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69.薄桃色の月が照らす部屋で

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 ふと、意識が覚醒した。
 ここはいつも過ごす自室で、ぼんやり見上げる窓の外には薄桃色のまあるい月が顔を出している。

 なんとなく気配を感じ、左に顔を傾けると椅子にもたれるリュートが目に入った。
 俯きがちに傾いた彼はどうやら眠りの海を彷徨っているようだ。
 月明かりで伏せたまつげが影を落とし、金の髪が淡く光る。

(キラキラして、とても綺麗だわ)

 目覚めたばかりの朧げな意識の中で、そんな感想を抱いたジゼルはゆっくり記憶を巡らせた。
 ユスシアの街から出て、「あの先にルゥがいるから」と指差したところまでは覚えている。

 しかしその先がぷつりと切れて思い出せない。きっとそこで意識を失ったと推測した。
 意図せずとはいえ多量に魔力を放出した弊害だろう。リュートと再会した日を思い出し、つい苦く笑ってしまった。

「魔力には自信があるのに……、まだまだ私も未熟ね」

 ぽつりと小さな独り言を漏らしたその時、揺らいだリュートの肩が小さく跳ねた。

「ジゼル……?」
「おはよう。リュートが運んでくれたの?」

 咄嗟に声を掛けたけど、今は夜になる。
 朝の挨拶でよかったかしら、なんて冗談めかそうとしたジゼルだったが、それは叶わなかった。唐突に、息も止まるほど強く抱きしめられたからだ。

「ジゼル!」
「な、なあに? どうしたの? 苦しいわ」

 リュートの腕は震えていたけど、華奢な体は悲鳴を上げている。
 出来れば軋むほどの力はご遠慮願いたい。抗議の声を聞いたリュートは慌ててジゼルを解放した。見下ろす青の瞳は濡れているようだった。

 シーツに置かれた手をそっと握ると、今度は緩い力で握り返された。

「ごめん、このまま目覚めなかったらどうしようって……。君に何かあったら僕は……」
「大丈夫よ。どこも痛くないし、意識だってはっきりしているわ」

 少しの気怠さは残っているけど、それ以外に不調は感じない。
 リュートに会えた安心感も相まって、よほどぐっすり眠れたのだろう。
 おそらくジェイドが回復を促す魔法をかけてくれたはずだ。身に残る父の魔力は力強く頼もしい。

「それならよかったけど……。無茶なことはしないで欲しい。ジゼルを失ったら生きている意味がない」
「大袈裟ね。少し魔力を使いすぎただけだもの。本当に危なかったらお父様だってもっと……、そうよ! お父様は? 何も言われなかったの?」

「うん。あっさり迎えていただいたよ。優しいよね、ジェイド様。説明しようとしたけど、詳しくはジゼルの意識が戻ってから聞くと仰ってた」
「そう……、よかった」

 そもそもジゼルに発破をかけたのはジェイドである。まさかリュートを拒絶するとは思わなかったけど、それでも無事に通されたことに安堵した。なんせ父は気まぐれなのだ。

 ほっと息を吐いたジゼルは寝転んだまま、リュートへ体を寄せる。
 期待のまなざしで見上げると、察した彼はジゼルの頬にそっと手を添えた。

 屈み込むリュートの髪がさらりと額を撫でる。くすぐったさに小さく笑った声は、重なったくちびるですぐに塞がれた。
 労わるような、ゆっくり押し付けられるだけの優しいキス。

 触れるだけの口づけも嫌いじゃない。ありありと気持ちが伝わってくるし、大切にされている実感が持てるから。
 だけど今はもっと貪欲に求めて欲しかった。催促するよう、首に腕を回して更に体を寄せる。

 戸惑いがちに身を離そうとするリュートを許さず、ジゼルは更にきつくしがみついた。
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