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19.森で過ごす時間

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 リュート自身について知れたのは、小さな頃から剣術に明け暮れていたこと。
 双子の弟と、歳の近い妹がいること。
 特に弟とは仲が良く、一番頼りにしている存在らしい。せいぜいそれくらいだった。

 明るく活発な弟は僕とは随分違うんだ、と嬉しそうに話す顔は可愛いかったから良しとするけれど。
 期限があるだけに、少しずつ知っていけばいいなんて悠長なことは言っていられない。

(今日こそは少しでも進展させてみせる)

 そう決意し、大きなクッションの上で丸まって仕度を待つルゥと共に、いつもの散歩へ出かける事にした。
 



 境界線の森は今日も静かで穏やかな時間が流れている。
 まるで隣にいる彼のようだと、ジゼルはこっそり横顔を盗み見た。

 微かな風に揺れる木の葉のざわめきに耳を澄まし、緑と土の匂いの中で木漏れ日を浴びる時間は何よりの癒しだった。

 血のような赤い瞳をした少年とはあれ以降出会わない。
 あれほどの強烈で美しい緋色を持つ彼は何者だったのだろう。
 ユスシアの者は魔力を持たないはずなのに。

 もしかすると長い年月の中で魔力を持つ者が現れたのかも……、なんて想像をしていたけどリュートの話を聞く限り、それはなさそうだ。

(もしかして、お父様に匹敵するほどの魔力の持ち主になっているのかしら)

 なんてぼんやり考える自分に気付いたジゼルは、ぶんと頭を振った。
 どうしてか最近またあの少年に思いを馳せることが増えている。
 するとジゼルに視線を移したリュートが柔らかく笑う。

「どうかした?」
「ううん、なんでもないわ」

 理由を述べないジゼルに首を傾げたリュートは「そう」とだけ言って、それ以上の追求はしなかった。

 二人と一匹。ぽかぽかした柔らかな日差しの中。
 ふわふわの毛並みを撫でながらぽつりと会話をしては、ゆったりした時が流れる。

 ゆるやかな風が吹き抜けるたび、ジゼルの紅い髪が微かに舞った。
 今日のリボンは群青色。服も珍しく黒と青の組み合わせだったりする。

 時間をかけて選んだワンピースを見た彼は、やっぱりあの緩い笑顔で「青も似合うね」と褒めてくれた。
 本当はリュートの瞳に似た青空の色を身に付けたかったのだが、少し恥ずかしい気がして、せめてもと同系色にしてみた。

「本当に気持ちが良い場所だよね。やっぱり森の中は落ち着くよ」

 深く息を吸う彼は気持ち良さそうに腕を伸ばす。
 優しい木漏れ日に包まれるリュートの髪も、まつ毛も柔らかく煌めいて、いつもこちらに向けられている青い瞳は静かに閉じられていた。

 じっと陽の光を体全体で受け止める彼自身が淡い光を纏っているようだ。
 穏やかで温かな空気を纏うリュートには太陽がよく似合う。

 その姿を見ていると、ああこの男はやっぱり自分とは違う種族なんだと、なぜだかそんなことを漠然と感じた。

 臆することなくジゼルを褒めてはさらりと好意を口にする彼だが、ここで過ごす時間はあまり口数が多くない。
 イブリスには存在しない金の髪と青の瞳。どちらもただ単純に美しいと思う。

(そういえば、どうして片目が隠れているのかしら。せっかく綺麗な瞳なのに、隠すのはもったいないわ)

 なんとなくそう思い、ジゼルはルゥを撫でていた指を持ち上げる。
 それに、出来ることなら両の目で見つめてほしい。
 顔の左半分を隠す長い前髪へ、細い指が触れる寸前。

 気付いたリュートの肩がびくりと震え、右目が大きく開かれた。
 彼に浮かぶのは驚愕というより恐怖。

 咄嗟に指を振り払い、いつも隠されている左目を押さえたリュートはジゼルから距離を取った。
 ジゼルの膝に顎を乗せていたルゥも不思議そうに彼を見つめる。

「これだけは……絶対に見ないでくれ」

 絞り出したような声は震えていた。
 気が動転しているらしいリュートの顔は青く、今にも泣いてしまいそうだ。

 まさかここまで胸が締め付けられるような、悲しい拒絶をされるとは予想外だった。
 声だけでなく指先も微かに震えている。

 尋常ではない動揺を前にし、ジゼルはしばらく呆然とその姿を眺めることしか出来なかった。

「ごめんなさい。そこまで嫌なこととは思わなかったの」

 拒否された指がじんと痛い。
 ただ手を払われただけなのに、じわじわ広がる痛みは心さえも苦しくなる。

 リュートがあまりにも好意的に接するものだから、つい軽い気持ちで触れようとしてしまった。
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