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68.すべて君のもの
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メイリーンと話をした時も彼は冷淡な表情をしていたが、あの時以上の冷酷な瞳と口調。
冷たい怒りがひしひしと肌で感じ取れる。
こんな姿はイブリスではお目にかかれなかった。
しかも守るような背中は頼もしく、ジゼルの胸は振り切れるほどに高鳴っている。
(え、どうしよう……。すごく素敵だわ! いつもとの差が最高なんだけど)
状況を忘れてしまうのはいっそジゼルの特技である。
しかしフェリクの呻くような声がまたもや現実へと引き戻す。
「こんなこと、許されると思ってるのか?」
兄を見る瞳は憎悪に溢れ、怒りに震える声は地を這うようだった。
呆れたジゼルは腰に手を当てて、リュートの横に並ぶ。
もちろんリュートは止めようとしたけれど、その腕をやんわり制止した。
魔法が効かなくとも、彼がいれば怖くない。現に、刃で押さえられたフェリクは動けないでいる。
気怠さを隠し、強気な態度を崩さないジゼルはツンとした目線でフェリクを見上げる。
「許されるに決まってるでしょ。だって私はユスシアを脅かすつもりもないし、恋人を連れ戻しに来ただけだもの」
「魔女め、連れ戻すだと……。イブリスの王子をさらうとでも?」
「なに言ってるの。国民はリュートを知らないのよ。存在しない人をさらうことなんて出来っこないわ。本当に馬鹿なのね。あなたが一流の剣士を失うのは、優秀な人材を蔑ろにした自業自得よ。ねえ、そうでしょ?」
同意を求めるよう、にっこり笑いかけるジゼルと目が合ったリュートは少し驚いたような顔をしていたが、ややあって困ったような笑顔を見せた。
いつものよく知った、気のゆるむ表情はジゼルの頬も緩ませる。
その時、庭園へと駆け寄る数人の男女が目に入った。先ほどの騎士が医療班を連れて来たようだ。
当然とも言うべきか、中には援軍とみられる騎士の姿も見受けられる。
青いローブと白い制服。おそらく医療従事者は青の者たちだ。
白い詰襟を確認したジゼルはその場に存在する騎士全てに向けて睡眠の魔法を発動した。
ぱたぱたと眠り込んでいく者たちを見た医療班は悲鳴を上げ、フェリクもまた唖然とその光景を凝視している。
「化け物……」
「失礼ね。何人来ようが同じよ。私はユスシアに関わる気はないけど、もし文句があるのならあなたが直接話に来て。私とイブリスの剣士がお迎えするわ。ね? 剣士様。私たちの国へ帰りましょ」
「うん……、そうだね。帰ろう」
にっこり見上げると彼は穏やかに微笑み返し、それから再びフェリクに視線を移した。
「ああ、そうだ。メイには、次は途中で止めない。そう伝えて」
「メイリーンに……? お前、何を……」
青い顔のまま問いかけるフェリクに答えないリュートは流れるような動作で刃を納め、にこりと微笑むだけだった。
そうしてふらつくジゼルの肩を抱いた彼は、何事もなかったかのように軽やかな足取りで歩き出す。
「ジゼル、本当に大丈夫か? 顔色が……」
「大丈夫よ。少し、怠いだけ」
さすがに魔力を使いすぎたようだ。先ほどよりも更に体は怠く重い。
無理に微笑んで見せると、リュートはまた困ったような顔をした。
そして一言「失礼」とだけ告げた彼は軽々とジゼルを抱き上げる。
突然高くなった視界に驚いたものの、リュートの腕は身も心も安心させてくれる。大人しく身を預けるジゼルに安心したような彼は再び歩き出した。
「こっちに裏口があるんだ。僕はいつもそこを使ってる」
そう告げる穏やかな表情をジゼルはじっと見つめた。
実はさっきのフェリクとのやり取りが気になっている。あの妹が簡単にリュートを諦めるとは思えなかったからだ。
「メイリーンと何があったの?」
「何でもないよ。ただの兄妹喧嘩かな」
さらっと躱す言葉はジゼルの眉を軽く顰めさせる。
はぐらかす彼が絶対に教えてくれないことは、もう学習済みだ。
なんでも隠さず話して欲しいのはエゴというものだろうか。
不機嫌に黙り込んだジゼルに目を細めたリュートは、前髪越しの額にそっとくちびるを押し当てた。
柔らかなキスはジゼルの不満を和らげてしまうから困ったものである。
むうっとくちびるを尖らせて拗ねるジゼルを見つめるリュートは小さく笑った。
「今までもこれからも、僕の全ては君だけのものだし、僕に必要なものも君だけなんだ。ジゼルのそばにいるためなら、僕は何をしても厭わないよ」
