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第九話 身代わりと結婚と
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「我が女神ラーダの神殿は王都の結界を管理する役割を国王陛下から命じられている。だが、それの維持には莫大な費用が必要となるのだ。近年、導入した魔導具のお陰で人員を整理できたが、結界を維持するために必要な魔力を生み出すための魔鉱石が値上がりしていてな……」
「はあ……?」
「まあそんなことはどうでもいい。とにかく結界の維持は、神殿の経営を圧迫する。借財がかさみ、このままでは破産寸前だ。そこで我々は、他の結界維持する者たちに支援を求めた」
分かりやすく言うと、借金の肩代わりを求めた、ということだろうか。
他の三団体はそれぞれ、西の勇者が所属する総合ギルド、南の賢者の塔、北の辺境伯家となっている。
団体の規模からしても女神の神殿は四者のなかで最大級で、もちろん資産も最高額を有している。
つまり、その経営が破綻するということは、王都の結界がなくなるということだ。
王国を護る東の結界そのものがなくなると、東側にある大森林から魔獣が押し寄せてくることだろう。
ほどなくして、王国は壊滅に至るかもしれない。
その危機を免れることができるとすれば、国内では第二の規模だが世界各地に関連団体がある総合ギルドか、北の辺境伯家しかない。
辺境伯家はブレイクが築いた資産だけでも国内有数の富豪に数えられる。その領地などを併せたら、国内では女神神殿に匹敵する規模の金持ちといえるだろう。
「まさかの、辺境伯様? とか?」
「ああん? なぜお前がその事を知っている?」
死んだ魚の眼が迫ってきた。
ただの思いつきですと、あわあわとなりながら肩をすくめて見せる。彼の目つきは苦手だった。
「……まあ、我が神殿と同規模の資産を有するのはあそこくらいだ。誰でも思いつく話だな……。その辺境伯から返事が来たのだ」
「それとこの婚姻届とどういうつながりが?」
「彼の言い分はこうだ。現在、神殿では魔導具による結界の維持ができている。神殿がやるべきことは、その管理を万全にすることだ。人員を削減し、高位の神官など魔力の高い者を、他の魔族と戦争をしている地域へと派遣すべきだ、とな」
「ああ……。そういう、え? でも、だからなんでこれですか?」
「話を最後まで聞かないのがお前の悪い所だ。少しは頭を回してみろ、神殿の中で辺境伯の言うように魔力の強い人間で、お前とつながりのある者は誰がいる?」
ちょっとだけ考えて、その答えはすぐに出た。
妹だ。ブレイクは優秀な妹のジェシカを望んでいるのだろう。そういうことか、と腑に落ちる。納得がいく結論のような気がした。
「……ジェシカ、ですね」
「ああ、そうだ。腐った片割れでないほうの、双子の聖なる片割れ。ジェシカだ」
「そこまで言わなくても」
能力が高い妹を辺境伯家に娶ることで、その家はさらに魔力の高い子孫を生み出すことができる。
まさか、ブレイクのような高齢の男性がジェシカや自分のように十四歳の少女を望むこともないだろう。
彼が言っていたように息子たちの誰かが夫になるのかもしれない。
妹はまだ未熟だ。聖女になれるまで神殿から離れるべきではないし、自分と離れては彼女の成長が遅くなる。
妹が聖女としての才能を開花するまで少しばかり待ってはもらえないだろうこと、ブレイクに懇願してみようか。
そんなことをイザベラが考えていると、神官長は驚きの発言を繰り出した。
「かといって、ジェシカは有能な少女だ。いずれは聖女隣この神殿の長となるべき逸材だ」
「ええ、そうですね。姉としては誇らしい限りです」
「そこでだ! 双子のお前が、行けばいいということになった」
「……は?」
つまりそれは偽りの花嫁になるということだろうか?
