく結界の維持は、神殿の経営を圧迫する。借財がかさみ、このままでは破産寸前だ。そこで我々は、他の結界維持する者たちに支援を求めた」

 分かりやすく言うと、借金の肩代わりを求めた、ということだろうか。
 他の三団体はそれぞれ、西の勇者が所属する総合ギルド、南の賢者の塔、北の辺境伯家となっている。

 団体の規模からしても女神の神殿は四者のなかで最大級で、もちろん資産も最高額を有している。
 つまり、その経営が破綻するということは、王都の結界がなくなるということだ。

 王国を護る東の結界そのものがなくなると、東側にある大森林から魔獣が押し寄せてくることだろう。
 ほどなくして、王国は壊滅に至るかもしれない。

 その危機を免れることができるとすれば、国内では第二の規模だが世界各地に関連団体がある総合ギルドか、北の辺境伯家しかない。

 辺境伯家はブレイクが築いた資産だけでも国内有数の富豪に数えられる。その領地などを併せたら、国内では女神神殿に匹敵する規模の金持ちといえるだろう。

「まさかの、辺境伯様? とか?」
「ああん? なぜお前がその事を知っている?」
 
 死んだ魚の眼が迫ってきた。
 ただの思いつきですと、あわあわとなりながら肩をすくめて見せる。彼の目つきは苦手だった。

「……まあ、我が神殿と同規模の資産を有するのはあそこくらいだ。誰でも思いつく話だな……。その辺境伯から返事が来たのだ」
「それとこの婚姻届とどういうつながりが?」
「彼の言い分はこうだ。現在、神殿では魔導具による結界の維持ができている。神殿がやるべきことは、その管理を万全にすることだ。人員を削減し、高位の神官など魔力の高い者を、他の魔族と戦争をしている地域へと派遣すべきだ、とな」
「ああ……。そういう、え? でも、だからなんでこれですか?」
「話を最後まで聞かないのがお前の悪い所だ。少しは頭を回してみろ、神殿の中で辺境伯の言うように魔力の強い人間で、お前とつながりのある者は誰がいる?」

 ちょっとだけ考えて、その答えはすぐに出た。
 妹だ。ブレイクは優秀な妹のジェシカを望んでいるのだろう。そういうことか、と腑に落ちる。納得がいく結論のような気がした。

「……ジェシカ、ですね」
「ああ、そうだ。腐った片割れでないほうの、双子の聖なる片割れ。ジェシカだ」
「そこまで言わなくても」

 能力が高い妹を辺境伯家に娶ることで、その家はさらに魔力の高い子孫を生み出すことができる。
 まさか、ブレイクのような高齢の男性がジェシカや自分のように十四歳の少女を望むこともないだろう。

 彼が言っていたように息子たちの誰かが夫になるのかもしれない。
 妹はまだ未熟だ。聖女になれるまで神殿から離れるべきではないし、自分と離れては彼女の成長が遅くなる。

 妹が聖女としての才能を開花するまで少しばかり待ってはもらえないだろうこと、ブレイクに懇願してみようか。
 そんなことをイザベラが考えていると、神官長は驚きの発言を繰り出した。

「かといって、ジェシカは有能な少女だ。いずれは聖女隣この神殿の長となるべき逸材だ」
「ええ、そうですね。姉としては誇らしい限りです」
「そこでだ! 双子のお前が、行けばいいということになった」
「……は?」

 つまりそれは偽りの花嫁になるということだろうか?
 神に仕える神官ともあるまじき、不正だとイザベラは驚きに目を見張った。

「相手は双子の片方を望んでいる。正しくは、優秀な双子の片方をよこせと言ってきた。お前も昔は優秀だったそうだな? 今は腐った片割れだが」
「……そんな、相手を欺くようなことをして、もしばれたらどうするつもりですか」
「問題はない。さっさと婚姻してしまえば、相手も離婚はできん。この国では王族以外、重婚は犯罪だ。法律でそう決まっている。ついでに女神様は一度結婚してしまったら離婚することを認めないと、教義で語っておられる」

 そういった教えを下した覚えはない、と左目に宿る女神が怒っているのが、なんとなくイザベラには見て取れた。
 女神ラーダが地上に降臨してから、二千年ほどの時間が経過した、と神話では言われている。

 その間になにかがあって、女神は神殿の横の方にある小さな祠の中で、女神像に形を変えて眠っていた。
 神殿のベランダが崩落し、そこで遊んでいたイザベラが落下したところに、女神の祠があった。

 祠は落下時の衝撃で破壊され、長い眠りに就いていたラーダの女神像が左目にぶつけてしまい、何の因果かイザベラは女神をその身に宿すことになった。

「女神様がそう決められたかどうかはわたしには分かりません」
「女神様が決めるかどうかは関係ない。神殿を経営する我々が決めたことだ。お前はこれまで十年間、ただ飯を喰らい、寝起きする場所を与えられ、さらに教育まで施されてきた。神殿に養われてきたも同然だろう?」
「つまり、恩を返せ、と」
「そういうことだな。結婚する相手は辺境伯だ」
「えっ――ッ!」

 それはでは妹があまりにも可哀想だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた魔王様と一緒に田舎でのんびりスローライフ

さら
恋愛
 美人な同僚・麗奈と一緒に異世界へ召喚された私――佐伯由香。  麗奈は「光の聖女」として王に称えられるけれど、私は“おまけ”扱い。  鑑定の結果は《才能なし》、そしてあっという間に王城を追い出されました。  行くあてもなく途方に暮れていたその時、声をかけてくれたのは――  人間に紛れて暮らす、黒髪の青年。  後に“元・魔王”と知ることになる彼、ルゼルでした。  彼に連れられて辿り着いたのは、魔王領の片田舎・フィリア村。  湖と森に囲まれた小さな村で、私は彼の「家政婦」として働き始めます。  掃除、洗濯、料理……ただの庶民スキルばかりなのに、村の人たちは驚くほど喜んでくれて。  「無能」なんて言われたけれど、ここでは“必要とされている”――  その事実が、私の心をゆっくりと満たしていきました。  やがて、村の危機をきっかけに、私の“看板の文字”が人々を守る力を発揮しはじめます。  争わずに、傷つけずに、人をつなぐ“言葉の魔法”。  そんな小さな力を信じてくれるルゼルとともに、私はこの村で生きていくことを決めました。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

処理中です...