そう言って微笑む瞳は見たこともないくらい晴れやかに澄んでいる。
それはちょうど頭上に広がる、吸い込まれるような蒼穹と同じ色をしていた。
冷たい怒りがひしひしと肌で感じ取れる。
こんな姿はイブリスではお目にかかれなかった。
しかも守るような背中は頼もしく、ジゼルの胸は振り切れるほどに高鳴っている。
(え、どうしよう……。すごく素敵だわ! いつもとの差が最高なんだけど)
状況を忘れてしまうのはいっそジゼルの特技である。
しかしフェリクの呻くような声がまたもや現実へと引き戻す。
「こんなこと、許されると思ってるのか?」
兄を見る瞳は憎悪に溢れ、怒りに震える声は地を這うようだった。
呆れたジゼルは腰に手を当てて、リュートの横に並ぶ。
もちろんリュートは止めようとしたけれど、その腕をやんわり制止した。
魔法が効かなくとも、彼がいれば怖くない。現に、刃で押さえられたフェリクは動けないでいる。
気怠さを隠し、強気な態度を崩さないジゼルはツンとした目線でフェリクを見上げる。
「許されるに決まってるでしょ。だって私はユスシアを脅かすつもりもないし、恋人を連れ戻しに来ただけだもの」
「魔女め、連れ戻すだと……。イブリスの王子をさらうとでも?」
「なに言ってるの。国民はリュートを知らないのよ。存在しない人をさらうことなんて出来っこないわ。本当に馬鹿なのね。あなたが一流の剣士を失うのは、優秀な人材を蔑ろにした自業自得よ。ねえ、そうでしょ?」
同意を求めるよう、にっこり笑いかけるジゼルと目が合ったリュートは少し驚いたような顔をしていたが、ややあって困ったような笑顔を見せた。
いつものよく知った、気のゆるむ表情はジゼルの頬も緩ませる。
その時、庭園へと駆け寄る数人の男女が目に入った。先ほどの騎士が医療班を連れて来たようだ。
当然とも言うべきか、中には援軍とみられる騎士の姿も見受けられる。
青いローブと白い制服。おそらく医療従事者は青の者たちだ。
白い詰襟を確認したジゼルはその場に存在する騎士全てに向けて睡眠の魔法を発動した。
ぱたぱたと眠り込んでいく者たちを見た医療班は悲鳴を上げ、フェリクもまた唖然とその光景を凝視している。
「化け物……」
「失礼ね。何人来ようが同じよ。私はユスシアに関わる気はないけど、もし文句があるのならあなたが直接話に来て。私とイブリスの剣士がお迎えするわ。ね? 剣士様。私たちの国へ帰りましょ」
「うん……、そうだね。帰ろう」
にっこり見上げると彼は穏やかに微笑み返し、それから再びフェリクに視線を移した。
「ああ、そうだ。メイには、次は途中で止めない。そう伝えて」
「メイリーンに……? お前、何を……」
青い顔のまま問いかけるフェリクに答えないリュートは流れるような動作で刃を納め、にこりと微笑むだけだった。
そうしてふらつくジゼルの肩を抱いた彼は、何事もなかったかのように軽やかな足取りで歩き出す。
「ジゼル、本当に大丈夫か? 顔色が……」
「大丈夫よ。少し、怠いだけ」
さすがに魔力を使いすぎたようだ。先ほどよりも更に体は怠く重い。
無理に微笑んで見せると、リュートはまた困ったような顔をした。
そして一言「失礼」とだけ告げた彼は軽々とジゼルを抱き上げる。
突然高くなった視界に驚いたものの、リュートの腕は身も心も安心させてくれる。大人しく身を預けるジゼルに安心したような彼は再び歩き出した。
「こっちに裏口があるんだ。僕はいつもそこを使ってる」
そう告げる穏やかな表情をジゼルはじっと見つめた。
実はさっきのフェリクとのやり取りが気になっている。あの妹が簡単にリュートを諦めるとは思えなかったからだ。
「メイリーンと何があったの?」
「何でもないよ。ただの兄妹喧嘩かな」
さらっと躱す言葉はジゼルの眉を軽く顰めさせる。
はぐらかす彼が絶対に教えてくれないことは、もう学習済みだ。
なんでも隠さず話して欲しいのはエゴというものだろうか。
不機嫌に黙り込んだジゼルに目を細めたリュートは、前髪越しの額にそっとくちびるを押し当てた。
柔らかなキスはジゼルの不満を和らげてしまうから困ったものである。
むうっとくちびるを尖らせて拗ねるジゼルを見つめるリュートは小さく笑った。
「今までもこれからも、僕の全ては君だけのものだし、僕に必要なものも君だけなんだ。ジゼルのそばにいるためなら、僕は何をしても厭わないよ」
そう言って微笑む瞳は見たこともないくらい晴れやかに澄んでいる。
それはちょうど頭上に広がる、吸い込まれるような蒼穹と同じ色をしていた。
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