神に仕える神官ともあるまじき、不正だとイザベラは驚きに目を見張った。
「相手は双子の片方を望んでいる。正しくは、優秀な双子の片方をよこせと言ってきた。お前も昔は優秀だったそうだな? 今は腐った片割れだが」
「……そんな、相手を欺くようなことをして、もしばれたらどうするつもりですか」
「問題はない。さっさと婚姻してしまえば、相手も離婚はできん。この国では王族以外、重婚は犯罪だ。法律でそう決まっている。ついでに女神様は一度結婚してしまったら離婚することを認めないと、教義で語っておられる」
そういった教えを下した覚えはない、と左目に宿る女神が怒っているのが、なんとなくイザベラには見て取れた。
女神ラーダが地上に降臨してから、二千年ほどの時間が経過した、と神話では言われている。
その間になにかがあって、女神は神殿の横の方にある小さな祠の中で、女神像に形を変えて眠っていた。
神殿のベランダが崩落し、そこで遊んでいたイザベラが落下したところに、女神の祠があった。
祠は落下時の衝撃で破壊され、長い眠りに就いていたラーダの女神像が左目にぶつけてしまい、何の因果かイザベラは女神をその身に宿すことになった。
「女神様がそう決められたかどうかはわたしには分かりません」
「女神様が決めるかどうかは関係ない。神殿を経営する我々が決めたことだ。お前はこれまで十年間、ただ飯を喰らい、寝起きする場所を与えられ、さらに教育まで施されてきた。神殿に養われてきたも同然だろう?」
「つまり、恩を返せ、と」
「そういうことだな。結婚する相手は辺境伯だ」
「えっ――ッ!」
それはでは妹があまりにも可哀想だ。
「はあ……?」
「まあそんなことはどうでもいい。とにかく結界の維持は、神殿の経営を圧迫する。借財がかさみ、このままでは破産寸前だ。そこで我々は、他の結界維持する者たちに支援を求めた」
分かりやすく言うと、借金の肩代わりを求めた、ということだろうか。
他の三団体はそれぞれ、西の勇者が所属する総合ギルド、南の賢者の塔、北の辺境伯家となっている。
団体の規模からしても女神の神殿は四者のなかで最大級で、もちろん資産も最高額を有している。
つまり、その経営が破綻するということは、王都の結界がなくなるということだ。
王国を護る東の結界そのものがなくなると、東側にある大森林から魔獣が押し寄せてくることだろう。
ほどなくして、王国は壊滅に至るかもしれない。
その危機を免れることができるとすれば、国内では第二の規模だが世界各地に関連団体がある総合ギルドか、北の辺境伯家しかない。
辺境伯家はブレイクが築いた資産だけでも国内有数の富豪に数えられる。その領地などを併せたら、国内では女神神殿に匹敵する規模の金持ちといえるだろう。
「まさかの、辺境伯様? とか?」
「ああん? なぜお前がその事を知っている?」
死んだ魚の眼が迫ってきた。
ただの思いつきですと、あわあわとなりながら肩をすくめて見せる。彼の目つきは苦手だった。
「……まあ、我が神殿と同規模の資産を有するのはあそこくらいだ。誰でも思いつく話だな……。その辺境伯から返事が来たのだ」
「それとこの婚姻届とどういうつながりが?」
「彼の言い分はこうだ。現在、神殿では魔導具による結界の維持ができている。神殿がやるべきことは、その管理を万全にすることだ。人員を削減し、高位の神官など魔力の高い者を、他の魔族と戦争をしている地域へと派遣すべきだ、とな」
「ああ……。そういう、え? でも、だからなんでこれですか?」
「話を最後まで聞かないのがお前の悪い所だ。少しは頭を回してみろ、神殿の中で辺境伯の言うように魔力の強い人間で、お前とつながりのある者は誰がいる?」
ちょっとだけ考えて、その答えはすぐに出た。
妹だ。ブレイクは優秀な妹のジェシカを望んでいるのだろう。そういうことか、と腑に落ちる。納得がいく結論のような気がした。
「……ジェシカ、ですね」
「ああ、そうだ。腐った片割れでないほうの、双子の聖なる片割れ。ジェシカだ」
「そこまで言わなくても」
能力が高い妹を辺境伯家に娶ることで、その家はさらに魔力の高い子孫を生み出すことができる。
まさか、ブレイクのような高齢の男性がジェシカや自分のように十四歳の少女を望むこともないだろう。
彼が言っていたように息子たちの誰かが夫になるのかもしれない。
妹はまだ未熟だ。聖女になれるまで神殿から離れるべきではないし、自分と離れては彼女の成長が遅くなる。
妹が聖女としての才能を開花するまで少しばかり待ってはもらえないだろうこと、ブレイクに懇願してみようか。
そんなことをイザベラが考えていると、神官長は驚きの発言を繰り出した。
「かといって、ジェシカは有能な少女だ。いずれは聖女隣この神殿の長となるべき逸材だ」
「ええ、そうですね。姉としては誇らしい限りです」
「そこでだ! 双子のお前が、行けばいいということになった」
「……は?」
つまりそれは偽りの花嫁になるということだろうか?
神に仕える神官ともあるまじき、不正だとイザベラは驚きに目を見張った。
「相手は双子の片方を望んでいる。正しくは、優秀な双子の片方をよこせと言ってきた。お前も昔は優秀だったそうだな? 今は腐った片割れだが」
「……そんな、相手を欺くようなことをして、もしばれたらどうするつもりですか」
「問題はない。さっさと婚姻してしまえば、相手も離婚はできん。この国では王族以外、重婚は犯罪だ。法律でそう決まっている。ついでに女神様は一度結婚してしまったら離婚することを認めないと、教義で語っておられる」
そういった教えを下した覚えはない、と左目に宿る女神が怒っているのが、なんとなくイザベラには見て取れた。
女神ラーダが地上に降臨してから、二千年ほどの時間が経過した、と神話では言われている。
その間になにかがあって、女神は神殿の横の方にある小さな祠の中で、女神像に形を変えて眠っていた。
神殿のベランダが崩落し、そこで遊んでいたイザベラが落下したところに、女神の祠があった。
祠は落下時の衝撃で破壊され、長い眠りに就いていたラーダの女神像が左目にぶつけてしまい、何の因果かイザベラは女神をその身に宿すことになった。
「女神様がそう決められたかどうかはわたしには分かりません」
「女神様が決めるかどうかは関係ない。神殿を経営する我々が決めたことだ。お前はこれまで十年間、ただ飯を喰らい、寝起きする場所を与えられ、さらに教育まで施されてきた。神殿に養われてきたも同然だろう?」
「つまり、恩を返せ、と」
「そういうことだな。結婚する相手は辺境伯だ」
「えっ――ッ!」
それはでは妹があまりにも可哀想だ。
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