美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ

秋津冴

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第一話 行き倒れの老人

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 二年前。冬、王都。
 その日は神殿が主催する、美と豊穣の女神ラーダへ秋の収穫を奉じる祭りの最終日。

 王都の東側に位置する神殿の中庭で、大勢の人々が集まり、神殿の管弦楽団が奏でる演奏に身を委ねて女性はドレスをまとい、男性は礼服に袖を通してお洒落を楽しむ、夜会が開かれる直前だった。

 秋から冬へと差し掛かる夕暮れの空は、東の降りる青と西から這い上がる漆黒に押しつぶされそうになっていた。
 薄くも鮮やかな紫色が世界を覆い、太陽が姿を消した空には、新たに月が取って代わって昇っていた。

 細く鋭い金色の三日月は、その場に参加していた人々の肌に寒さを突き刺し、体温を奪っていく。
 普段ならば家路を急ぐ人々も、この夜だけは夏の終わりのころのように陽気にダンスを踊り、お酒を飲んで中庭の各所に焚かれた焚火を囲み、秋を無事に終われたことを女神に感謝して過ごすのだ。

 神殿が経営する学校の生徒は、裏方として祭りの進行を妨げることなく、各所を管理する神官たちの命令に従って、忙し気に動き回っている。

 そんな中、イザベラだけは特別な事情で、人々の前に出ることを許されず、いつものように行事が開催されるときは広大な敷地を覆う城壁の裏門前でやってくる物乞いや、報われない方々に向けて炊き出しを行っていた。

 多くの浮浪者が冬を過ごすための食糧や毛布、燃料を求めて列を成し、神殿では寄付金で購入した品々を彼らに施すのが、例年の習わしだった。

「配給はこれでお終い。衣類の方もほとんど無くなったし、燃料はこっちが寒さを凌ぐのに分けて欲しいくらい」

 神殿の最下層の使用人たち。
 元々奴隷だったり、犯罪者だった者が、その罪を許されたり身分を解放されたりして、たどり着く最底辺の場所に紛れて、イザベラは自分の受け持った部署が無事に品切れになったことを確認して、ひとつ頷く。

 夜も深まり、ようやく施しを受ける人々の列が途切れたころ、彼はやってきたのだ。
 よろよろと大きな体を震わせ、食事を出す受付口にたどり着くことなく、ばったりと道端に伏せて動かなくなる。

「ちょっと! 大丈夫ですか、おじいさん? しっかりして」
「あ、ああ。そこで襲われたんだ。なんてとこだこの都は。いつからこんなに物騒になった」

 行き倒れかもしれないと心配して駆けつけて見たら、老人は傷だらけだった。助けてくれ、と彼は懇願する。
 衣服はそれとなく上品な装いだったものの、激しく争ったのか着ていた上着の片袖が破れて取れかかっていた。

 ブレイク自身の顔や腹部にも大きなアザと出血があり、とても見て見ぬふりはできない状態だった。
 けれど、イザベラと一緒に駆けつけたその場にいた神官は、彼の発言を耳にして目を反らした。

 神殿は王都にある、王都の報われない人たちを救うのだ。
 そうすれば、王国から税金の一部を免除され、さらに褒美として支援金がでる。

 だが、王都の外からやって来る人々を助ける術を、神殿は用意していない。
 たとえ重症を抱えた病人や怪我人であっても、救いの手を差し伸べることはない。無視され、放置されるだけだ……あのときのブレイクのように。
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