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51.メイリーンの執着(sideリュート)

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 見慣れない青い液体を一気に飲み干した途端、今までにない激痛が両の目に走ったことはよく覚えている。
 思わず膝をつき、苦痛の声をあげるリュートに駆け寄った母を見る事も出来なかった。

 痛みは酷く、視界が揺らいで見える。
 どれほどの時間が経ったのかも把握できなかったが、じわじわと激痛が引いていくと次第に視力も元に戻ってきた。

「母上」と声を掛けたリュートを覗き込んだミシアは愕然と息子の顔を眺めていた。
 その表情に色はなく、不安になったリュートはもう一度母を呼んでみた。

 しかし、ミシアがぽつりと漏らした「化け物」という言葉はリュートの心を打ち砕いただけだった。

「化け物……? 母上も僕をそう思っていたの?」

 ふらりと部屋を出たミシアを呼び止める事も出来ず、洗面台の鏡へと向かったリュートは先ほど母が呟いた言葉の意味を知る。

 青く変色した右目と、変わりのない赤い左目。
 異端を嫌うユスシアにおいてそれがいかに異質か、気味の悪いものとして扱われて来たリュートにはよく理解することが出来た。

 それに、唯一愛してくれていた母を絶望させてしまった。その事実が酷く重い。
 今となってはあれが愛だったのかどうかはわからないけれど。

 リュートがどれほど傷を負っていても、ミシアは一度もあの環境から助けてはくれなかったから。
 そしてその日の夜。ミシアは高所にある自室の窓から自害した。




 
「母上……」

 久しぶりに見たくもない過去の夢で目が覚めた。最悪の朝だ。

 ユスシアに帰国してから、そろそろ三か月を迎えようとしている。
 すっきりしない頭を押さえ、視線だけを動かしたリュートは窓の外を眺めた。

 ざあざあ降る雨のせいか、新たに刻まれた傷が鬱陶しく痛む。
 メイリーン曰く、人間離れした気持ちの悪い体には、妹姫の付けた傷だけがいつまでも残っている。

 それでもはじめのうちはすぐに消えてしまっていたのだが、何年も同じ場所に刻み続ける刃によっていつの間にか消えない痕へと変化したのだ。

 執念深いメイリーンの行動は、ジゼルが言った呪いという言葉がまさにしっくりくる。

 あの日、ユスシアに着いたのはもう昼を回る頃だったが、ヒステリックに顔を歪ませるメイリーンの機嫌は少しも収まらなかった。

 城に着くや否や、爪が食い込むほど強く腕を掴まれ、辿り着いたのは住み慣れた自室だった。

 幼い頃よりずっと一人で過ごしてきた、硬い寝台と小さな机に一つの椅子、質素な水廻りが備え付けられている狭い空間。
 なのに扉だけは重厚な鉄で出来ている。

 激昂する妹はリュートを寝台へと座らせ、シャツを引き裂かん勢いで開いた。
 予想はしていたが、開いた胸元へ視線を落としたメイリーンの目は恐ろしいほどの憎悪に染まっていた。

「傷が……消えかけているわ、お兄様。これはどういうことかしら」
「……イブリスは魔法の国だ。詳しい技術は僕も知らない」

 メイリーンにはこれ以上イブリスへの関心を持ってほしくない。
 ジゼルに身分を明かさないように言ったのもそのためだった。

 魔族を毛嫌いする彼女がまさかもう一度あの場所へ行くとは思えないが、万が一にでもジゼルに近寄らせたくないからだ。

「魔法ですって? 馬鹿馬鹿しい……」

 あざけるように笑うメイリーンは寝台横にあるサイドチェストから銀のナイフを取り出す。
 押し当てられた鋭い切っ先は少し横に引いただけで、滑らかな刃にぷくりと赤い玉が浮き上がった。

「哀れで醜いお兄様の主人はこのわたくし。二度と忘れないように、しっかり刻んであげますわ」

 もう数えきれないほど受けて来た肉を裂く痛みにリュートは歯をきつく噛んで耐える。

 ある日を境に突然始まったメイリーンの狂気。あれは四年前のことになる。

 リュートの食事は扉の下にある小窓から食事は用意される。
 そこにコミュニケーションはなく、彼自身それが当たり前であった。

 だけどあの日、つい話しかけてしまったのだ。
 しかも運悪く相手も新人の侍女だったらしく、一言の返事があった。

 リュートにとって自国で初めて交わした他人との会話に胸が弾み、それから毎日が少し楽しくなった。
 交わす会話は二言三言だったが、それでも待ち遠しい時間には変わりなかった。

 しかしそんな秘密の楽しみは、ほんの短い期間で終りを告げることになる。
 メイリーンに気付かれてしまったのだ。
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